第7話「地の底の蟻」

  

 ミッダーム二型の機関砲は、その蟻型ジェムの外甲殻を撃ち抜くのに十分な威力があったが。


「痛みを知らないのか、こいつらは!?」


 脚が吹き飛んでも、なおもシティガード達の駆るPMにと迫り来る巨大蟻達、その連中が放つ蟻酸により、一機のミッダーム二型の機関砲がオシャカになってしまう。


「引け、引け!!」


 隊長のその声を聞く前にすでに引いている数機のミッダーム、すでにお馴染みの光景だが、今回は背後に広大な空間があるため、戦術的撤退とも言える。


「くそ、弾が切れた!!」


 さすがにケイゴの判断は素早く、機関砲の弾が切れたと同時にミッダームの旋回を行っている。


「ちっ!!」


 だが、アルムのミッダームは新型の中でも程度が悪い物なのかもしれない。彼もまた機関砲が弾詰まりを起こしたが為に後退しようとしたが、脚部の旋回機能が上手く働かない。


「何をやっているのよ、アルム!!」

「すまない、レーナ!!」


 そのレーナ機が蟻型ジェムを蹴散らす中、どうにか自機を後退させることが出来たアルム。それを手助けしてくれたレーナの機体もまた、他のミッダーム達によって支援を受けながらジワジワと退いていく。


「広間にて、蟻共を迎え撃つ!!」

「りょ、了解!!」


 蟻達の数はかなり多い、ざっと見ても五匹は軽く越えている。


「近くに巣でもあるのかな……?」


 しかし、その心配の前にアルムがすべき事はどう自分が戦力になるかであろう。戦闘中では機関砲の修理は出来ない、他の武装には機銃と破砕グレネード砲があるが、機銃では蟻の外殻を貫けず、破砕弾は使う場所を選ぶ。


「機関砲が使えなくなった機体は、蟻達が姿を現した瞬間にグレネードを撃ち放て!!」


 再結成が始まった広間のミッダーム達。それを指揮している隊長の指示を守る為に、アルムもケイゴも武器の射出モードをグレネードにと変更すべく、脳裏にてそう呟く。


「ん?」


 グレネードを構えたミッダームの中にいるアルムは、肩に止まっていた「蛾」の小さな光が無くなっている事に気がついたが。


「しかし、今はそれどころではない……」


 自分を納得させるかのように一つ頷いてから、それでもコクピットの中を見渡してしまう。


「来たぞ!!」

「ちっ!!」


 だが、その行いは他の隊員達の声によって中断され、再びアルムは蟻型ジェムが侵入してくるであろう方面へと、その目を向ける。


「光の強さが弱いな……」


 この場所が何の広間なのかは解らないが天井から漏れる照明、それが弱い事にアルムは悪態をつきながらも。


 ドゥ!!


 その姿、外甲殻を所々剥がさせた蟻達が通路から出てくると同時に、複数機のミッダームから集中火線が飛ぶ。


「どうだ……?」


 誰かが唾を飲む音と共に漏らした言葉、それはアルムにとっても同じ気持ちであったが、彼には見えてしまったのだ。


「赤外線センサー、それに反応がまだある……」


 まさか破砕グレネードによる熱を感知したわけではあるまい。やや離れた場所にいるレーナ機もそれに気が付いたのか、各機へ警告を打ち鳴らした。


「ちっ!!」


 アルムが放った二発目のグレネード、直撃ではなく煙の中にいる蟻達の足元を狙ったそれは、予定コース上を疾ったとパイロットスーツを通して伝わってくる。だが、その彼の機体の隣では。


「くそ、蟻共め!!」


 名前も知らない隊員、他のシティから徴集でもされたのか、その隊員は何やら機銃を出鱈目に放っている様子だ。精神状態の不安定さから、パイロットスーツを通した機体コントロールとのリンクが錯覚を起こしてしまったのかもしれない。


「増援到着!!」


 後ろに控えている隊長からのその掛け声、それと共に蟻達の外殻にと一斉にシティガード援軍の砲火が飛んだ。


「大丈夫か……!?」


 その機関砲による射撃をコクピット内でホッとした表情をして見つめているアルム。だが、その時彼の機体に警報が鳴った。


「上ェ!!」

「何だと!?」


 警報と共に示させる熱源反応、それがアルムの脳裏に伝わってくると同時に、この空間の天井から新手の蟻達が降り立ってきた。


――シャア……――


 新たに降り立った蟻達が吐き散らす蟻酸、それによりミッダーム達はその装甲を溶かされ、次々にその内部構造を明らかにされてしまう。


「た、助けてくれぇ!!」


 その防御力が無くなったミッダームへと蟻が取りつき、その無機質、有機質を問わず機体の構成物質を噛み砕きつつ、その巨体をもって引きずっていく。


「ぜ、全員後退だ!!」


 だが、その隊長の上ずった声も蟻達がもたらす足音、関節音によって遮られ、聴こうにも聴くことが出来ない。また、後退しようにも状況がそれを許さない。


「この蟻が!!」


 それはアルムの機体にしても同じ事だ。背後に破壊されたミッダームがあるが為に、ただ機銃を撃ち続けるしかない。最後のグレネードはすでに先程、闇雲にあらぬ方向にと放ってしまった。パイロット・リンク・スーツの昔から言われている弱点、反射神経過敏である。


 スゥ……


 ついに機銃の弾も切れ、アルムの機体には武装と呼べる物が無くなった。周囲を見渡してもケイゴ達を始め、支援を頼めそうなミッダームは残っていない。


「ここまでか、ここで俺は死ぬのか?」


 いつかは死ぬ、その覚悟が言葉の上ではあったとしても、実際の問題として直面すれば、やはり違う。


「くそ!!」

 

 それでもアルムは何とかミッダーム、非武装となった自機を味方の屍を乗り越えさせて撤退させようとするが。


――ギィ……――


「どけ、アリ!!」


 目の前にいる二匹の蟻、それらが逃げるアルムの行く手を阻む。


 シャ……!!


 降り注ぐ蟻酸、リンクスーツといえども痛覚までは繋がっていないが、装甲が溶かされる感覚だけは生身のアルムの「肌」をなぶる。


「くそぅ!!」


 それでも必死でその蟻達の間を潜り抜けようとするアルム、ミッダームの脚の内一つが無くなっても、そのまま強行突破を試みるが。


 ガシャア!!


 何かを弾き跳ばされた味方のミッダーム、それがアルム機と強く接触をし。


「くそ、動けよ!!」


 片側の脚が全て折れ曲がってしまったアルムのミッダーム、それが床へと膝を付く。


「何かないか、何か……!!」


 コクピット内で慌てて周囲を見渡すアルム、戦場は完全な乱戦となり、一目見ただけでも蟻型ジェムの優勢である。


「ん?」


 だが、その時アルムの視界には。


「何、だ……?」


 何か地の底から湧き出てくる、光る燐光がその目に飛び込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地底の蝶 早起き三文 @hayaoki_sanmon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ