7. 先輩は競プロ経験者ですか?

「競プロ部復活したんだね。5年くらい前に廃部になったって聞いてたけど」


 枝刈えだがり先輩が興味深そうに呟いた。


 ゲーム研究部の副部長である枝刈先輩は競プロもゲームの一種として嗜んでいるらしい。私にとってのプログラミングは難しくて意味の分からない不可思議なものである。しかし枝刈先輩のような頭の良い人は、どうやら競技プログラミングをゲーム感覚で遊ぶということができるらしい。私には意味がわからない。いずれ私自身もそうなれるのだろうか。


「そうだぜ。私たち3人で競プロ部を爆誕させた」


 早希が胸を張って答えた。そんなに自信満々に答えることでもない。


 続けて私は枝刈先輩に尋ねる。


「えっと枝刈先輩はどのくらい競プロやってるんですか」


 私は枝刈先輩の競プロのレベルがどの程度なのか気になった。話を聞く限りでは頭が良さそうなこの先輩が競プロの世界ではどの立ち位置にいるのか。調べたところによると競プロには中学生や高校生も参加しているが、一番多い層は大学生なのだという。高校生が大学生に勝てるとは到底思えないがどうだろうか。


 また、競プロ部の顧問である高橋先生は分からないことがあれば聞けと言っていた。しかし、やはり先生よりも先輩のほうが何かと質問しやすい。もし枝刈先輩がかなりの競プロ熟練者ならば、積極的に質問をしたい。


「どのくらいって言っても、そこそこって感じかな。プログラミング自体は小学生の頃からやってたね。今は余裕があれば毎週末のコンテストには参加してる。あっ、ちなみに色は青」


 青? 青ってなんだ? 小学生の頃からプログラミングをやっているというのも大変に驚きだが、それ以上に青ってなんなんだ? スカーフの色か? そんなことは誰だって制服を見たら分かる。何が青なんだ。教えてくれ誰か。


「青って何? 競プロのランク的なやつ?」


 私が質問する前に早希が躊躇せずに尋ねた。


「本当に始めたばかりなんだ。そう、競プロでは基本的にランクを色で表す。青色は高校生なら結構上って感じかな」


「うわっ、自慢してきた」


「分かりやすく説明してあげたの。ありがたく思ってね。ちなみに君たちは登録したばかりだから色は黒だね」


 まだコンテストにも参加していない私たちにも色が付いているとは面白い。それにランクを色で表すというのも分かりやすくて良い。その表現方法を初めに思いついた人を褒めてあげたい。


 私は競プロのウェブサイトを確認する。どうやらランクの色は下から黒、灰、茶、緑、水、青、黄、橙、赤となっているらしい。また、各色の人口割合は上にいくほど小さくなっていく。つまり、枝刈先輩は全ユーザーの中でもかなりの上位にいるようだ。思っていた以上に凄い先輩なのだと理解した。自慢したって問題ない。


「ちなみに中学生でも強い奴は強いからね。君たちなんかじゃ手も足もでない中学生だっている。もしかしたら君たちより強い小学生だっているかも」


 そう言って枝刈先輩が笑う。


「さすがに小学生には負けないだろ」とムッとする早希。


 私もさすがに小学生には負けないのではないかと一瞬考えたが、世の中には数学検定1級を取得する小学生もいるという。絶対とは言えない。


「それで、次の土曜日のコンテストから参加予定なの?」


「えっとそのつもりなんですけど、私はまだプログラミングが何かも分かってなくて」


「プログラミング経験者はいる?」


「そこの小さいのが経験者」


 早希が玲奈を指さす。


 枝刈先輩が玲奈を見た。


「言語はC++?」


「そう」


 玲奈が答える。


「言語って何ですか?」


 私は枝刈先輩の口から急に飛び出してきた単語に引っかかった。


「ああ、そこも分かんないか。プログラミングにはプログラミング言語っていうのが色々あるんだよね。それぞれの言語で書き方や用途が違うの」


 枝刈先輩が先輩らしく優しく教えてくれた。さっきまでは玲奈を先生として崇めていたが、枝刈先輩に鞍替えしたほうがいいのかもしれない。やはり先輩というものは偉大である。


「君たちがさっき書いていた言語はC++。他にもC#やJava、Pythonみたいにたくさんの言語があるんだよね。人が話す言語に日本語、英語、中国語があるみたいに」


「へえ、勉強になります」


 私はさっそくメモを取った。あとで復習しよう。


「とりあえず最初は他人のコードを真似しながら問題を解くといいよ。そうしたら少しずつ理解できるから」


 枝刈先輩がまたしても優しく教えてくれる。私は早希と目を合わせた。早希も私のほうを見て歯を見せてにやついた。何か悪いことを考えているときの顔だ。


 そして早希が枝刈先輩に言った。


「先輩」


「ん?」


「競プロ部に入ってくれない?」


「はあ? 私はゲーム研究部の副部長だよ」


「いやいや兼部でいいからさ。お願い。ほらみんなも」


 私は「お願いします」と言って頭を下げる。


 枝刈先輩が兼部であろうと競プロ部に入ってくれればほとんどの問題が解決するだろう。何よりも競プロのことが何も分からず右往左往せずに済む。プログラミングのことは玲奈が教えてくれるとしても、競プロのことは玲奈もまだまだ初心者だ。こんな身近に競プロ熟練者がいるのなら誘っておいて損はないはずだ。


「お願いされてもね。ゲーム研究部で忙しいし」


 枝刈先輩が顎に手を当てて悩んでいる。これは一押しあればいけるのか。いや、こういう人は逆にグイグイ行き過ぎると迷惑がってしまうかもしれない。


 私はそんなことを悩んでいた、その時。


「ゲーム対決で決めよう」


 玲奈が椅子から立ち上がった。


「ゲーム対決?」


「私と先輩がゲームで勝負する。私が勝ったら先輩は競プロ部に入る」


 玲奈にしてはかなり長い文章を喋った。しかしなんだその賭け勝負は。先輩にメリットが無さ過ぎる。


「私が勝ったら?」


「私がゲーム研究部に入る」


「なんであなたがゲーム研究部に入るの?」


 どういうことだ? 玲奈はなぜ自分がゲーム研究部に入ることが条件として成立すると考えたんだ? 分からない。この子が考えていることが何も分からない。


「私のハンドルネームは『レイナール』」


「え? ええ!? 嘘でしょ!?」


 枝刈先輩が隕石でも落ちてきたのかというほどに大きい声で驚いた。それにつられて私も驚いてしまう。


「『レイナール』って『ジュピターオンライン』やその他有名ゲームでランキング1位を取り続けている伝説のプレイヤー『レイナール』!?」


「そう」


 『ジュピターオンライン』は私もやったことがある。というか今現在も遊んでいる、世界中で大人気のオンラインゲームである。そのゲームにはプレイヤーのランキングがあるのだが、1000万人以上いるプレイヤーの中で常に1位を取っているのが『レイナール』である。


「しょ、証拠を見せなさいよ」


「どうぞ」


 玲奈は自分のスマートフォンの画面を枝刈先輩に見せる。その画面を見た枝刈先輩は「ほ、ほんものだ」と呟き体を震わせ始めた。


「こんなところでレイナールに出会えるなんて。サインを貰ってもいい?」


「競プロ部に入ってくれるなら」


「うっ、そうね。いいわ。ゲームで勝負しましょう。それであなたが勝ったら競プロ部に入ってあげるわ」


 枝刈先輩はにやつきながらそう言った。これはもう有名プレイヤーと戦いたいだけなのではないかと疑ってしまうほどの笑顔である。


「分かった。ゲームは先輩が選んでいいよ」


「うーん……じゃあ『アタックブラザーズ』にしましょう。こう見えても私もこのゲームではランカーだから」


「私は1位だけど」


「……始めましょうか」


 その後のことは言うまでもない。あっさりと玲奈が勝利し、枝刈先輩が競プロ部に入ることが決定した。




■■■ つづく ■■■

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