21 あなたの話

 あなたはとても苦しかった。苦しくてつらくて、どこかへ逃げ出してしまいたかった。

 いつもの面会、いつもの部屋。名を呼ぶ行為は大事だと、「先生」はあなたを呼んでくれて、あまつさえ心が決まるまでここにいていいとまで言ってくれた。しかし逆にそれは、あなたがこの部屋を自らの足で出ていくと予見しているようにも感じられた。はたして本当に自分から出ていくのだろうか? あなたは「先生」のことは信じていたけれどあなた自身についてはいまひとつ信用できない。なぜなら、


「――だからあなたは殺した」


 ……あなたは人殺しだったから。

 頷くあなたを「先生」はなじりも責めもしなかった。えらいね、といつものように誉めてくれた。それがどれほどあなたの心を落ち着かせたか。あなたは彼の言葉にひとつひとつ頷いてみせた。すべて、その通りだった。


 酸素を求めて必死にもがくあの頭をわしづかんで水面へ押しつけた感触。力任せに何度も何度も沈めたあの光景。驚くほど静かな人形のようになったあの身体の冷たさ。まざまざと、脳裏に甦る。

 いつしかあなたの膝は震えていた。あなたはとうとう自らの行いを思い出した。道義にもとるあの行為を、あの夜のすべてを。


「……俺がリカを殺しました」

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