第二十七話 長享の乱
年が明けた。
長享二年になる。
駿河情勢は治まっている。
龍王丸は元服して氏親を名乗った。今川上総介氏親である。
伊勢新九郎は正式に石脇城主となり、偏諱を拝領して、伊勢新九郎
新九郎は石脇城主でありながら、ほとんどの時間を駿河府中の今川館で過ごしている。
聞くところによると、駿河国守護代であるという。
おそらくは、今川家の悲願である遠江国攻略がその目的であろう。
なんにせよ、今川の目は伊豆・ひいては関東には向いていない。
今川氏親は、日本で最初の戦国大名と目される人物なだけに、少々不安があったが、この分なら当分は攻めてこないであろう。
もともと、伊豆は5万石人口3万、駿河は15万石遠江25万石にくらべて吹けば飛ぶような小国に過ぎない。金が出ている今はよいが、五年のうちに来る大地震の備えもしなければならず、大国と戦争なんかできるはずないのである。
ところで、関東管領家と扇谷家の争いは、ついに実戦にまで発展した。
下野勧農城の戦いである。史上山内扇谷両上杉家の戦いを指して長享の乱というが、この下野勧農城の戦いがその嚆矢とされる。
足利荘勧農は足利長尾家という、古河方、長尾景春方の長尾支族の領地である。つまり足利荘勧農が山内上杉の近親に攻められたということは、取りも直さずこの時既に扇谷家は古河公方はもとより長尾春景に公然と通じていたということである。
上野白井城には越後上杉
直接に戦端が開かれずに、両家の周辺が騒がしくなる一方であった。
関東管領上杉顕定は鉢形城から長躯糟屋を狙い、そのまま堀越に新年の挨拶に来るという手紙を親父に寄越した。
二月五日。相模国
山内軍は、糟屋館から至近の七沢砦を落城させ、直後に河越城から実蒔原まで一昼夜で駆けつけた定正は、僅か二百余騎で千余騎の山内軍を打ち破ったという。
糟屋を守った大森藤頼は、扇谷定正の糟屋入城を妨げることはできなかったとのことである。
対して、伊豆は平和であった。
伊豆の金産出が契機となって、韮山に人と物資が集まるようになっていた。
特筆すべきは銅であった。韮山に集まった銅は、広げられた山道を亀石峠を越え、宇佐美、伊東の鍛冶場に送られ、灰吹き法で抽出された金銀と、船底に付けるフナクイムシ除けの銅板や焼酎のための蒸留器となって帰って来た。宇佐美や伊東には温泉が多々湧出していたが、温泉の排水路に作られた水車で、自動槌を動かし、銅隗が次から次へと銅板に加工されているのだった。
伊東や下田からは伊豆大島や三宅島へと小規模な廻船航路が設置され、楠プランテーションともいうべき大量に楠を植林した山林から、樟脳や、特産品となりつつある魚の干物が運ばれてくる。かつて、伊豆諸島の産物は山内家の御用湊である神奈川湊にすべて運ばれていたが、今は年貢は韮山の米市場で手っ取り早く現金化される。そして、武具に変えられ、上野国まで運ばれていくのだ。
火をつけたのは俺だが、いつの間にか大変なことになっていた。
韮山に町屋を建てる場所がないという。
家老の宇佐美が、「若殿お知恵を」とかいうので、洪水が来ても沈まぬ場所にしろというと、山は寺社がというから、地代を払って寺社から借りるようにしろと言ったら、いつの間にか皇大神社の北側の斜面が切り開かれていた。伊豆、相模の寺領社領はかなり押領してるから、なんとでも収入が欲しいということなんだろう。
伊豆と言えば、産物は石くらいしかなかったが、段々売れるものが増えてきた。
あとは荒救作物が欲しい。今は稗や麦に蕎麦を備蓄しているが、五年後に来る大地震、大津波の対策だ。
高台に蔵を建てないと。いざというときに、配りやすく、泥棒から守りやすいところ。
やはり、守山しかないか。
親父の説得が骨だな。
そうだ、大豆があった。
堺から送ってきたはずだ。
田んぼの畦道に、畑と畑の間に、どんどん植えよう。
大豆は、肉を食わないこの時代の人々の体を作る蛋白源だ。
伊豆は小国だ。
隣は全て大きい。
相模は18万石甲斐は15万石武蔵に至っては60万石である。東関東の上総、下総は35万石、常陸は50万石。
これらを差配するのであれば、どうしても相模、武蔵は欲しい。
とりあえずの死亡フラグがなくなったように見える今、より安全を求めるならば、両上杉を抑えること。古河公方を押さえること。それには、力がなければならない。
そして、将来的には、甲斐の武田を何とかしたい。
いかん、いかん、先走りすぎだ。
大体、足元も固まってないじゃないか。
堀越の家臣どもの給料。金に切り替えようか。そうして、足軽は銭で雇う。
大体、米本位制度っていびつなんだよ。
そう、石高制から、貫高制にしなきゃいけない。
ああ、ブレーンが欲しい。新九郎の奴、両属でこっちにも出仕してくれないかなぁ。
そのとき、ふわっと耳に暖かい風がかかった。
後ろから、抱きしめられる。
「旦那様? こんな暗い中で何をしておいでです?」
お松だった。
「まつか。何か用」
「用がなければ、旦那様に会いに来てはいけませんか」
「いや、そんなことはないが」
「あら、お風邪ですの? そういえば、体も冷えてらっしゃる。火鉢に炭を足した方が」
「いや、風邪じゃないんだが。声の出が悪い」
「あら、声変りかしら」
「え、声変り?」
「そう、私の旦那様は、どんどん体も大人になっているんですね」
俺の体を離し、立ち上がった。
「かつこちゃん。旦那さまったら、声変りですってよ」
そういいながら、勝子をさがしに部屋を出ていく。
「ちょっと待って」
俺は、慌てて後を追いかけた。
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