9. パソコン部とバトルですか?
パソコン部、そこはコンピューターを愛する人間たちの楽園。見渡す限りパソコンのディスプレイに囲まれており、また、キーボードを打鍵する音と、ファンの回る音が低く鈍く鳴り響いている。一度だけ部室内を覗いたことがあるが、誰も一言も喋らずにパソコンに向かい合っている姿は少し怖いものがあった。
しかし、早希は恐れを知らず、一瞬の躊躇もなくパソコン部のドアを開けた。
「こんちは。パソコン買い換えたって話聞いたんですけど、使わなくなったパソコンうちでもらいます」
部室内にいたパソコン部員たちはきょとんとした顔をこちらに向けていた。それもそうである。突然部外者が入ってきて「いらなくなったパソコンをよこせ」と言ってきたら誰だってびっくりするだろう。
きょとんとした部員たちの中から一人の眼鏡女子が勢いよくこちらに出てきた。
「あんた、いきなり入ってきて何言ってんのよ!」
木戸茜さんだ。木戸さんはパソコン部に入った一年生であり、早希の幼馴染である。早希とはアルバイト先も同じで、いつもいがみ合っている割には仲が良いらしい。
「パソコン買い換えたんだろ? うちのパソコンが壊れちゃってさ。譲ってくれない?」
「急に部室に入ってきて何言ってんのって言ってんの!」
「それは悪かったって、怒るなよ」
「怒るに決まってるでしょ!」
「落ち着けって」
「落ち着けない!」
木戸さんと早希がいつものようにいがみ合う。いつものことながら仲が良い。しかし、部室の前でこんな大声を出していると迷惑になってしまう。さすがに止めようかと声をかけようとしたところで、部室の奥から女子、いや、美しい女性が現れた。パソコン部の部長の登場である。たしか名前は春崎、春崎先輩だ。
「まあまあ木戸さん、落ち着きなさい」
「部長! こんな失礼なやつの話なんて聞かなくていいですよ」
「そうは言ってもね、お隣さんだし、助け合いは大事よ」
春崎先輩はそう言って木戸さんをなだめた。なんと誠実なお方だろうか。こんなに見た目も心も美しい人間がこの世にいるのだろうか。私は心臓を鷲掴みにされた思いだった。この先輩に一生ついていきたい。私もパソコン部に入ろうかしら?
春崎先輩が私たちに向き直った。
「たしかにパソコン部では何台かパソコンを買い替えました。そして使わなくなったパソコンが一台余っています」
「おお! じゃあ譲ってもらっても?」
「いいですよ」
「おお! やったな、詩織。これで競プロできるぞ」
私と早希がハイタッチを交わす。後ろに立っていた玲奈と枝刈先輩ともハイタッチ。ハイタッチをしたのなんて何年ぶりだろうか。もしかしら人生で初めてのハイタッチかもしれない。パソコンが手に入るというのはそれくらい嬉しいことなのだ。
「ただし、一つ条件があります」
私たち競プロ部が喜んでいると、春崎先輩が指を一本立てて言った。
「条件?」
「パソコン部と競プロ部で勝負をして、そちらが勝ったらパソコンを譲りましょう」
「え?」
さすがの早希も驚いた声をあげる。私もびっくりした。
「なぜ勝負をするのですか?」
私がおそるおそる尋ねる。
「だっておもしろいじゃないですか。ただであげるよりも勝負をしたほうがおもしろい、そうは思いませんか」
春崎先輩はまさかのクレイジーな先輩だった。サイコパスと言ったほうがいいかもしれない。今もニコニコと笑いながらおかしなことを言っている。満面の笑みで勝負をしかけてくる人間なんて漫画の中でしか見たことがない。優しくて美しいと思っていた先輩がただのサイコパスだったなんて。
「こちらが負けた場合はどうなるんです?」
私の後ろから枝刈先輩が尋ねる。
たしかに勝負をするということは勝ち負けがあるということだ。ということは負けたときのリスクも当然存在するということになる。
「ああ、そうですね。そちらが負けた場合は競プロ部員は全員パソコン部に入るということでいかがでしょうか。もちろん兼部ではなく競プロ部はやめていただきます」
「「ええ!?」」
私と早希が大きな声をあげる。
やっぱりサイコパスだった。この先輩はサイコパスだ。負けたときの条件が厳し過ぎる。競プロ部を潰す気満々である。そんなに恨みがあったのか。思い当たる節はいくつかあるがそこまで恨みを買っていたなんて。
「こちらはパソコン部の命とも呼べるパソコンを賭けるのです。そちらもそれ相応のものを賭けるのが道理でしょう」
それはたしかに一理ある。買い替えたとはいえ、長い間使用していたパソコンには思い入れがあるだろう。パソコン部の命といっても過言ではない。それを賭けるのだから、競プロ部も命を賭けろということだろう。競プロ部の命、それは競プロ部そのものである。
私は早希を見た。早希は笑っていた。こいつもサイコパスか。
私は玲奈を見た。玲奈はいつも通り無表情だった。かわいい。
私は枝刈先輩を見た。枝刈先輩は他人事のような顔をしていた。それもそうか。
決意は定まった。競プロ部部長として私は一歩前に出た。
「分かりました。その勝負、受けて立ちます」
私がそう答えると、春崎先輩はまたしても笑った。満面の笑みで。
■■■つづく■■■
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