第五十一話 連銭葦毛

「何故そのような?」

「妙純和尚ともあろうものが受け入れるわけがない」

 口々に俺の意見は否定された。

「怒らせるためです」


「は!?」

「怒らせて、我らが軍に攻め寄せさせ、京極軍を待って殲滅させる、そのためです」

 俺は床に、源吾に描かせた絵図を広げ、説明を始める。

「我らが大樹様の軍は、ここ佐和山城にあります。佐和山城の東は、弁天山と佐和山でさらに、その向こう矢倉川と分かれる小野川を渡ると北国街道です」


 各々の位置を閉じた扇子で指示さししめしながら説明する。

「矢倉川は弁天山の北を回るように流れ、弁天山の山裾を南から流れる小野川と合流します。小野川は佐和山と弁天山の東を南から北に流れていますが、ここ。ここは間道が通じているとのことです。小野川の西で平地があり、田がある土地の中でも最も奥が深い。奥に行けば狭まり、その先には間道の入り口があります」

「・・・・」

「・・・・」


「だいたい南北に二町、東西に六町の平地で、川から四町ほどの場所が最も狭く南北一町半ほどです。この南北に山裾に弓隊 を固めておきます。東に護衛役の槍部隊を付けましょう

「騎馬はこのあたりに布陣します。北国街道を見張るやぐらが幾つかあります。相手は一万の大軍です。行軍は細く長くなります。櫓からの合図で、ここから騎馬で横腹を突きます。小野川の渡河し易い場所は、近江者から聞き出してあります。騎馬隊は適当に荒らし回った後、敵が組織立って応戦してきたら、回り込まれる前に頃合いを見て逃げます。

 懸念が二つあります。敵を上手いこと引っ張り出せるかどうかと、このあたりの田畑を地で汚すことになります」


「相手がこの辺りまで追いかけて来れば、弓隊が一斉に矢を射かけます。長柄槍は、入り口をふさぐように回り込みます。あとは、周り中から攻撃を仕掛けて殲滅します」

「・・・・」

「・・・そんな、あからさまな誘いに乗りましょうか?」


「ですから、怒らせるのです」

今出川親子が斎藤妙純の軍と行動を共にしているのは事実です。隠しているつもりかもしれませんが、そもそも、美濃が京に攻め上る理由など今出川を公方に推戴する以外の理由などありはしない。私が鳩の旗を立てて攻め込めば、今出川家は追ってくるに違いありません。


「む、それは、関東殿がさそいの一手に加わる様に聞こえるが」

「ええ、その積もりです」

「い、いかん。我が主にも言い含められておる。戦には負けても、相模守様は絶対に殺すなとな」

 波多野玄番が立ち上がって声を荒げる。


「困りましたね。それでは、鳩親子が、掛ってくれない」

「鳩、鳩か。相模守殿、貴殿の旗印は、足利二つ引き」

「足利二つ引両の上に鳩です。鳩は足利を名乗る者にしか許されません」

「では、斎藤の陣に鳩の旗がないのは何故であろうの」


「隠しているだけかと思いますが」

「隠してなんとします」

「今、足利の旗を掲げれば、今出川家は謀反人になってしまいます。美濃つまり、南朝方であり、西軍であった土岐家の軍であれば、旗色を鮮明にせずとも様々に邪推されましょう。京に入ってから、大樹様の交代を鉾に任せて声高に叫ぶものかと」


「今出川の御仁は山門(延暦寺)と関係が深い。そうなれば、神輿を上げて山法師が京へと寄せるでしょうな」

「我が主も、大樹様も苦しい立場になるのは必定」

「叡山は近江に攻め寄せることはないのか?」

「それはいくらなんでも、本福寺が許さぬでしょう」


「なるほど」

 之長が膝をポンと打った。

「相模守殿の嫁御には本願寺の娘が居りましたな。積極的に戦には加担せずとも、他宗の勢力が大津を通るのを指を咥えて眺めてはいないと」

「今出川殿にとっては、相模守様は二重の意味で憎い相手ということですな」


「ですから、某が一手を引き受けましょうと」

「いやいや、関東殿の御身に何かあれば拙者の腹一つでは済みもうさぬ」

「旗、足利の鳩の旗をつけて、繰り出しましょう。旗は何本おありかな」

「いやそれが、大樹様への引き出物として持って来たものがそのまま下賜されまして、百本程あります」


「それを使いましょう。よろしいですな」

 とまあ、そういうことになった。



 俺の意見通りに斎藤妙純に使者を出し、予想通り、「そのような方は従軍しておらぬ」という、型通りの回答を貰ってから、三日目の朝。まだ、水の入らない田圃を望むちょっとした森林の斜面に奥を弓隊に、手前を槍隊が布陣する。騎馬は遥か街道に近い位置だ。幾つか北国街道を見張る古ぼけたやぐらの一つに陣取って、ツツ丸と共に街道を見ていた。なにやら、合図があって、旗指物を背中に立てる武士が、仲間の手を借りて準備を始めている。


 佐和山城の北に廃寺がある、その裏手に間道の入り口があり、少々急な道になるが、尾根伝いに佐和山城の裏を南に大回りするように、小野川の西の谷あいに散在する田畑にまで繋がっている。騎馬同士がすれ違えないようなこの間道を、馬を下りて、ゆっくりと移動し、一晩掛けて街道から見えない森影に部隊を集めたのだ。それにしても寒い。俺も、猫が欲しい。武将は猫の光彩の開き具合で時間を判断するために、懐に猫を入れるのだ。かの、八幡太郎義家も愛猫を懐に入れ、その猫に命を救われた逸話がある。猫を懐に入れれば、さぞや暖かろう。



 払暁と共に鳥居本の宿場を発とうとしている美濃軍が見えた。相手は一万の大軍である。行軍は細く長くなるし、斥候らしき騎馬もあちらこちらに走らせているようだ。だけど、鎧兜の重武装で斥候って何の冗談だろう? 視界は悪いし重いし・・・。とまれ、進軍を始めたところが頃合いだ。俺は最も見栄えのする馬はどれかと目を凝らした。


「若様、あれ、連銭葦毛の大馬が居ます。あれじゃないですか?」

「ん~。栗毛と斑馬に挟まれるように立ってる、あれか?」

「そう、そうです」

「じゃあ、あれが二町程も歩いてから旗を振るか」

「そうですね」


 その時が来るのをじりじりと待つ。

 今か、今か、今だ! 俺は大きく赤い旗を振った。

 馬蹄の音がだんだん大きく激しくなりながら、美濃軍の伸びつつある隊列に向かって行く。背中の足利の旗が格好いいぞ。

 川を渡り切ったあたりで、敵が気が付いた。罵声が聞こえる、何を言っているかわからんが。


 騎馬隊が接敵した。長巻やら槍やらで、左右に別れ、滑る様に敵に当たっている。凄いな、あんなことできたのかよ。あれが、車掛かりってやつかな?

 あ、敵が集まって来た。回り込んで包もうとしてるよ。早く逃げにかからないと。

 うん、気が付いた。馬首をこっちに向けて、戻ってくるな。


 うん、みんな馬の名手だ。俺が出てたら、足手まといになってたかな。

 来た来た、来たよ。

 渡河しやすいラインをとって帰ってきたはずだけど、一直線にこっちに向かってきた敵もいるな。

 すげえ迫力。ああ、槍同士でやりあっているのがいる。早く逃げろよ。

 

 そう、そこまで来たら反転。敵がこの線まで入れば、それっ!

 俺は、黒い旗を振る。

「撃てー!」

 何人かの声が重なって聞こえたかと思うと、美濃軍の騎馬に一斉に矢が射掛けられた。


 あっという間にハリネズミになる、敵騎兵ども。

 矢を槍で捌く豪の者もいるが、弓隊に近づこうとするが、途中で馬が倒れて落馬してしまう。

 上からの矢は対応し難いはずなんだよ。兜してるし。

『釣り野伏』一応成功かな?

 でも、釣れた敵兵が意外と少ない?


 あ、敵歩兵が小野川の対岸に並んでる。あれ、一斉に来られるとまずいかな。ああ、あの連銭葦毛もあっちにいるな。

「若、若様」

 なんだい、ツツ丸? 近江の軍が近づいてる? どこ?

 え、あそこって? 俺には全然見えないな。でもまあ。

「三好殿には知らせておこうか」


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