第二十三話 白浜と聞いて思うは白砂青松

「岩場だらけではないか」

 それが、白浜城に海から近づいた時の印象だった。

 海岸は須らく岩場、そして田畑、それに続くこんもりとした林を抱えた山々。安房南端の海岸、白浜は不規則な三種類の帯のように見えた。

 白浜城という呼称から、てっきり白砂青松に白亜の天守みたいな光景を思い浮かべていたのだ。


「あれに見える野島の東に船をつける浜があります」

 そう話すのは、正木監物。三浦水軍の船大将の一人で、今回の遠征の責任者だ。

「そこは白い浜なのか」

「いえ、どちらかというと黒いですな」


「なんだ。白浜というのは名前だけなのか」

「もっと西に、平砂浜という浜が白い砂が多いと聞きます。そちらに行きますか」

「いや、西に行くのはよそう。里見に見つかりかねん」

では、東の浜へと、水夫達は漕いだ。


 白い砂は、実は普通の砂ではない。サンゴの骨格が細かく砕かれて浜に打ち上げられたものだ。グアム島の砂浜も同じ理由で白い。

 海流としては異様なほどに強い黒潮に海底のサンゴの死骸が打ち上げられる。それが溜まったものが白い砂である。だから、サンゴが生息する海域の、南端からやや西寄りに白い浜はできる。これは、南紀白浜、つまり紀伊国の白浜も同じである。


 まあ、黒い砂浜なら砂鉄が多かろうから、そうだな、子供たちに磁石を持たせて砂鉄を集めさせれば、玉鋼をの原材料になるかな。そんなことを考えながら、船縁から砂浜に身を躍らせようとして、止められた。

「待たれよ、御曹司。大将が先頭を切るなど愚の骨頂。ここは、某が」

 俺を押しとどめた監物が、砂地に降り立った。振り返って、にかっと笑う。

「安全を確認するまで、若君は船に留まりなされ」


「な・・・・」

 俺が文句を言おうと、口を開く間もなく、

「あい、分り申した。我ら、下田党はこの場にて、御曹司をお守りする所存」

 そう叫んだのは、関戸兵庫介。播磨守の嫡男だ。


 浜には日陰などなく、まだ暑い日差しが照り付ける。

 船底に倒した帆柱から、帆を剥いで、櫂に結わえて立てると臨時の日よけができる。

 日陰の中で、こぶし大のみかんを剥いて齧る。

「すっぱ」

 ほとんど夏みかんの様に酸っぱいだけのものだが、海上で喉を潤すために大量に積み込んである。


 斥候に出たのは、3人一組の4組である。

 やがて、正木監物を含む三組ほどが戻ってくると、状況を確認しあった。

「やはり、この辺りは里見が領しているようです」

「ふむ、いつからだろう」

「山内上杉家の話をしても何十年も前のことだと」


「代官の木曾殿達は?」

「それがさっぱり」

「里見は白浜城に?」

「いや、今は稲村城に居るそうだ。もともとは避寒の地の城であったからな」

「では、白浜城は?」

「おい、あれ」


 だれかが、指をさしたその方角に、4、5人の武士らしき風体のものが漕ぐ、小舟があった。

 どうも、野島の方向から来るものらしい。

 俺たちは、近づいて来る小舟を待ち受けることにした。


小舟に乗っていたのは、年配の軽装の武士とその供回りらしき、数人の男たちであった。

「某は、里見刑部大輔義実と申す」

 小柄な白髪頭に水戸黄門ばりの髭の侍が、ちらっと三つ引両の旗指物を見て言葉を続ける。

「お見受けしたところ、三浦家の家中の方々か?」

「いかにも、某は相模守護三浦家家臣でござる」


「三浦家が相模守護? 扇谷家はどうなされた?」

「扇谷家は、解職 され申した。御当主殿は糟屋館に籠って御座る」

 老人はその言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに戻った。

「さようか。して、この地へ何用か?」


「当地は、関東管領家の避寒の地なれば、連絡が絶えて久しいことに心を痛め、都鄙合体とひがったいなった今こそ調査をとの言葉にまかり越した次第。聞けばこの一帯は里見家の所領とか。ご老人、そこもとは里見家の当主でござろうか」

「いやいや、某は隠居の身での。白浜城は、隠居場と決めて、これからの一家の無事を願ってその野島厳島神社に、奉納をさせていただいたところで」

「ほう、宗像むなかた三女神がここに祭られているのですか」

「さよう。この地は、海の難所でな」


 里見義実の言葉に沈黙が続く。

「ときに、刑部大輔殿。里見家は古河に出仕してござろうか」

 ぐっと息を止めたような間があった。

「息子どもが、出仕するかは知らぬが、当家が山内に出仕することはなかろうよ」

「ご隠居様」

 供の武士が遮るように声を上げた。


 その言葉に、俺は違和感を感じた。それに・・・

「ご老人。里見のご隠居とおっしゃるが、さて、本当に里見の方か」

 そう言う俺の言葉に、供が色をなした。

「わっぱ! 愚弄するか!」

 守るように下田衆が俺を囲む。

「いや、言葉が、訛りが違う」


「むう」

「里見は本貫の領地は常陸であろう。ご老人は、伊勢か尾張のあたりの言葉に思える。供の方々とも明らかに訛りが違う」

 供の武士の一人がはっとしたように口に手を当てた。

 老人は、ふうと大きく息を吐いて口を開いた。

「嘘は言うておらぬ。儂は此処の里見の隠居である。但し、出自は美濃じゃ」

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