競プロ部人生初AC編

8. パソコン部に突撃ですか?

 競技プログラミング部の部室、窓から優しい風が入り込んで、カーテンを揺らしている。天気も良く、散歩でもしたらとても気持ちが良いことだろう。しかし、私はそんなことに構っているほど余裕がなかった。


「パソコンが……壊れた。どうしよう、動かないよ……」


 私は絶望のまっただ中にいた。電源ボタンを押してもノートパソコンはうんともすんとも動かない。フタを閉じたり開いたりしても何も変わらない。大きな文鎮と化した一台のパソコンがそこにはあった。


 私の頭の中でパソコンとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。中学生の頃、オンラインゲームをしたくて両親にお願いをして買ってもらったこのパソコン。最近はあまり触っていなかったけど、競プロ部に入ってまた活躍し始めていた。それなのに、こんなところで故障するなんて。寿命なのか。


「やっほー」


 私の絶望のことなどつゆ知らず、早希が部室に入ってきた。いつも通りスカートを短く折り、短い茶髪を揺らしている。スポーツも勉学も優秀な主人公気質の女の登場だ。


「どうした? そんな変な顔して。お腹でも壊したか?」


 早希が荷物をおろしながら、私のほうをちらっと見て声をかけてきた。


「……パソコン、壊れちゃった」


 私はうつむきながら答えた。


「はあ? そんな簡単にパソコンが壊れるわけないだろ」


「でも電源がつかないんだよ」


「ちょっと貸してみな」


 早希はそう言うと、私のパソコンを手に持ち、電源ボタンを押したり、開いたり閉じたり揺すったり、ACアダプターを抜き刺ししてみたり、いろいろと試みた。そして結論づけた。


「壊れてんな」


「やっぱり!? どうしよう」


「どうしようつってもな。新しいやつ買うしかないだろ」


「私、そんなお金ないよ」


「それはもう働くしかない。マスターに話通してやるって前に言ったろ?」


 マスターとは、高野喫茶店のマスターのことである。そして、高野喫茶店とは早希が働いているアルバイト先である。つまり、私に働けと言っているのだ。


「アルバイトかあ。あんなり自信ないなあ」


「自信なんていらないって。失敗しても全部マスターのせいにすればいいし」


 さも当たり前であるように早希は言った。


「喫茶店の仕事ってどんなことやるの?」


「どんなことって言ってもな。客の注文受けたり、コーヒー淹れたり、料理したり、だな。難しいことはなんもないぜ」


 早希はサラッとそんなことを言った。私には大変そうな仕事も、早希にとっては難しくないらしい。その自信が羨ましかった。


「どうしたの?」


 部室のドアが開いて玲奈が入ってきた。玲奈は私と早希が騒いでいる様子を訝しげに見た。


「玲奈、どうしよう、パソコン壊れちゃった」


 私がそう言うと、玲奈は静かに私のもとへと歩み寄ってきた。


「大丈夫、パソコンはそう簡単に壊れない」


 それから玲奈は早希がしたように、電源ボタンを押してみたり、フタを開け閉めしたり、ACアダプタを抜いたり挿したりなど色々なことをした。そして、結論づけた。


「壊れてる……」


「やっぱり!?」


「修理に出すか、新しいパソコンを手に入れるか」


 玲奈は冷静にそう言った。


「お金ないし、やっぱり働くしかないかなぁ。まだ競プロをちゃんと始められてもいないのに」


「仕方ねえよ。形あるものはいずれ壊れるって言うだろ。なんだったらパソコン部からまたパクってくればいいし」


 早希がそう言って私の肩を優しく叩く。私も早希のように図太く生きられたらと思わずにはいられない。


「来てやったぞ」


 またしても部室のドアが開いた。入ってきたのは枝刈先輩だった。枝刈先輩は二年生であり、ゲーム研究部の副部長でもある。先日、とある勝負に負けて競技プログラミング部に入ることになった。ちなみに、枝刈先輩は競技プログラミングの経験者である。頼もしい限りだ。


「どうした? みんな集まって」


 枝刈先輩が不思議そうに尋ねる。


 私は自分の動かなくなったパソコンを指さして答えた。


「パソコンが壊れました」


「パソコンが壊れた? そんな簡単にパソコンが壊れるはずない。ほれ、見せてみな」


 枝刈先輩はそう言ってから、早希と玲奈がやったように、パソコンを開いたり閉じたり、キーボードをいろいろいじったり、ACアダプターを抜き刺ししたりと様々なことをやった。そして同じように結論づけた。


「壊れてるなあ」


「このくだり三回目……やっぱり壊れてるんだ」


「まあ意外とパソコンって壊れるときは壊れるからな」


 さっきと言っていることが違う。簡単に壊れるはずないんじゃなかったのか。


「それでどうするんだ? パソコンなしじゃ競プロもできないぞ」


 枝刈先輩が当然の質問を投げかけてくる。


「そうなんですよね。あっ、スマホでできたりしませんか?」


 私がポケットからスマホを取り出して答えると、枝刈先輩は首を横に振った。


「もちろんできなくはないけどな。面倒くさいぞ」


 私はガックリと肩を落とす。


「うーん、やっぱりアルバイトするしかないのかなあ」


「アルバイトか、いいんじゃないか。競プロ部アルバイト編のスタートだ」


 枝刈先輩が他人事のようにテキトーなことを言う。競プロ部アルバイト編なんて始まってしまったら、もう完全に競プロに関係ない話になってしまうだろう。それだけは避けなければならない気がする。


「先輩、何か他に良い案はありませんか」


 私が最後の望みで聞いてみると、


「何かって言ってもなあ……あっ」


と、そこで枝刈先輩が何かに気づいたような声をあげた。


「なになに? なんかあるの?」


 早希が興味津々に尋ねる。


 枝刈先輩は顎に手を当てて考え込む。


「そう言えばパソコン部が新しくパソコンを買い替えるって言ってたな。もしかしたらそのおさがりをもらえるかもしれないぞ」


「本当ですか!」


「いや、もしかしたらの話だけど」


「それでも聞いてみる価値はあるぜ。よし、さっそくパソコン部へ行こう!」


 あっという間に早希が乗り気になって部室から出ていく。「ちょっと待って」と言いながら私もその後をついていった。目指すは隣のパソコン部。なぜか玲奈も後ろからついてきて、仕方なくといった感じで枝刈先輩もついてきてくれた。


 次回、競プロ部 vs パソコン部


■■■つづく■■■

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