第七十一話 右京兆家お家騒動の萌芽

 事の起こりは、前回の上洛の折、義母(武者小路築子)がついてきたことである。

 その上洛の折には、また近江に出陣したり、連歌の会に出たり、松波左近将監と名乗る斎藤道三のひい祖父さんを雇ったり、忙しく過ごしたのだが、義母の実家武者小路家の後継問題にも首を突っ込むことになった。


 というのも、武者小路家は当代権大納言縁光の嫡男資茂が早世し、後継がいな状態だったのだ。ところが、義母の末の妹が九条家の先代、先の関白九条政基様の後添えに入り、男子を生んだ。実史では、細川右京兆家の養子となり、嫡子とされるが長じては当主政元と険悪な中になり、政元の死後養子3人の政争となり、真っ先に殺される。当時頼りになるはずの実家九条家は、帝の勅勘を受け表立っては活動できない状況にあって、武者小路家は後継がおらず断絶していた。勅勘は九条家の先代が家宰権中納言唐橋在数を斬殺したことによるものなので、その原因となった借金を義母の持つ現金で消してしまい、武者小路家の後継にこの赤子を充てることで、九条家、武者小路家、細川家の三家の不幸の芽を断とうとした計略である。この計略を進めるため義母は京の細川右京兆家に留まることとなった。


 関東に戻り、内海(東京湾)の統制を図るため様々に画策していたが、実は、新米収穫に合わせて仕込んだ清酒に土肥の金を薄く叩き延ばした、箔を細かく切って入れ縁起物として、皇室や将軍家などに献上したりもしていた。主上もだが、将軍義尚がことのほか気に入られ、室町第での事始めにこの酒を出したらしい。


 そこで、酒も女もしないはずの政元が、今まで酒宴の席にはあっても、頑として酒杯を受けなかったのに物珍しさからか義尚の盃を受けてしまい。それが、呼び水となったかしたたかに酔ってしまったらしい。帰宅した政元は介護にあたった女房を襲ってしまい男女の仲になってしまった。その政元が女房と思った女が、我が義母武者小路築子であった。政元は犯さずと公言していた、飲酒、女犯を二つながらに一夜で破ってしまったわけだが、三月ほど経って義母の妊娠が発覚した。


 政元の父、勝元は一度きりの同衾で政元の母を孕ませたらしい。政元も義母といたしたのはその夜一度限りのことであったらしいから、親子にして一発必中とはなかなかのことだと思わなくもないが、問題なのはこれからであろう。右京兆家では、諦めかけていた当主の実子が生まれるとあってお祭り騒ぎらしい。義母にしてからが、居ないかのように扱われていたのが下へも置かぬ扱いだとか。政元の野郎、ババ専だったのかよ……いや、マザコンなのか? 政元の実母には会っている。山名宗全の娘だったか、武家らしい背筋のピンと張ったばあさんだった。あれに、マザコンはないな。となると、乳母か? そんなこといくら考えても答えなど出ない。やめだ、やめ。


 これらの情報は、右京兆家のそして義母の使者として下向した松波左近将監によって齎された。政元、築子、細川家を代表して家宰ではないが、俺を知る波多野長秀の夫々の書状を携えて来たのである。

「お方様を守り通せなんだは、我が不徳の致すところ。いかようにもご処分を」

 親父の前に跪いたのは松波左近将監である。

 複雑な表情でそれを見る我が父、足利政知である。


「右京兆家からの詫び状もある。奥からの顛末を記した書状もある。そなたは、我が家人なれど息子が都での用立てに雇った者にすぎぬ。身分も立場も違いすぎて、咎を問うわけにはいかぬ」

 呟くように告げると、小姓を呼んで支えられて退出する。まだ、脚気から回復したとは言い難い。

 義母の不貞を問うわけにはいかぬ。さりとて、右京兆家の屋敷に上がることを許されていない左近将監に義母の身を右京兆本人から守れなかったことを論うわけにもいかぬ。よくよく吟味して決せねば、というところであろうか。


「波多野玄蕃頭の書状によれば将監に瑕疵がなかったのは明白。しいて言えばこの相模が金箔入りの清酒を主上と大樹に贈ったことが問題といえば問題。相済まぬな将監」

 松波左近将監に対しては、左近と紛らわしいので将監と呼ぶようになっていた。はっと頭を下げる将監。鎌倉での俺の私室に将監を呼んだのだ。


「武者小路築子様には上洛の折に離縁した旨遡って、鎌倉公方様から書状を給することになろう。細川家もそれを望んで居る。だが、潤丸は……」

 細川家を代表し波多野秀長からの書状には、家中の舞い上がりっぷりが書かれていた。男子ならば政元の跡継ぎに、女子ならば潤丸と娶せようと。男子が生まれた時の潤丸の立場が不安だった。


 築子については、政元の子を孕んでいる現状から、正室か側室か単なる妾か、どんな形にせよ関東足利家から離れて細川右京兆家に入らざるを得ない。だが、潤丸は政元が養子と宣言したとはいえ、嫡子と決められたわけでもない。宙ぶらりんで細川に預けるわけにはいかぬ。関東足利家の名はそれほど安くはないのだ。

「一度関東に戻さざるを得んだろうな」

 だが、俺だけが知っている大地震。その時だけは、関東からは離れているべきだろう。

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