第七話 昔難波津今尼崎
伊勢国大湊は神宮(伊勢神宮)の支配下にあって、博多、敦賀などと並ぶ、日ノ本有数の湊である。いたるところ舟舟舟である。浜に立って海を見ると、船影が重なり合い、水平線が見えなくなるほどだ。
大湊の町は、宮川、五十鈴川、勢田川の三川の沖積地のほぼ三角形の島である。島中に運河が刻まれ、町屋が立ち並ぶ。商家の住処であり倉庫である。人も荷駄馬も至る所にあって、なかなかの喧騒である。揉め事があったらしく何やら早口でまくし立てている者がいるが、こちら(伊勢)の言葉で早口だと何を言っているのかわからない。
堀越御所を出立して、順調な行程で三日目の夕刻、江尻湊、
韮山の伊勢屋の伝手で、大湊会合衆の重鎮である伊勢屋半左衛門の奥屋敷に泊まることになったのだが、ここで、とんでもない人物と同宿することになる。
「ようこそいらっしゃいました。当家主人、半左衛門でございます。ごゆるりと過ごされますよう」
親父を上座に据えて平伏したのは、伊勢屋の主人である。是非にと乞われて、俺も同席していた。
「関東公方足利政知じゃ、世話になるのは此方の方。頭をあげてくだされ」
「関東公方家世子にござります」
半左衛門は、物腰柔らかな小柄で初老の男だったが、自治都市会合衆の重鎮らしく眼光の鋭さを笑みで隠しているような人物だった。聞けば、神宮の神人が商家となった血筋とのこと。親父をよりも俺を長く見つめてていたのが、印象に残った。
「韮山では、お世話になっております」
「なんの、我らこそ良くしてもらっておる」
おれは、目礼にとどめた。
半左衛門は、先ほどから、少し離れて端座している男を紹介しようとした。武士らしいが簡素なすっきりとした服装の三十路半ばの、坐り姿が絵のように美しい。美中年とはこの人のようなと思われた。
「そしてこちらが、当家に寄宿いただいている、幕府侍所執事の伊勢家に連なるお方でございまして」
「同じ伊勢家でも、私は分家筋にて備中荏原郷高越山城城主伊勢備中守が嫡子、左衛門尉貞興でございます。此度は、神宮外宮の式年遷宮について主上の使いでございましてな」
「式年遷宮といえば、内宮の後二年ほどで外宮を行うが慣例と聞きますが、既に二十年もたっているとか」
思わず声を出した俺を、ちらりと見て伊勢貞興は続けた。
「さよう、式年遷宮には、万の単位でヒノキを求めるが故、山を指定させていただくが、どの御領主も首を縦に振りません」
ヒノキを大量に求めようとすると、運搬経路が問題になる。木曽川長良川水運を利用できる伊勢湾を利用したいだろう。前回までは美濃だったはず。大湊のすぐ南には、熊野という木材の宝庫がある。
「美濃がだめなら木曽か、さもなければ熊野でしょうか」
応仁文明の乱が終わっていても、未だに美濃土岐家と尾張斯波家は睨み合っている。熊野は南朝の地だ。南朝の支持者だった領主が、今上皇室の守り神をまつる神宮に喜んで協力するかどうか。
伊勢貞興は、姿勢を崩すことなく、俺をねめつけた。
翌朝、俺たちは、高倉山の麓に位置する神宮参拝をすることとなった。伊勢貞興も一緒である。俺は、気になっていたことを聞いてみた。
「左衛門尉殿。もしや、御家中の女性で駿河の守護家に嫁に入った方が?」
「妹です」
「では、伊勢新九郎殿という方は?」
「弟です」
やはりこの人は北条早雲の兄にあたる人なのだ。
鳥居をくぐったあたりで、貞興とは別れた。何か話したかったが、何を言えばいいのかわからない。もどかしい思い。後ろ髪をひかれるとはこのようなことなのか。
神宮は皇族以外は入れる場所が限られている。とはいえ、広い。なんでも建物の「清浄さ」を保つために、式年遷宮を必要とするとのことだが、別段汚れているようにも見えない。
我々親子と左京は進められてみくじを引いた。清丸は大大吉。他の三人は大吉だった。いかにもやらせであって鼻白んだが、親父や清丸は大喜びだった。今夜、伊勢屋で一泊したら、都へ向けて出港だ。
そして、
尼崎から淀を経由して京に入る。陸路を行くかという話もあったが、清丸の年齢を考慮し、やはり水路でということになった。
そんなわけで、水路での京の玄関口五条大橋西詰から陸に上がり京に入って最初に会ったのがこの人だった。
「細川右京大夫政元です。関東公方政知様におかれては、
烏帽子を被らず簡易な礼装の、優男だった。
戦国時代を代表する魔術オタク、そして現足利幕府最高の権力者、細川
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