第二十四話 足利も里見も紋は二つ引き
里見義実は、結城合戦で討ち死にした里見刑部少輔家基の子ではなく、婿だという。
この時代信長といえば、織田ではなく武田のことだが、その武田右馬助信長が保護し養女とした、里見家基の忘れ形見、富佐姫を妻にしたのだという。
美濃では、圓教寺の地頭であったが、美濃の守護土岐氏内訌の影響で没落し、上総の土岐氏を頼って流れてきたのはよいが、敗死した里見の名前では陸路を通って上総に行くのは難しく安房で勢力を築くに至ったらしい。三浦一族の横須賀氏に恩があるとのことで、白浜城に滞在できることになった。当然俺の身元は隠したままである。
安房に滞在した俺たちは、白浜沖で帆走訓練をしていた。
義実老は気が付いているかどうかわからないが、俺たちは新造船の訓練も兼ねて来ているのである。
船といえば大量の漕ぎ手が必要で、帆は補助のようなものである。
帆といえば、
だが俺は、風上に向かって帆走する技術を知っている。
厚手の綿布で三角帆を作り、航路探索もかねて遠出することにしたのである。
「ほら、帆が風をはらんで膨らむだろう。四角の帆ではこれがなかなかうまくいかない。縁がぴんと張れる、三角帆。縦帆でないと風上へ向かっての帆走はできないんだ」
「なかなか難しいですな。帆の方向を維持するだけで結構疲れます」
「うん。それと、帆柱も力がかかるから固定のほうが良いみたいだ。帆桁もロープがうまく滑らない時があるし、耐久性に難がありそうだから鉄なり銅なりでうまく回るよう作ったほうが良いな。ほら、逆側にタックするぞ。舵役も合わせろよ」
「おいさぁ!」
順風の時は舵だけ気を付ければよいが、逆風を搬送するときはとにかく忙しい。
帆柱に丈夫な麻縄で帆桁を括り付けてあるが、なかなか思ったように動かない。帆柱を船底に固定するという設計思想がないので、固定されていない帆柱は不安定で、タックするたびに大揺れして不安を感じる。
「やっぱり、浜に乗り上げられる薄いキールでは、かなり横滑りするな」
「ですな。船底を深くして、船体を長く、転覆防止の錘も兼ねて、大きめの銅板をつけましょう」
「この型の船を量産すれば、伊豆相模の物流が改善される。安房も組み込みたいものだが」
「大島や八丈島、三宅島も廻船の航路が作れるでしょう」
「うん。伊豆の島には楠を大量に植えてもらって樟脳をとる積りだ。楠は大きくなるから船材にもなる。大量の船を作って、水夫を育てる。伊豆から東の海は、鎌倉府の支配下に置く。これがその一歩だ」
「そして、それには三浦の力が必要。そうですな」
「その通りだ。ただ、伊豆衆も仲間に入れてやってくれ」
「なに、当然のこと」
帆柱を倒して、白浜城へ向かおうとして、白浜の数少ない浜に近づいて、舳先にいた見張り役が声を上げた。
「船が、ずいぶんと来てる。ありゃあ、小早ですな。旗指物は全て二つ引両。まるで足利の陣ですな」
「ち、誰だ、里見に二つ引両の許可を出したのは。紛らわしいじゃないか」
俺が、誰とも知らないご先祖に毒づくと、関戸の嫡男がにやにやと俺を見た。
「あー。若、里見水軍がお出迎えのようです。どうします?」
「どうしますって、逃げるにきまってるだろう」
何があったか、調べようなんてスケベ心を出してしまえば、後悔することになる。
「みんな、逃げるぞ。さんざ練習した、上手回しだ。帆柱を立てろ」
漕ぎ手と、舵役には、回頭を伝えておく。
「予定とは違うが、帰ることにしよう。海図を出してくれ」
「はいはい。こりゃあ、夜になりますな」
「幸い、時化そうもないから、海の上での夜明かしでもなんとかなるだろ」
船箪笥から木箱を取り出す。
「ああ、それがありましたか。しかし、便利なものですな。らしんばんと言いましたか?」
「そうだ、足柄の山では、時々磁石が見つかる。できるだけ大きいやつを選んで、細工してみた」
「ああ、浜で動きがあったみたいです。何人もが船に向かってます」
「こりゃあ、見つかりましたか」
「そのようだ。さあ、逃げるぞ。漕ぎ手いっぱいに漕げ。帆柱の固定は終わったか」
「進路はどうします」
「とりあえず、真西だ」
「帆を張れ」
何人かで、ロープを引っ張ると、三角帆がするすると上がっていく。
「よし、風は逆風。さんざ練習した上手回しだ。尻に帆かけて逃げるぞ」
「はは、尻に帆かけてですか。御曹司、面白いことを言いますな」
「漕ぎ方止め。帆桁役は命綱をしっかり腰に結わえているな」
おう! 野太い返事。
「舵役、頼むぞ。まずは、真西だ。俺の右手が指す方向だぞ」
「っかりやしたー」
「漕ぎ手は、しっかり休め。水も飲んでおけ」
「すいやせん。水がもうねえです」
腰につけた、竹筒を放ってやる。
「あー、足りないだろうが俺のをやる。水は、漕ぎ手、帆桁役、舵役が優先だ。分け合って飲め」
俺を見て、まだ水を持っている者が、竹筒を漕ぎ役などに渡している。
「我慢すれば、三崎に着いてから、江川の清酒を飲ませてやるっ!」
俺は、声を張り上げた。
おう! 先ほどより一層大きい返事が返ってきた。
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