第5話「滅幻する者」

  

「だって、しかたねぇだろ」

「まあ、な」

「レコード、記録は撮られていたんだ」


 その常夜灯に照らされるケイゴの金髪には羽虫が舞い、彼ケイゴはその虫達をその手で軽く払う。


「誤魔化せねぇよ」

「はぁ……」

「おいおいアルム、お前なあ……」

「何だよ、ケイゴ」

「お前の言っている事が本当なら」


 薄い酒、酒と言えるかどうかも怪しい液体を水筒からその口に付けながら、ケイゴは。


「あの小娘、人間じゃないだろう?」

「そりゃ、まあ……」

「ジェムを一刀両断にしたなら、さ」


 恐らくは隊長に彼女の事を聴かれたのだろう、不機嫌そうに見えるケイゴの気を僅かにつかい、アルムは少し下手に出るような口振りで。


「で、隊長はなんだって?」


 静かに酒を飲み続ける、ケイゴにとそっと訊ねる。


「決まってんだろ?」

「やはり、ラボ行きか?」

「ID登録をされていないんだ、奴隷にされても文句は言えない」

「おい……」

「大丈夫だよ、アルム」


 酒が尽きたのであろう、水筒の蓋を閉めながら、ケイゴは軽く笑ってくれる。


「命の保証はしてくれるさ……」

「……」

「きっとな」


 そのケイゴの言葉には何の説得力も無く、かとかいって他に取るべき手段もない。


「逃げ場なんて、どこにもないからな……」


 それは少女の事だけではなく、アルム達全員、地下世界の住人全員に言える事だ。




――――――




「いったいどういう事だ、アルム?」

「自分が知るわけがないでしょう?」

「この現象、説明出来るか?」

「そんな無茶な……」


 アルムの言う通り、警備隊達の目の前でいきなり消えた少女、その現象の事など説明しようもない。


「何がなにやら」

「まあ、そうだな……」


 隊長にしても、先程まで存在していた「少女」の喪失などは説明できない。少し保安上、職務上の責任もあってか、アルムに強く当たっているのだ。


「とりあえず、私達は一旦帰る」

「ハッ……」

「何かあれば、すぐに連絡しろ」


 そう、どこか吐き捨てるように言ったきり、隊長を先頭に警備隊達はアルムの宿舎から出ていった。


「フウ……」


 本当ならケイゴやレーナ達にも出ていってほしかったが、彼らは彼らなりにアルムの事を心配しているのだろう。一応少女の第一発見者はアルムなのだ。


「んで、どう思うアルム」

「どう思うと言われてもな、ケイゴ……」

「幻、じゃねぇよな」

「そんな事があるか、アホ」


 アルム達にしてみても、何がどうなっているのか、誰かに説明してもらいたい気分なのだ。


「あたしの服まで、なくなっちゃったわね……」


 レーナのその言葉は些細な事、ではあるがある意味重要な事なのかもしれない。夢でも幻でもなく、服を着たまま神隠しにあったようなものだ。


「さんざん飲み食いだけしてよ、まったく」

「酒もやったのか、ケイゴ?」

「とにかく甘い物が欲しいって言うからな、合成酒をね」


 相手は未成年ぽかったぞ、そんな愚にもつかない台詞が喉の辺りまで来たが、アルムはその言葉をグッと飲み込んで。


「まあ、四の五の言っても仕方がない……」


 と、半ば自分を納得させるかのように、その言葉を言った。




――――――




 シャ……


「ん……?」


 橙色の常夜灯の中で眠るアルム、その彼の枕元へ、数匹の蛾が飛び交う。


「うっとおしいな、もう……」


 そのまま汚れた毛布を頭までかぶり、眠りにつこうとする彼の、頭の中で。


――フフ……――


 紅い光が脳裏に疾ると共に、少女の声が響く。


「な、なんだ……?」


 毛布をはね除け、アルムが見たその姿は。


「なんだよ、お前かよ……」


 今日の昼にと消えた、少女の姿であった。

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