第七十話 フナクイムシ

鎌倉に戻って、小坪に造った造船所に出向いた。

新造船の船底に張った、銅版の効果を確認しているのだ。

「若、銅を張って、まだ、1年か2年の船ばかりでさ。もう2、3年経たないとはっきりとは分からねえと思いますぜ。銅張の船底にフナクイムシがとりついたのは今のところないようですがね」

浜に陸揚げした、船の下に潜って、あちこちを叩きながら、船大工の頭が言う。


「そうか~。でも、今のうちから、船底の銅張は増やしていくよ。船の寿命が延びるのは確実だからな」

「フナクイムシにやられた船は、どうしますんで?」

「ああ、やられたところだけ、新しい板を切り出して、前の板と大きさを合わせて、同じ場所にはめ込むんだ。そうすりゃ、また使えるだろう?」

「若のおっしゃることだから、やりますがね。鋸とか、鉋とか新しい道具はまだ慣れねえんですよ」

「これからは、船がもっと大量に必要になる。同じ大きさの舟板を作っておけば、船も大量に作れるだろ。それに、一か所だけ壊れたんならそこだけ取り換えれば、また使えるようになるさ」


 船の下から出てきた棟梁が、抱えていた何枚かの板をほいっと波打ち際に放り投げる。

「ん? 今のは?」

「ああ、フナクイムシがついてる底板でさ。かなり育ってるんで今夜の酒のアテにでもしようかと思っとります」

 ……。

「ええっ! フナクイムシ食べるの!?」


「ああ、若はまだ食ったことなかったんですかい。こりゃあ、ぜひとも味わってもらわないと」

 にや~っと意地の悪そうな顔。

 え、罰ゲームじゃないよな。あの、蛭みたいな、ミミズみたいなのだよな。

「正月に若からいただいた、金箔酒がまだ、とってあるんでさ。船大工しか知らない珍味ですからな、今夜はお泊りいただいても大丈夫ですぜ」

 棟梁は、近くを通りかかった若衆になにごとか、話すとその若衆は満面の笑みになって、さらに声をかける。波打ち際の板屑を拾い上げると、ヒョウタンを割った容器を持ってきて、小刀で何やら木屑をほじり始めた。あっという間に人が増える。


「左京。お前は食ったことあるか?」

 俺の傍らにいるが、ずっと一言も発していない、左京に訊いた。

「フナクイムシですかな?」

「ああ」

「ございませんな。なれど、あれらの様子を見るに本当に美味いのでしょう。いつも、料理の味にうるさい若公方様も試してみては?」

 なんか、逃げられそうもないぞ。


 というわけで、食べた。

 箸二本で扱いて、木屑っぽいのを出して、うねうね動いているのを、皆ちゅるちゅると麺を啜るように啜っている。

 かなりコリコリとした歯触りである。噛んでいると口の中に濃厚なうま味が広がっていく。

 こりゃ旨い。左京や護衛の侍にもふるまわれ、見た目でしり込みするものもいたが、概ね好評だった。

 妻達にも食べさせてやりたいとも思ったが、取り敢えず意見を聞いてからにしようと、理性を働かせたのだった。


 そして、案の定大騒ぎになった。

 松の精神は、平成の現代に近いものなのだろう。魚籠びくに入れて持ち帰った蟲をたらいに空けてうねうね動く赤茶色のブツを見た途端、悲鳴を上げて俺の頭を叩いて意識を飛ばすや、自分の部屋に引っ込んだ(らしい)。どうやら自分の部屋の板戸に向けて、愛用の薙刀を構えてぶるぶる震えているらしい。


 お勝の方は予想してたより逞しかった。

「父と共に越前から若狭を目指していた折、漁師村で勧められ、食したことがあります」

 そう言うや、食べやすい長さに切ったブツを摘まむと躊躇なく口に入れた。コリコリと噛みながら笑う。

「美味しいですよね」


 そして、俺は親父と女房頭に交互に叱られる羽目になった。解せぬ。

 ブツはほとんどを親父の酒のあてになった。これまた解せぬ。

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