第四章 鎌倉入部と関東三戦

第二十二話 堀越公方東へ

「今、目指すは、鎌倉入部である!」

 関東公方足利政知は宣言した。入部とは入武、武力をもってその地に入ること。つまり、鎌倉精圧である。

 堀越御所の大広間。伊豆相模の主だった大名小名居並ぶ中でである。

「扇谷家が古河方と誼を結んだは最早明らか。修理大夫は糟屋館で兵を集め武蔵を窺っている」

 関東管領職上杉顕定は、怒りを面に滲ませながらそう言うと、集まった武士たちは、考え込んだ風である。


 上杉顕定は扇谷家初代と同じ諱である、鎌倉府に下向し官位は鎌倉扇谷に居を構えた。扇谷初代の官位は式部大夫、顕定が官位を求めないのは、初官では上回れないことを知っているからだろうと、俺は見ていた。それほどまでに、扇谷家を意識して、いや憎んでいると言って良いだろう。顕定が山内家を継いだのは、数え十三の時、諱について考えが及ばなかったとしても攻められるものではない。しかも、扇谷家の初代は鎌倉では活動していなかったのだから。養父と実父から一字ずつを貰った名前だとしても、気が付いたときは屈辱を感じただろう。


 扇谷上杉家当主定正は、顕定の八つ上であり、年長者として顕定に接し、顕定は上杉家惣領としてまた関東管領職として上から接する。これでは、巧く行くはずがない。扇谷家の家宰太田道灌が殺される際にも、顕定が関わったという噂もある。『お前が道灌を殺すなら、俺も景春を殺そう』そう口走ったそうなのである。実際に道灌は謀反の準備をしていたというのだ。それが事実だとしても、湯屋での謀殺とはいかにも外聞が悪い。


「扇谷の目的は、顕定さまの首。武蔵を席捲して鉢形城を落とし、上野までも、と息巻いておるそうな」

「なんの、すぐ追い返してやるわい」

「かつて上様の鎌倉入部を留めたのも意趣いしゅがあるのだろう」

「それは広感院殿(上杉持朝、定正の父)のこと、先々代のことなれば、もう二十五年にもなりもうすか」

「あの馬狂いならば、馬を使えぬようにすれば造作もない」


 各々勝手に騒ぐ中で、俯いたままの、僧形の武将がいる。大森寄栖庵である。太田道灌亡き今、扇谷上杉家一の重臣といっても過言ではない。その、仮想敵の一人でもあるはずの寄栖庵がここにるのか。

「各々方に伏してお願いいたしまする。我が主、修理大夫は、重臣だった者の謀反を成敗し気が逸っておるのです。冷静になれば、本来のあり方を取り戻し、管領様の幕下に戻るものと心得まする」

 相模の四分の一を領する大家が身を震わせながら懇願するのである。その姿を悪し様に言うものはいなかった。


「では、やってみよ」

 そう言った、関東管領の目はしかし、冷たい。

「はっ、身命に変えましても」

 寄栖庵入道がさらに頭を低くする。


「まて」

 言葉を発したのは、我が親父殿、関東公方政和である。

「そのようなことに、命など掛けるでない。負け戦の殿しんがりでもあるまいし、死んだ後は奉公など叶わぬのだぞ」

 その言葉を咎めたのは関東管領その人。


「上様、縁起でもないことを言いなさるな」

「ぬ、そうか。だが、戦と決まったわけでもあるまい」

「扇谷定正ほどの戦好きが兵を集め、兵糧を整えておる。戦を起こさぬわけがないと思われまする」

 割って入ったのが、堀越公方家家宰犬懸上杉治部少輔政憲である。元は、枯れ木であったような老爺だがこのところ血色が良くなり、背も伸びたように見える。


 関東探題ともいわれた前関東執事渋川右兵衛佐義鏡よしかね弾劾のために時の将軍義政に送り込まれた人物で、実質堀越足利家の家宰である。俺にとっては、『じい』とでも呼ぶべき人なのだが、相性が悪いというか接点があまりなかった。武家の礼法作法などを教えてもらったくらいである。同じ館に住んでいるはずが、驚くほどに出会わない。


 さらに、政憲が続ける。

「やはり、兵が足りませぬな。これは、駿河に援軍をお頼みせねば」

「いや、いかぬ。いけませぬぞ犬懸殿。かの約定のことがありますれば」

「そうそう、かの桂山昌公(今川義忠のこと)殿の嫡子、龍王丸殿も元服してもおかしくない歳」

「公方様が認めた約定故、反故ほごというわけには参らぬでしょう」

「どうやら、御孫殿には会えそうもないでござるの、執事殿」


 政憲の言葉にすぐ冷やかしが入る。

 上杉政憲の娘は隣国駿河の代守護、小鹿新五郎範満の母なのである。そして、代守護は嫡男龍王丸が元服するまでと定められている。これは、将軍が確認したため覆すことができぬ物事のはずであった。


 新五郎は約定を守る積りがない。これは、衆目の一致した見方であった。何故なら、龍王丸は俺よりも、六つも年上なのだから。守る積りがあれば、元服の噂が聞こえてきても、いやとっくに元服を済ませているはずである。そして、新五郎が家老筆頭に収まれば良いのだ。だが、今川の嫡子が元服したなど噂にもない。そして、俺が覚えている新五郎は、一国の守護にしては少し器量が足りないのでは、と思わせる人物であった。


「ふん、あのような小童が、駿河の守護などとは」

 吐き捨てるような、政憲の言葉を受けて呟いたものがいる。

「元服して、一皮剥けたおのこもおりますからな」

 誰かと思えば、宇佐美左衛門尉、お前かよ。そうか、そんなに金山は儲かるか? にこにこしてやがる。


「『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』と申しますからな。」

「ん、ん。それはともかく、修理大夫が寄栖庵殿の諫言を入れず、兵を北に進めた場合のことじゃ。寄栖庵殿は、糟屋で修理大夫の留守を守るがよかろう。岡崎城には、新守護三浦介殿に詰めてもらおう」

 自信満々といった風で、指示を出す関東管領。水差すようで悪いんだが、ちょいとお願いしよう。


「よろしいでしょうか」

「む、関東の世継殿か。何か?」

「そろそろ米の刈入れも終わるころであります故、皆さま兵糧の心配はしていないと思われますが」

「おう、今年はなかなかの実の入りだそうじゃ」


「であっても、それぞれのご領地から兵糧を召し上げては、百姓に恨まれます」

「うむ、戦の時の兵は倍は食うからの。足りぬ分は他から買わねばならぬな」

「どこから買いまするか?」

「それは、ここらでは六浦かの」

「その六浦湊を押さえませんか?」


「何? 兵を送って接収するというのか。商人を敵に回してしまうではないか」


 にっこり笑いながら、先を続ける。

「いえいえ、商人を味方につけるのです。今は一年で一番米が安い時期ですから、相場にちょっと色を付けるだけで大量に売ってくれるでしょう。それを、浦賀や鎌倉、早川、下田、韮山、大島でもよいでしょう。我らの蔵に納めてしまうのです。そうすれば、扇谷が米を買おうとするころには六浦の蔵の中はからです。」


「しかし、扇谷が乱取りすれば済むことなのでは?」

 座から声が上がる。

「はい。その通りです。そして、後に乱取りされて、飢えた村々に我々が食料を与えてあげればよいのです」

「うーむ。百姓の評判を良くしても、何か得があるのか」

「例えば、兵員供出の拒否。食料を抱えての逃散。土一揆」

「うぬぬ。しかし、時間がかかりすぎるだろう。それに、余った米はどうする」

「米がもし余れば、韮山で澄酒にします。それに、春になれば商人が倍の値で米を買いに来ますよ。できれば、品川湊でも同じことをしたいのですがね」


 しーんと、しばらく誰も声を発しなかった。

 ははは、と笑い出したのは、関東管領殿。

「公方様。お世継ぎは、商人でもやっていけそうですぞ」

「いやはや、面目ない」

「揆一郎殿。その義についてはお任せする。蔵についても、各々の領地で使えるように書状を書こう」

「あ、管領殿。もう一つ、お聞きしたいことが」

「なんじゃ?」

「安房の義にございます」


 途端に、渋い顔になる関東管領。

「確かに、安房の守護職は当家でいただいておる。白浜城に木曾というものを守護代に置いたが、連絡がない。上納米も来ぬし、手紙も届かぬようじゃ」

「里見と申す者共が差配しているようですが」

「里見といえば、ご一家衆。結城合戦で嫡流の血筋は絶えたものと思っていたが・・・」

「内海の対岸が安房ですから、鎌倉、浦賀、六浦など襲われると厄介かと」


「そうか。三浦介殿」

「安房についても、馳走いただけまいか?」

「かしこまってござる」

「しかし、それでは将が足りませぬな」

「六浦は鈴木兵庫に手伝わせましょう。売り買い事なら楠美宗右衛門がよろしいかと」

「おお、兵庫助殿は、かの六角征伐にも参陣したとか」

「はい、雨の中六角行高を捉えたは、江梨鈴木の働きあってこそに思います」

 うん、嘘は言ってないぞ。

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