6. 喫茶店でプログラミングですか?

「マスター、邪魔するぜ」


 時刻は2時半。私たち競プロ部はインターネット環境を求めて、早希のアルバイト先である『高野喫茶店』にやってきた。昔懐かしい外観をした喫茶店ではあるが、無料のインターネット環境や、会計には電子決済サービスが利用可能なことなど、最新の設備を整えている素晴らしい喫茶店である。


「こんにちは早希ちゃん。今日は友達と一緒ですか」


「そう、部活の仲間。学校でインターネット使えなくなっちゃってさ。窓際のテーブル借りるね」


 早希は喫茶店の奥のテーブルを指さす。


「どうぞ。好きなだけ遊んでいってね」


 そう言ってからマスターが私と玲奈のほうへ向き直った。


「お二人さん、早希ちゃんはヤンチャな子だけど根は良い子だからよろしくね」


「やめろよ。そういうの」


「ごめん、ごめん。ついね」


 早希と喫茶店のマスターによる軽快なトークの掛け合い。アルバイトと店長の関係性としてはかなり緩いタイプではないだろうか。私もこんな環境でアルバイトしてみたい。やはりここで働いてみようかしら。


 私たち3人は窓際で見晴らしのよいテーブル席に仲良く座る。私と玲奈が隣同士に座り、その向かい側に早希が座った。いつもの部室における位置と同じ座り順である。


「好きなもん頼んでいいぜ。今日は私の奢りだ。もちろん今度来たときは奢ってもらうけど」


「じゃあ自分でお金出しても同じじゃない?」


「いいじゃん、こういうのおもしろいだろ」


 そう言って早希が笑った。「たしかに」と言って私もつられて笑ってしまった。玲奈は相変わらず無表情のままだった。


「じゃあ奢ってもらおうかな」


「うん」


 玲奈も頷く。そして私はブルーマウンテン、玲奈がオリジナルブレンド、早希はオレンジジュースを注文した。


 注文した後、私たちはそれぞれパソコンを取り出す。


「インターネットが使えるって最高だな。パソコン部にはルータくらいちゃんと管理してもらいたいぜ」


「うん」


 勝手にインターネット環境を間借りしているだけの早希と玲奈が、なぜかパソコン部にいちゃもんをつける。このことが木戸さんにばれたらまたまた騒がしいことになりそうだ。


「それで昨日言ってたブログってこれだっけ」


 早希がパソコンの画面を見せてくる。そこに映し出されているのは『女子高生の女子高生による女子高生のための競プロブログ』というブログだった。このブログはどうやら私たちと同じ女子高生が管理しているらしいのだが、ウェブサイトのデザインやブログの文章などがいかにも胡散臭いのだ。おじさんが書いていると言われたほうがしっくりくる。


「それそれ。とりあえず過去問を解いてみたほうがいいらしいよ」


「やってみるか」


 私と早希はさっそく競プロのコンテストを行っているウェブサイトを開く。そこから名前に「Begginer」と付いている初心者用のコンテストのページに移動する。そして、ずらりと並んだ問題の中から一番簡単そうな問題をクリックしようとしたところで、玲奈が私のほうを見た。


「過去問よりも練習問題のほうがいい」


「練習問題?」


「そう。競プロを初めてやる人用の問題」


「そんなんあるのか。じゃあそっちを解いてみるか。このチュートリアルってやつ?」


「そう」


 私も二人に続いてウェブサイトのリンクから「競プロのチュートリアル」ページに飛んだ。そこには玲奈が言った通り競プロを初めてやる人のための問題がずらりと並んでいた。その中から一番簡単そうな問題を選択する。


 すると以下のような問題が表示された。


『整数A、Bが入力として与えられる。A+Bの計算結果を出力しなさい。』


「どういうこと?」


 私にはチンプンカンプンな問題だった。整数A、Bはなんとなくわかるが、入力や出力とは何のことだろうか。そもそも入力が与えられるとは何事だ。


「解けた」


 私が頭から煙を出して悩んでいる中、玲奈が一分と経たずに問題を解いてしまった。玲奈の記念すべき競技プログラミングデビューだ。しかし、玲奈の顔はいつも通り無表情のまま。


「れいなー、私には意味が分からないよ。というかプログラミングが分からないのに解けるわけないよ」


「そりゃそうだな。私も分からん」


 問題を見て早々に私と早希は解くことを諦めた。プログラミングのことをほとんど知らない私たちには何をどうすればいいのか分からないのだ。やはり競プロをやる前にプログラミングを習得しなければいけないのだろうか。


「競プロでプログラミングを勉強すればいい」


 真顔の玲奈がそんなことを言い始める。


「そんなことできるの?」


「できる。私が教える」


 私は泣きそうになってしまった。玲奈がかっこよすぎるのだ。こんなにも可愛いのに、さらにかっこよさまで備わってしまっては無敵だ。無敵の玲奈になってしまう。


「まずこのプログラムを書き写して」


□□□□□□

#include <bits/stdc++.h>

using namespace std;


int main() {

 int a, b;

 cin >> a >> b;

 cout << a+b << endl;

}

*全角スペースは仕様

□□□□□□


 玲奈が自分が書いたプログラムを見せてくれる。そこには英単語やら様々な記号やらが並んでいた。中学生の頃に情報の授業でプログラムは見たことがあったが、改めて見てみると何がなんだか分からない。頭がチカチカする。


「これ、何が書いてあるの?」


「上の二つの行は気にしなくていい。とりあえずこの『main関数』の中にコードを記述していくって覚えて」


「『main関数』?」


「この『main』って書いてあるところの中」


「そもそも『main関数』って何なの?」


「気にしなくていい。いずれ理解できる」


 さっきまでかっこよく頼もしかった玲奈を急に心細く感じてしまった。もしやこの子、他人に何か教えることに不慣れなのではないかと私は推測する。しかし、せっかく教えてくれようとしているのだから今はしっかり話を聞いておこうと思い、分からないところは適宜メモを取っておくことにした。


「なるほどな。これが入力で、こっちが出力なんだな。それでここで足し算していると。なるほどなるほど」


 なぜか早希はプログラムを一人で理解していた。これだから天才は困る。私の身にもなってほしい。私一人だけプログラミングが何なのかも理解できないまま二人に置いて行かれる想像をしてしまい背筋に悪寒が走った。


「入力するときは『cin』、出力するときは『cout』を使う。いい?」


「inとoutってことね。分からなくはないよ」


「ここでaとbを受け取る。ここでa+bを出力。いい?」


 玲奈はテキパキとプログラムの説明を進めていく。私は何とかそのスピードについていくのに必死だ。


「言われたら何となく分かるけど。覚えられるかな」


「大丈夫。何回も書けば覚えられる」


「……了解です」


「この問題に関しては理解できたぜ。このまま次の問題いっちゃうか」


「うん」


 早希と玲奈はノリノリで次の問題に行きたがっているが、私は今の問題で頭がパンパンだ。玲奈は上の二行は気にしなくていいと言っていたが私は気になってしまう。絶対に何かしら意味があるのだろう。しかし、今の私には理解できそうにない。


 他にも、なぜ『main』の後ろに『()』が付いているのかや、『endl』とは何かなど気になることが一杯である。難しい、難し過ぎるぞプログラミング。


 そんな時。


「もしかして競プロ?」


 私たちのテーブルの前にはいつの間にか一人の女子高生が立っていた。私たちと同じ制服、二分丹女子高等学校の生徒である。そしてスカーフの色は青色、つまり2年生であった。


「あれ? 枝刈えだがりじゃん。競プロ知ってんの?」


 早希はその女子生徒と知り合いのようで気軽に話しかけた。しかし、早希に「枝刈」と呼ばれたその女子生徒は少しムッとした表情を浮かべる。


「先輩を付けろ。枝刈先輩な。いつも言ってんだろ」


「いいじゃん別に。それで枝刈先輩は競プロやったことあんの?」


「あるよ。競プロはゲームみたいなもんだから」


「マジか」


 驚くべき事実が発覚した。なんと二分丹女子高等学校には私たち以外にも競プロをやっている生徒がいたのだ。先生の中になら高橋先生など経験者はいたが生徒の中にもいるなど驚きだ。この人は何者なのだ。


「おっとそっちの二人に自己紹介が遅れた。私はゲーム研究部副部長の枝刈えだがりかおるだ」


■■■ つづく ■■■


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