第十四話 近江の仕置き

「ツツ丸?」

「ここに」

 その声は、すぐ後ろから聞こえた。

 振り向くと、そこにツツ丸が跪いている。


「あの、丸太はお前か?」

「はい。ただ、作ったのも流したのも望月の者たちで」

 そうか、三雲城と目と鼻の先では、流石に風魔でもあんな仕掛けは無理だろう。


「望月出羽守様が直々に指揮をなさいましたとのことで」

「望月の当主が来ているのか」

「はい。直ぐそこに」


 気が付くと、いぶしたような煙があたりに充満している。目や鼻を刺激する生木を燃やしたような。

 さっきまで誰もいなかったはずの場所に、侍が跪いている。

「出羽守殿か」

「お初にお目にかかる」


 促すと、立ち上がった望月氏は非常に大柄で、俺など胸元までしかなかった。

「ご助力感謝いたす」

「なんの、そこな守護様には叛き申したが、我らも生きるために助勢しただけのこと」

「生きるためにとは?」


「守護様の言葉はあっても、京極様が居り申す。三雲城も山中も京極様には甲賀の道はたなごころの内にて、今甲賀の田畑に踏み込まれれば、甲賀全てが飢えるは必定故」

「そうか、元管領の細川様に、甲賀党のことを話したが、興味を持たれたようだった」


 意外そうに、眉をひそめる出羽守。

「元管領殿は、こういう不思議な技が大好きなのだ。修験道にも凝っておられる」

「それは、なんと申しますか・・・」

「直参の誘いがあるかもしれん」


「関東様。揆一郎様はどちらか」

「ここにおる」

 振り返って叫んで、視線を戻すとそこには、望月の当主も、ツツ丸もいなかった。

「上坂殿、どうなさいました」


「六郎様から早馬がございまして、正福寺の騎馬どもは、一当てすると逃げ去ったとのこと」

「では、六角四郎殿を捕えたとお伝えくだされ」

「なんと、では、あれが」

 望月出羽守がいうのだから間違いなかろう。


「我らも、侍大将を捕えましてな。山内宮内大輔政綱と申すもの」

「政綱ですか? 私と同じ諱とは、あまり愉快ではないです」

「これは失礼。しかし、大手柄ですな」

「八幡山の本陣に使いをやりましょう」



「なんにせよ。これで帰れますな」

 左京が言う。

 雨は、しとしとと続いている。俺たちは軍装に蓑をつけて馬に揺られている。

「恐らく、六角行高、伊庭貞隆、山内政綱の三名は、京に送られ、別々の寺に入れられる」

 伊庭も山内も六角家の家老格である。伊庭氏は、水口城に向かって、一色軍に捕らえられたらしい。


「腹を召すことにはなりませんか」

「六角は近江佐々木氏の正嫡系だ。処刑なんぞすれば影響が大きすぎる」

「山内は六角の傍系、伊庭も佐々木の出でしたか」

「では、近江は?」


「まずは押領された、寺領や荘園を戻さねばならんだろう」

「大樹様のことだ。伊勢にでも与えるんじゃないか?」

「それでは、京極様が叛きましょう」

「叛く? 京極殿が?」


「あの方には、近江守護が何よりの褒美にて。手に入らねば、国人衆を抑えられないでしょう」

「南近江の国人衆はこの戦勝で抑えるでしょうが、北近江の国人衆はどうかと」

「浅見、浅井か。高島七頭に堅田衆か。伊勢殿が守護では早死にしかねぬか。六角殿とて」

「寺に押し込まれても、四郎様を甲賀衆が連れ出しましょう。赤松の残党どもが加わったりすれば京は」

「そうか、確かに」

 おれは、手枷をつけられ、縄を打たれて後ろ向きに馬に載せられている、六角行高を見た。

 じっと目を瞑ったまま馬に揺られている。


「甲賀衆を切り離し、近江を良く知る京極様が荘園の仕置きを行うものと」

 行列の先頭の京極殿は、上機嫌である。馬上で高笑いしているのが、かなり後ろのここまで聞こえてくる。あの方が守護になっても、長持ちするとは思えないんだよなぁ。でも、それしかないか。

 そんな話をしながら、雨のそぼ降る中を三日ほどかけ、本陣の八幡山に着いたのである。


 その翌日、論功行賞が行われた。

「京極飛騨守秀綱殿」

「はっ」

「この度の働きまことに殊勝である。よって、近江守護職と偏諱を与える。以後、京極飛騨守高尚たかひさと名乗るが良い。押収されし寺領、荘園への仕置きも期待しておる」


 近江守護職と何と偏諱である。しかし、荘園についての紐付きだ。

「また、観音寺城を与える。以後居城とするがよい」

「ありがたき、幸せ」

「の、飛騨守。居城は大津あたりに建てても良いぞ」

「は、まずは、国内を安んじ、しかる後、新たな城をと」


 次は、武田宗勲。観音寺城を落した功績について、安芸の分郡守護と名物と金を。次が、水口城を囲み、結果的に落城させた、一色五郎こと一色義秀、伊勢半国の守護職としかるべき官位をという具合だ。

 参陣した大名、陣代の武将の名がが読み上げられ、最後に俺の名前が呼ばれた。


「関東総代足利揆一郎政綱殿、初陣なれど此度の働きは天晴なり。これを賞する」

「おお」

 敏感に反応した者と、気が付かなかったものがいる。関東公方でもなく、関東管領でも、関東奉行でもない新たな称号。関東総代とは関東における足利幕府の権能をすべて代行するという意味である。まあ、ここにいる大名にはあまり関係ないか。感状だけのようなものだし。親戚筋だからというのもあるだろう。


 論功行賞が一通り終わると、宴会である。

 武家に下戸はほとんどいない。

 蒲生殿と長尾左京で、料理を持ちより膳を囲んで集まっていたら、政元がやってきた。


「これは九郎殿、おかげさまにて、関東総代の辞をいただきました」

「さては重畳。相模を従えれば、次も見えてきます程に」

 ぎょっとして、左京を振り返るが気にした様子もない。


「ありがとうございます」

 政元に礼を言う。

「京極殿といい、関東次代様といい、大樹様は良い家来衆をお持ちになられた」

「臣なれば当然のことかと」


「いやいや、なかなか。気持ちはあれど、結果が伴いませねば意味がありませぬ故」

「望月党についても目を懸けていただく様で、ありがたきこと」

「出雲守には、京に屋敷を用意するつもりじゃ」

「それは、また」


「元服し、初陣も致した。さて、次は嫁御領かのう」

 政元は、うっすらと笑ってそう言った。今、ぞくってした。

 あ、これ、なんかダメなやつだ。断れない。

「帰洛致しましたら、改めて紹介いたす所存にて」

 俺は、あいまいに笑うしかなかった。

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