第二十一話 たとえばこんな新婚生活?
「一向宗と名乗ることは許さない。これは、浄土真宗本願寺八世である//我が父蓮如も常日頃言っておること。
一向宗とは鎌倉は浄土宗蓮華寺の僧であった一向俊聖が各地を遊行し、踊り念仏、天道念佛を広めたものである。
親鸞聖人が広めた教えではないという主張である。
我が父蓮如が言うには、一向宗とは時宗の呼び名であって、浄土宗の僧であった一遍や一向が広めたもので、近江国のばんば道場がもとだという。
浄土真宗が長いというなら、真宗とすれば良い。
今後、本願寺の門徒で一向宗の名前を使ったものは破門するとのことじゃ、
俺の座っているところから、真っ青になった僧が3人ほど退出してゆくのが見えた。
「あ、旦那様。聞いてらしたのですか?」
勝子が、俺の前を横切ろうとして、俺に気が付いた。
たっと、墨染の衣をまとった細っこい体が腕の中に飛び込んでくる。
ひとしきりスキンシップして、頭を撫でると、勝子は顔を大きくほころばせた。
「いったいどうしたの?」
「
「ああ、それは」
蓮如様は烈火の如く怒るだろうなぁ。
「私は、父様と離れて暮らすのは、初めてのことです。
父様が旅をするときもずっと一緒にいました。父が教える様を、諭す様を見てきました。
だからこそ、親鸞聖人から受け継いだ教えは正しいのだと、人々を救うのだと信じてきました。
いえ、今でも信じています。
でも、あの方たちは喜捨が集まりやすいとか、門徒を増やしやすいとかそんなことで、宗派の名を変えたいというのです。
それでは、まるで、門徒を増やすために布教しているようでありませんか。
真宗の僧は、来世の平安を約束し、心の平安を得る助けに教えを説いているのです。
確かに私たちは他の宗派と異なり妻帯を認めています。けれども、それはお念仏を唱えれば総て許されるからではなく!
いかに得度し僧となって悟りを開こうとも、その根幹は人間であって、人間の生きようを変えられるものではない、ならば僧であっても人間であることを素直に認め、市井の人々と同じように妻帯もしよう、肉も食べよう。その上で、救いを導くのだと・・・・!」
話しているうちに、感情が高ぶったのか、いつも間にか泣きながら、話し続ける。
俺は、頭を撫でながら、聞くことしかできない。
「本願寺は、一向宗ではありません。浄土真宗です。真宗、のはずなのに、他人は一向宗と呼ぶのです。そして、なにか人でない別のモノのような目で見るのです」
「ああ、みんな誤解しているんだよ。真宗はあまりに多くの信者を集めるから、それを力だと見てしまうんだよ。でも、蓮如様そんなことお許しにならないだろう? ほら、加賀の時だって蓮如さまの言葉だと偽って、一揆を主導した坊官を破門にしたというじゃないか」
ぽんぽんと、胸の娘の後頭部を触れるように叩く。このところ、俺は成長期に入ったらしく、俺と勝子の身長差は徐々に開いており、勝子の頭頂は俺の顎のあたりにしかない。
「
歯ぎしりせんばかりの声である。蓮如にとって、加賀富樫家の内訌に吉崎御坊の門徒宗を関与させたのは痛恨事だったのだろう。
俺が黙って頭を撫でていると、何かを感じて振り返った。
鮮やかな紺の浴衣をまとった、お松が、にやーっと笑いを浮かべながら、俺達を見ていた。
「ちゃっちゃまるちゃ~んたらぁ、色おとこ~。もしかして~、こんやぁ」
「あー、松姉さまったら」
さっと腕の中から、黒い着物が飛び出していく。
祝言の夜『同じ男に嫁ぐのなら姉妹も同然だね。これからは、お姉さまとお呼び』松は勝子に言い、それ以来勝子は松を姉呼ばわりしている。
勝子はおれと同じ歳で、まだ体が出来上がっていないからと、そういうことはしていない。
お松は、俺の倍以上の歳で、言っちゃ悪いが行き遅れの大年増(二十歳以上で未婚ならこう呼ばれる)だし、俺も精通は済んでいるし、やることはやってる。初めてでもなかったしな。お松は勝子となにやら情報共有しているらしく、ひそひそと話し合っては、俺のほうを見て真っ赤になっていたりする。なんかいやだ。
その夜、俺が松と、武家の当主に連なるものとしての義務を果たして、一息ついていると。
「旦那様?」
「ん?」
横を見ると、お松と目が合った。
「ごめんなさいね。こんな。醜女を奥さんにしてさ」
「何言ってるんだ。お松はきれいだよ」
「だってさ、鏡とかうすぼんやりしたものしかないし、細川屋敷では会う男会う男、皆首を振って、『なんという醜女だ』とかいうんだよ」
「それはさ、身長のせい。俺もやっと最近伸びてきたけど、松さん、170センチは超えてるもん」
「そうかな~?」
「うん、うん。平成の世だったら、モデルだよ」
「あー、でも、そうだといいなぁ」
「信じなって」
「あーでも、わたしも転生者なのにできることないよ。やっぱり、石鹸作るよ。得意だったんだよ」
「んー。やっぱり駄目」
「どうしてっ」
「あれ、酷い臭い出すじゃない。それに身分ある女性が職人のまねするのって危ない」
「獣脂じゃなくて、植物性の油にすれば」
「だめ、荏胡麻も菜種も高級品」
「でも、手とか洗いたいし。古奈に行く時も役に立つから」
「ぬか袋で我慢してよ」
「ぬかこそ臭いよ」
「ん・・・それはそうだが」
「それに、生まれてくる子供のために、衛生的な環境は必要だよ。お金にもなると思うし」
「そうか、じゃあ、ツツ丸に頼んで、風魔の女子を手伝いに出してもらうか」
「ツツ丸くん? 最近見ないよね」
「いや、毎日来てるよ」
「そうなの?」
「その子に、松の秘伝を伝授して作ってもらおう?」
「そっかー。上手くいくかな?」
「いくさ、きっと」
「ありがと、旦那様・・・」
ふと声が途切れたので、見ると松は寝ているようだった。
俺も眠ろう。平和だ。甘い甘いゆるやかに流れる時間。こんな日々が続いてくれれば…… 意識が途切れる前にそう思った。
しかし、戦乱はすぐそこに迫っている。俺は、その気配を嗅ぎ取っていた。
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