4. コンテストって何ですか?
競プロをもっと知るため、さっそくブログを読み進めていくことにした。私と玲奈はそれぞれパソコンの画面とにらめっこしている。本当は一つのパソコンの画面を、玲奈とくっつきながら見たかった。惜しいことをした。
これから読むブログの名前は『女子高生の女子高生による女子高生のための競プロブログ』。怪しい名前だが競プロに関する情報は確かである。そう玲奈が言っているのだから間違いない。また、このブログの作者は『えだりんちゃん』と呼ばれているらしい。名前からも何やら強者の雰囲気が醸し出しされている。
私はパソコンの画面に目を移した。
『みんな元気かな? 世界のヒロイン、えだりんちゃんだよぉ! 今日は競プロ初めましてのみんなのために、コンテストに参加する方法を教えちゃうよ。準備はいいかな?』
「……えだりんちゃん、なかなか濃いキャラだね」
はっちゃけたアイドルのような口調でえだりんちゃんの説明が始まった。中学生の頃にこんな話し方をする友達がいたが、私からしたら耐え難き黒歴史である。彼女は元気だろうか。黒歴史に苦しんではいないだろうか。
玲奈は気にせず無表情のままページをスクロールしていく。
『じぁあまず競プロについてのおさらいから始めよう! 競プロでは与えられた問題をプログラムを書くことで解いていくんだったよね!』
「玲奈がさっき言ってた話?」
「そう。競プロではプログラミングで問題を解いていく」
うーん、と呟きながら私は顎に手を当てた。
「私、そもそもプログラミングが分からないんだけど、大丈夫かな」
私がそう言うと、玲奈はパソコンから私へ目を移した。玲奈の真っ黒な瞳が私の目を貫く。その瞳には表情はない。しかし、玲奈は可愛い。可愛さは表情ではなく、人間の内側に宿っている。そう私は確信した。
「大丈夫。私が教えるから」
玲奈が小さく頷き、そう答えてくれた。私はその一言で救われた気がした。玲奈という少女は無表情で冷たい印象を抱かせるが、こんなふうに友達思いの一面も持っているのだ。一生、玲奈についていこうと私は心に決めた。
えだりんちゃんの話に戻る。
『だけど競プロのコンテストではただ問題を解くだけじゃなくて、問題を解く速さや正確さをみんなで競い合うんだ! これが競技プログラミングだね!』
テンションが上がるにつれて口調も変化していくえだりんちゃん。この勢いに私はついていけるだろうか。もうそろそろ何を言っているのか分からなくなりそうだ。
『でもやっぱり説明されただけじゃ分からないよね?』
「まあ、それはそうかな」
『だよね! ということでさっそく競プロのコンテストに参加する方法を教えちゃうよ! まずは定期的にコンテストを開催しているウェブサイトを見てみよう!』
えだりんちゃんがそう言ったあと、「ここをクリック!」という文章とともにURLが表示された。えだりんちゃんに言われるがまま指定されたURLをクリックすると、オシャレな今風のウェブサイトが表示される。
ページを上からザッと眺めてみると、開催しているコンテストの情報や、公式からのお知らせ、そしてユーザのランキングなどがあった。ユーザ名の横には国旗のマークがついていて、様々な国の人たちがコンテストに参加していることが分かる。
また、どうやらこのウェブサイトでは今時のソーシャルゲームのように、ユーザ同士がランキングで競い合うことができるらしい。本当に競プロはゲームであるようだ。
『このウェブサイトでは定期的に競プロのコンテストが開催されているんだよ! コンテストでは世界中から数千人の参加者が集まってしのぎを削り合うことになるんだ! すごいよね!』
「たしかに数千人は凄い」
玲奈が珍しく目を輝かせた。
「うん、よく分からないけど凄そう」
私たちが知らないところでそんなにも大勢の人々がプログラミングというよく分からないことで競い合っていると知って、私は少し感動した。世界は広い。世界は私がまだ知らないことで溢れているのだ。
『そしてなんと! このコンテストには誰でも参加することができるのだ! これはもうアカウントを作らない理由がないね!』
えだりんちゃんのテンションが頂点に達した。文章を読んでいるだけなのに圧がすごい。アイドル口調はすでに失われている。
これを私と同じ女子高生が書いていると思うと何とも言えない気持ちになった。ブログ名に「女子高生による」と書いてあるが、本当はおじさんが書いていると言われたほうが信じられる。
『しかも登録は簡単! メールアドレスさえあればいいよ!』
「……たしかに簡単だ」
『でしょ!』
ついにえだりんちゃんと会話が成立し始めてしまっているが、私の脳はすでに洗脳されていて、もう疑問を抱けない。
「登録終わった」
そして私がえだりんちゃんと会話してる間に、すでに玲奈がアカウントの登録を終えていた。仕事が早い。
続けて私も説明に従ってサクッとアカウントを作成した。
『アカウントの登録が終わったら、さっそくコンテストの過去問を解いて競プロの雰囲気を自分で感じてみよう! このウェブサイトでは初心者のためのコンテストも開催されているよ!』
どうやら競プロ初心者を参加対象とするコンテストも存在するらしい。私たちのような初心者にも優しく手を差し伸べてくれるとは何と素晴らしいコンテストであろうか。競プロの門戸は常に誰に対しても開かれているのだ。
「ついに私たちも競プロデビューか。ちょっとドキドキするね」
「うん。早くやろう」
玲奈は変わらず無表情ではあるが、心なしか鼻息を荒くしている。
「でもせっかくだし早希を待った方がいいかな? やっぱり最初はみんなで始めた方が青春って感じがするし」
「早希なら大丈夫、そんなこと気にしない」
玲奈はどうしても早く競プロの問題を解いてみたいらしい。
もちろん、私もここまできたらさっそくコンテストの過去問とやらがどんなものか見てみたい。しかし、せっかくなら三人揃って初めの一歩を踏み出すのもオツなものではないだろうか。
そんなことを考えた矢先、勢いよく部室のドアが開いた。
「おまたせ、パソコン見つけてきたぞ!」
勢いよく早希が入ってきた。早希の後ろには眼鏡を掛けた二人の女性がいた。一人はスーツを着た先生らしき人、もう一人は小さな女の子である。赤いスカーフを付けているため私たちと同じ一年生であることが見てとれた。
「時田さん、いい加減に手を離しなさい。先生の腕が千切れてしまいますよ」
「ああ、悪い」
早希が手を離すと、先生は自分の腕をさすって異常が無いか確認する。
見たことがあるような気もするがこの先生は誰であろうか。あと、もう一人の女の子も誰であろう。二人も人を連れて来て、早希はこの短い時間に何をしてきたのだろうか。不思議がいっぱいだ。
「早希、どういう状況なの?」
とりあえず聞いてみる。
「それがな、パソコンと言えばやっぱりパソコン部だと思ってさ、部室に行ってみたんだよ。それで結論から言うと、このパソコンが余ってたみたいだから借りてきた」
これだよこれ、と言って早希が片手で軽々とノートパソコンを振る。
それは背面にギラギラしたリンゴマークが付いた薄くてオシャレなパソコンだった。某コーヒー店ではオシャレな人々がオシャレアイテムとして重宝していると有名なパソコンである。羨ましい。
「だからそのパソコンは余ってるわけじゃないんだからね! どうしてもっていうから貸してあげるだけだから。そんな乱暴に扱わないで」
唐突に早希の後ろにいた可愛らしい女の子が早希に対して牙を剥いた。その女の子は玲奈に負けず劣らずに小さくて可愛らしい。玲奈と一緒に撫で回したい。
「分かってるよ、というか何でお前までついてきたんだ?」
「隣の部室だから挨拶しに来てあげたの」
隣の部室ということはこの女の子はパソコン部に所属しているということか。すでに私と玲奈の中では、パソコン部はセキュリティがザルというイメージが付いてしまっている。残念なパソコン部だ。
「まあ一応紹介しておくと、このちっこくてうるさいのがパソコン部の木戸茜、それでこっちがパソコン部の顧問の高橋先生だ」
「なんであんたが紹介するのよ」
「いやだってうるさいし」
木戸さんと早希はどうやら昔馴染みの友達らしく、軽口を叩き合っている。息ぴったりだ。
木戸さんは「まあ、よろしくね」と挨拶した。
「そんなことよりこっちの高橋先生の方が重要だ。パソコン借りたついでに、高橋先生にはせっかくだから競プロ部の顧問になってもらおうと思って連れてきた」
早希はそう言った後、「よろしくな、先生」と高橋先生の肩に手を置いた。
「顧問? 私はそんな話聞いてませんよ」
「だって言ってないし」
「時田さん、自分の都合だけではなく、相手のことも考えて行動しなければいけませんよ。分かっていますか?」
高橋先生がいかにも真面目な口調で早希に詰め寄るが、早希はにやけた顔を崩さない。
「まあまあ、落ち着いて。他の先生に頼んでも誰一人相手にしてくれなくてさ。もう高橋先生だけが頼りなんだよ」
早希があからさまな嘘をついた。私たちはどの先生にも顧問になってほしいなどと頼んだことはない。ましてや早希は「放っておいても顧問はなんとかなるだろ」と特に意識などしていなかった。
「そう言われると断りにくいですね」
しかし高橋先生は案外ちょろかった。
「先生、大丈夫ですか? すでにパソコン部とゲー研の顧問なのに競プロ部の顧問までやって」
木戸さんが先生に尋ねる。ゲー研とはゲーム研究部のことだろう。つまり、この高橋先生はパソコンやコンピュータ関連の部活の顧問をやっているらしい。情報科目を担当している先生なのか。
「そこなんですよね。私はもう二つの部活の顧問ですから、三つ目となるとどうなるか」
高橋先生は少し困った顔をする。すぐに断らず、私たちのために考えてくれる高橋先生は生徒のことをしっかり考えてくれる人なのであろう。あまりこういった優しい先生を困らせたくはない。
しかし、早希はあと一押しで高橋先生を落とせると踏んだのか、「なあなあ、この通りだよ、先生」と真面目な顔で軽く頭を下げた。さすが早希。行動力の化身である。
さらに早希が私に目配せをしてきた。私もこうなったらいくしかないと思い、素早く席を立つと「よろしくお願いします」と言って早希と同じように頭を下げた。空気を読み取った玲奈は、座ったままほんの数センチ頭を下げる。
数秒の静寂のあと、高橋先生は頷いた。
「仕方ないですね。分かりました、私が競技プログラミング部の顧問をやります。困っている生徒を見捨てるわけにはいかないですからね」
あっさりと顧問の先生が決まってしまった。
「嬉しいよ。ありがとう、先生」
早希が礼を言う。当たり前のように先生に対してため口で話しているがそれが早希の人間性というものである。誰にでも気兼ねなく話せるというのは長所だろう。
「正直、顧問をやる部活が二つから三つになったところで仕事はそんなに変わらないんですよね。他の先生からもっと面倒な部活を押し付けられる心配も減ったので、私としてもありがたいのです」
ただの優しい先生かと思っていたが、意外と現実的な考えをするようだ。
何が何やら分からぬまま、いつの間にか顧問の先生が決まってしまった。部員も三人集まり、顧問の先生もいるということはこれで競プロ部は正式な部活と認められることだろう。
「それで競プロ部はどんな活動をするのですか?」
高橋先生が当然の質問をしてきた。そしてなぜか先生は私を見た。これまでの流れでは、競プロ部を引っ張っていく存在はどう考えても早希のはずだ。しかし、なぜか私が質問に答えなければならない状況である。困った私が早希と玲奈のほうを見るが二人は静かに頷くだけだった。
仕方ない、ここは正直に答えよう。
「それがですね。私たちはまだ競プロが何なのかよく分かっていないんですよね。とりあえずはコンテストに参加してみようかなと思ってその参加方法を調べてる感じです」
まだ競プロというものが何か分かっていない私は曖昧な返答をした。
「なるほど。私も競技プログラミングは少し嗜んでいたので何か困ったら質問してくれてもいいですよ」
なんということだ。
「え? 先生って競プロ経験者なんですか?」
「そうですよ」
偶然にも競プロ経験者を見つけてしまった。
■■■ つづく ■■■
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