24/20 近原友治の話③

 手元にある二十日間の記録。そこには笹貫透の一挙手一投足に至るまで綿密に書き留めてある。


「笹貫さんは僕に容姿を尋ねた。どう見えるか、どんな印象か」

「妥当だな」


 男は腕を組んで深く頷いた。


「僕は『綺麗だ』と答えたよ」

「てめぇそんなこっぱずかしいセリフ吐いたのかよ」

「それが仕事だもの」

「ま、言われてみりゃあ笹貫透はシュッとしてるよな」

「そして僕はこうも言った。見た目が気になるなら自分で触って確かめてみるといい、とも」

「触るってどこをよ」


 自分の厚い胸板を叩く男の挙動に笑みを浮かべて、近原は自らの顔を指差す。


「うん、それは、どこでも、全部、だけど。一番は顔かな。首から上。自分の姿を確認できない状況のときに、最も不確かな部位」

「顔なンか触って何かがわかるとも思えねェけど?」


 男は次に顔をぺたぺたと触り出す。素直ささえ感じるその反応を微笑ましく感じながら近原は話を続けた。


「でも、『ある』ということはわかる」

「そりゃあんだろうよ動いて考えてしゃべってンだから」

「あるだろう、あるに違いない、という推測と確実にあるという事実を認識することは別物なんだよ。たとえ常識的な事象でも」

「まあ……わかったよひとまず続けろ」


 ふてくされでもしたかのように男は肘をつく。


「笹貫さんは僕のすすめ通りに己を触診した。僕はちょうどそのとき部屋に入ったんだ。……不満そうな顔してたよ。君みたいに。なんにもわからないって」


 そうだろうな、と男が呟く。


「話が前後して申し訳ないけど、笹貫さんが自分の名前を知りたがったのもその頃だ。君はさ、もし、そうだな、いわゆる、『ここはどこ、わたしはだれ』状態になったら真っ先に何を知りたい?」


 男は唸った。必死に想像しているようだった。


「場所……いや、名前、だろうなやっぱり。それから場所だろ」

「名前を知ったとして、それで自分がわかる?」

「そのへんは門外漢だ。わかんねェよ。すぐ思い出すかもしれねェしピンとこないかもしれねェし。でも自分の枠っつーか地に足着くっつーか、なんとなくは落ち着くだろうさ」

「うん。そうだね。誰かの名を呼ぶ行為は大切だ」


 頷いて記録をめくる。


「笹貫さんもまずは自分が何者なのかが気になった。さてここからが本題」

「話が長ェ」

「はは、ごめんね。どうしても遠回りしてしまうんだけど、聞いてくれると嬉しい」

「そのために俺がいるって言ったろ」

「うん、じゃあ、続けよう」

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