第五話 上洛は船で行くのが楽みたいですよ
船に旗が翻っている。旗に染め抜かれた紋所は、足利二つ引両。そして、富永の木瓜に二つ引両である。
「足利と富永の家紋が並ぶのは、150年ぶりぐらいか」
「左様です。しかも、船に両紋所が並ぶのは、過去にはないとも思われます。
富永備前守は感慨深げに旗を眺めた。
富永氏は飛鳥時代の豪族大伴氏を祖とする、名族中の名族である。その、飛鳥豪族の末裔に、俺は法外な借金の証文を書かせることに成功していた。でも、そんなに時間かけずに完済できると思うけどね。土肥とその北の小土肥、南の八木沢。これだけあれば、食い扶持の米や漁もいずれは何とかなるだろ。山土肥川の上流、横瀬川との合流地点から上流は狩野氏の仕切り、横瀬川の南、八木沢あたりまでを富永氏にという仕切りということに、家老衆、宇佐美左衛門尉、外山豊前守、宇佐美三河守といった面々には話を通してある。
富永の船で、三津まで戻り、三津衆のリーダー格である松下三郎右衛門尉に話をつけて、船を乗り換えて狩野川へ。
伊豆と駿河の国境は黄瀬川ということはよく知られているが、黄瀬川と狩野川の合流点以降は狩野川で良いかというと、実ははっきりしていない。狩野川の河口以北は沼津千本浜で狩野川水運の終着点であるが、明らかに駿河である。
では、河口以南はというと、三津が伊豆であることは確かだが、駿河との国境が定かではないのである。いつか、なんとかしたい問題だ。もちろん、狩野川河口以南を伊豆国としたい。狩野川以北ほどではないが、耕作地帯はバカにできない面積がある。
河口ののすぐ南、三津との間に、香貫山、徳倉山、鷲頭山と海岸近くにしては存外峻険な山が連なっており、さらに三津の後背にも葛城山という峻険な山によって韮山など狩野川中流との陸の連絡路が分断されてしまっている。
幸いにも、狩野川河口の南方は三津衆の影響力が強いので、何とかなるとは思うのだけれど。でも、三津のうちもっとも北の、
実をいうと、富永氏は伊勢新九郎、いや、こちらの出来事とごっちゃになるとまずいから北条早雲でいこう。北条早雲が最初に味方につけた伊豆国人衆が富永氏と三津衆なんだよね。御恩と奉公っていうけど、御恩というのはいろいろな形の利益、一番はっきりわかるのは経済的な利益だよね。この上司だったら、自分たちの利益を守ってくれる、利益に導いてくれるっていう実感がないと奉公という気持ちなんて生まれないと思うんだ。それで、早雲の最初の伊豆国人の奉公衆を堀越寄りの利益で縛ってきました。どこまで効果があるかわからないけども。
ここまで、予想以上にうまくいっている。播磨守が信じてくれてよかった。自分が未来人の生まれ変わりだと打ち明けた当初は、
そして、予想外の収穫。風魔と接触できたこと。箱根の風祭地区のどこかに集落があるはずなんだけど。当然とはいえ大森氏の被官だったみたいだな。史実では、早雲に心酔していたみたいだから、早雲より早く接触できたのは僥倖だ。いや、本当に先かな。ともあれ、箱根風祭は近いとはいえ他国だからな、こっそり抜け出すにしても、いろいろと面倒なことになるはずだった。
それにしても、なんでこんなに歴史的知識がスラスラ出てくるのか自分でも疑問だが、いろいろ考えて、思い当たったことが一つある。あのとき、俺の後頭部を直撃した重い本。『日本史大事典』ってやつじゃないだろうか。ってこと。書物の内容が頭に入るって、それなんてご都合ゲームって感じだけど、もともと記憶力がそんなにいいわけないんだよ。
1カ月ほどかけて、すべての旅程を回りきって、御所へ帰ってきた。
どの村でも、千把扱きは喜んでもらえた。単純な仕掛け、作物毎に隙間の間隔を変えれば、米だけではなく、麦や粟、稗でも対応できる。
行きに見本を預け、帰りに寄った韮山の町人(町に店を構える商家のこと、商人は行商人のこと)伊勢屋の話によると、かなりの注文があったらしい。ほとんどは竹製だが、鉄製のものも少量注文があったらしい。駿河や相模からも注文があるとか。いつの間に売り込んだんだろう。
「御曹司。この品、確かに便利とは思いましたが、年に一度しか使わぬものゆえ、正直なところ、果たしてどれほどの数が出るものかと疑っておりました。いやはや、私が韮山に店を出して一番の大商いになりそうですよ。抱えている鍛治に鉄のやつを百も作らせて駿河へと商いに出そうかというところです」
端で見ているより、脱穀がずっと大変な仕事だということだ。
他国はやめとけ、鉄の値が上がる。親
そんな指示をして御所に帰ってきた。今日は早く寝て、明日には古奈に湯に浸かりに行こう。そんなことを考えながら。
そんな俺を、親父が上機嫌で出迎えた。
「上洛じゃ。茶々丸」
「は? なんと仰せられました、父上」
まだ、足も洗わぬうちにそんな事を言う。
そのまま、父の私室に連れて行かれる。
そこには、黒々と日焼けした偉丈夫が居た。身に着けている物から分かることは、高位の武士であろうということだけだ。
「左京。これが、茶々丸。儂の嫡子だ」
「はっ」
左京なる武士が居住まいを正して、平伏する。
「関東管領家にお仕えいたします長尾
「茶々丸、これが、長尾景春の嫡子、長尾景英殿だ」
「茶々丸です。お顔を上げてください。元服前の私など何物でもないのですから」
暴風雨の内心を隠して、にこやかにいい子ちゃんの挨拶。
ついこの間まで、古河公方について関東管領上杉顕定と戦っていた人じゃないか。なんで、ここにいるの!? そうか、先日まで敵だったから、堀越公方で使ってみて、大丈夫なら関東管領家でも使おうってか?
左京と名乗った男の鋭い眼光を受けながら、何か言おうと言葉を選んでいると、さらに気になることを親父がのたまう。
「そういうわけで、この左京がお前を
え、清丸の謁見イベント? 俺も行くの? そんなの史実にないよ!?
もしや、俺のお払い箱決定イベントなの!?
それとも、これを茶々丸が嫌がって廃嫡コースだったのか?
わかんないよ!
ただ一つ分かるのは逆らえないってことだ。
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