第八話 げんぷく?それって、美味しいの?

 細川右京兆うけいちょう家当主九郎政元、応仁の乱後の最高の権力者、それが政元である。応仁文明の乱の東軍の大将といわれる細川勝元の唯一の男子であり、応仁文明の乱のもう一方の大将山名宗全の娘(養女)が母である。将軍足利家を除けば、武家においての貴種中の貴種であり、整った容姿も相まってまさに貴公子であった。


 父勝元が死の間際家臣に、わずか数え8つの政元を「幼なくても案ずるな。あれは、聖徳太子の生まれ変わりだから、我が細川右京兆家はますます発展するだろう」と言い残したといわれている。それほどに嘱望された男だった。

 しかし、問題がある男でもあった。いわば、オタクだったことである。

 現代で言うと、魔法使いになりたいがために、DTを貫き通した。そんな男だ。実際に生涯不犯を公言していたという。


 修験道にはまり、安芸出身の山伏を重用した。宍戸家俊、またの名を司箭院興仙しせんいんこうせんという男である。家俊は安芸の有力国人衆、宍戸家の出身である。城を任されるほどの武士だったが。修験道に嵩じ出奔。愛宕の神を信仰して飛行自由の術を得ていたという。そんな記録が残っている。当時の中国地方の有力大名大内家あるいは山名家の情報収集に重宝されただろう。


 政元も、修験道の修行の為に、家人や側近の目を盗んでは家出を繰り返す。そんな困ったちゃんだった。戦場から逐電しようとしたこともあったという。

 だがおそろしく頭は良かった。陰謀好きで、敵の分断工作を得意とし、加えて戦も強かった。というより、勝てない戦はしなかったということなのだろう。自分の企てで人が右往左往するのを眺め、一人一人の資質を見定めながら、己の、細川一門の利益になるには、何をすべきか的確な行動指針を持っていたのであろう。修験道に関わった山伏を使った諜報活動も良く行っていたようだ。


 そんな細川政元であるが、このときは、まだ二十二歳。後見の細川政国や細川家内衆の後見をひとまず離れ、細川一族の統領として独自の政策を打ち出していこうというところである。前年に管領に叙せられるも同じ年のうちに辞任。しかし、実権は手放していない。現管領の畠山弾正少弼政長は河内国で同族との紛争を繰り返しており、人物的にも軍事的にも信頼されるものではなかった。この同族間の争いが応仁文明の乱に直接つながったということもある。


 管領に就く期間が短いため、政元の奇矯な性格などまだ一般に広く知られるところではなかった。わざわざ五条口まで堀越公方一行を出迎えたのは、駒として利用できるかどうか見定めに、そして、親父と何らかの密約を交わしていたからだろうか。密約とはもちろん清丸のことだろう。


 現将軍足利義尚には男子がないため、先代義政公の養子としようというものだ。しかし、義尚には猶子ゆうしとして、足利義材がおり元服も済ませている。このままでは、左馬頭の叙任を受け次代の将軍の地位を確実なものにしてしまうだろう。しかし、義材はその父義視とともに美濃にいる。応仁文明の乱を長引かせた一つの要因が、義視親子の西軍への参加というより、西軍の大将だった。政元の手は届かないが、いざとなればいつでも上洛できる。そんな危険な存在を次期将軍にするわけにはいかぬ、そういう思いがあるのだろう。だから、清丸という、中央のどこにも色のつかない駒を歓迎した、そういうことだろう。


 俺は、おまけだな。あるいは、留守を任せて悪さをされては困るということか。

 政元の用意した馬に乗り京兆家屋敷に向かいながら俺はひとりごちた。


 京の町は、応仁文明の戦乱が終わって十年、復興なったかと思ったが、いまだ道半ばであろうか。大通りに面した部分は、大きな商家や高名な武士、公家の邸宅だろうか、新しい家々が真新しい漆喰の壁の向こうに立ち並んでいる。そこだけを見れば、復興なった印象が強いのだが、路地に入れば、住人が自ら建てたような崩れそうな家も多いという。そんな家は例外なく板葺や木皮葺きの屋根で石を載せているからすぐわかるそうだ。


 清丸は、俺の馬に同乗して、あちらこちらへと視線を走らせている。おれに手綱を任せ京の町に興味津々といったところだ。十日余りの間、幼い清丸の世話は俺がやっていた。船酔いがきっかけであったとはいえ、半分でも血が繋がった弟の世話は買ってでもするべきではないかと、そしてゆくゆくは将軍になった時に、俺の討伐など命令しないで欲しいという希望もあった。おかげで、結構懐かれた。


 やがて、京兆家屋敷に到着し、関東公方一行は足を洗った。別室に通され正装する。

 細川右京太夫政元と正式の挨拶をするのである。


 伊勢流礼法を長く学んでいるだけに、流石に細川政元の所作は流れるよう非の打ちどころがなかった。

 唯一乱れが生じたのは、親父が手渡した進物の目録に目を走らせた瞬間ぐらいである。一瞬とはいえはっきりと驚きを現したのを俺は見逃さなかった。

 年末ぐらいだろうか、各金山から上がりの一部が堀越御所に納められるようになったのは。親父殿は、金策に悩んでいたところに望外の収入があったことで手放しで喜んでいた。各々の金山からは、関東府への上納以外に俺に一割は入ってくる手はずになっている。金山が複数あるからか、信じがたい収入になっていた。


 堀越御所の勘定方でも、何かの危機を乗り切ったらしく年末だにというのに、妙に緩い空気になっていたものだ。この際にと事務方の侍に複式簿記を教え込もうとしたが、上手くいっていない。代わりに伊勢屋の手代が食いついてきた。漢数字の表記がどうもいけないので、ゼロの概念を導入して、縦書きの簿記表記を工夫してみた。この手代か、その後任を御所に引き抜けないかと企んでいる。


 俺は、下帯にもう一巻してある帯を、正確にはその帯に潜ませてある証文を狩衣の上からこっそりと撫でた。これは、もっと効果的な相手に使わなければ。


 明日は、東山の大御所、義政様の屋敷を訪ねるらしい。そこで、2、3日泊まる。それから、小川第(日野富子の屋敷)へ、その後に将軍家へ挨拶に、伊勢兵庫頭の居宅へ伺うことになったようだ。なんでも、幕府執事の伊勢七郎貞宗殿は伊勢流故実の大成者であり、温厚で誰からも慕われる人格者なのだという。右京兆政元殿が唯一頭の上がらない人だとか。そんでもって、北条早雲様の従兄弟で、上司だ。


 さて、東山は清丸が義政の意向で天龍寺香厳院(父政知の僧としての)後継に定めれれているだけに、清丸はこのために上洛したと言っても良い。そして、大御所の養子となる。

 俺は、細川宅で留守番かと思ったら、俺こそ主役だと親父が言う。


「どういうことですか?」

「慈照寺東求堂にて、お主の元服を執り行う」

「へ?」

「烏帽子親は、大御所様である。末代までのほまれとせよ」


 どういうこと? 慈照寺って銀閣寺だよな。元服? 俺は十一で、まだ早・・・・くはないのか。

 もしかして、サプライズってやつ?

 あ、史実の茶々丸が元服してなかったのは、上洛を我儘言って拒否したからだったのか!? 仲が悪くなったのも、サプライズできなかったから親父がスネてたってか?

 いやしかし・・・


 混乱しているうちに、元服式終わっちゃいました。

 大御所様が烏帽子親務めてくださいました。まだ五十半そこそこなのに、隠居して、わびさびの東山文化って、やりたい事やり過ぎって気がするなあ。幕府内の覇権争いで疲れ切ったてこともあるんだろうけど。

 はい、ばっちり月代も剃られちゃいました。額が涼しうございます。髷もしっかりと結わえられて少々痛いです。


 大御所様から偏諱をいただきました。官位も貰っちゃいました。いつの間に奏上されてたんだろう。

 もう、幼名の茶々丸ではない。足利揆一郎きいちろう政綱まさつなと、大御所義政様が名付けてくれました。大御所様の偏諱で政の一字をいただき、人を結びつける太く切れない綱となるように、なのだそうです。官位は何と、従五位下と相模守です。なんとも挑発的ですねえ。古河公方とか扇谷とか、刺激しまくるに違いありません。


 そうそう、仮名もいただいています。一揆の揆を書く揆一郎。一揆というのは、農民が竹槍や鍬を持って代官に刃向うような絵を想像しちゃうけど、本当は『集まって共に何事かを成す』っていう意味で、今ちょうど都の周りの山城惣国一揆が真っ最中なんだけど、地侍や農民の村等が代表を出して話し合いで政治を行ういわば『共和政治』ってやつね。集まって担ぎ上げられる頭首みたいな意味らしい。これ、絶対「キイチ」様って呼ばれるよなあ。「イ」がとれて、「キチ」「キチ」って呼ばれると、キチ○イみたいじゃないか。あぁ、憂鬱だ。


 そうそう、扇谷といえば、扇谷上杉家の定正さんったら、相模国守護職剥奪だそうですよ。なんでも、功臣(太田道灌)を暗殺するとは、しかも下々までそれが知れ渡っているとは、けしくりからん。ってことのようです。道灌さん京でも有名だったんだね。


 そう、左京。長尾左京はこの為に、ロビー活動で扇谷から相模支配の名分を無くすために上洛してたんですね。細川屋敷でほとんど顔を見ないと思っていたらこんなことやっていたんだ。都でも、関東は戦争しています。

 で、相模守護はというと、三浦家になるそうです。以前の相模守護の家柄だし、順当かな。実母の実家です。おおっ、なんかうまく転がってきたじゃないか?


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