第4話「少女の食事」

  

「ん、なんだどうした?」


 普段着に着替えたケイゴがドアの奥から身を乗り出すと、レーションをがっついている少女の姿。


「なんだ、目が覚めたのか?」

「やっと着替え終わったのね、ケイゴ」

「わりぃ、わりぃ……」


 本当に早く着替えたかったのであろう、レーナは少女の食欲に一つ苦笑いを浮かべた後、そのままドアの奥にと消えていく。


「変な味ね、これ」

「まあ、固形レーションだからな、保存食だ」

「甘くもない、不味いわ」


 顔立ちは神秘的な雰囲気だというのに、その小さな口から出る言葉は不満ばかり。その事にアルムは苦笑しながらも。


「ちょっと、髪の毛に食べ物が付いているぞ?」

「さわんないでよ、汚い手で」

「どっちが汚いんだ、どっちが」


 何か埃にまみれたストレートの黒髪、それを少し手で叩いてやる。


「あ、レーションが無くなった」

「採ってきなさい」

「何だよ、偉そうに……」


 その様子を目で笑っているケイゴの事は無視して、アルムは着替え中のレーナにと声をかける。すこし持ち金がないのだ。


「レーナ、少し金を貸してくれ」

「財布の中から五千クレジット、それを取っていきなさい」

「サンキュ」

「剃ったばかりなのに、なんで下の毛にチャックが食いつく……」


 もう長い付き合いだ、レーナの愚痴っぽい性格は馴れているが為に気にしないし。


「少し買い物に行ってくる」

「可愛い子だな、おい……」

「手を出すなよ?」

「解っているよ、保護者さん」


 ケイゴの「茶化し」にも耐性が出来ている。




――――――




「ありゃ、電気系統の故障か?」


 常にシティは薄暗く、いつも明るいとはとても言えないが、今日は特に「空」からの光が薄い、非常灯も付いているようだ。


「まあ、いい……」


 目指すは裏店、合法と非合法の合間、グレーゾーンの品である食料品を売っている店だ。


「あんまり、俺は支給品以外の食べ物を食べた事がないからなあ」


 ただ、最近では「上」からの食料の配給が滞っているためか、裏店の通りは繁盛しているとの噂だ。それはこの。


「おっと、ごめんよ……」


 この市場の人通り、それを見ただけでも解る。


「何か、甘い物とか言っていたな……」


 甘い物、甘い物。もちろん人工甘味料の品物であるが、クッキー辺りが適当であろうか。しかし照明が薄暗く、どれが何の店だかよく解らない。


「スリに会わないように気を付けないとな」


 そういえば、先程にぶつかった人物も怪しかった。その事が気になったアルムは財布のクレジット・スティックをその手で確認して、一安心する。


「クッキーの値段はっと……」


 始めてくる露店、菓子などを売っている店の値札を見て、アルムは腕を組んで唸る。


「高っけえなあ……」


 日頃、菓子を食べない彼にしても、この金額が常の食事一食分というのは、さすがにどうかと思う。


「まあ、いい」


 そこらの菓子、何やらどぎつい色合いの物体を袋に入れて、店の婆さん。


「婆さん、これをくれ」

「あいよ」


 店主にと、クレジット・スティックを手渡す。


「どうやら、薬物も売っているみたいだが?」

「優れもんだ、いるかい?」

「いや、いい……」


 さすがにシティガードが闇の薬物を無造作に買うわけにはいかない。倫理とかではなく拡がる噂の問題だ。




――――――




「また、得体のしれない物を買ってきて……」


 服装を着替えた少女、彼女がアルムの買ってきた菓子を頬張る姿をその目に入れながら、レーナは両肩を竦めてみせる。


「着替えさせたのか、彼女を?」

「あんな薄布、服とは言えないでしょ?」

「お前の服だな?」

「他に何があるっていうのよ?」

「だから、胸の事は気にせずにすむか」

「あ、あのねぇ……」


 こめかみに指を添える彼女レーナは、その眉をひくつかせながらアルムの事を軽く睨む。


「彼女に服を貸したから、ケイゴの奴に警備隊の服を取ってこさせたのよ」


 そういえばそのケイゴ、彼はこの場にいないし、レーナの服もガードが「普段着」として身に付ける服である。


「お腹すいた」

「もう食べたのか、ええと……」

「甘いだけで旨味がないな、この菓子は」


 何か図々しい、その物言いにカチンときたものの、アルムは平静を装いつつにポケットから。


「ほら、これもやる……」


 取り出した非常食、塩バターとビスケットを固めたような菓子も彼女にくれてやる。


「ケイゴ、実際の所はどこに行ったんだ?」

「何か、隊長から召集があったみたい」

「フゥン……」

「彼女の事かしらね」

「さあ……」


 そう溢しながらアルムか見つめる少女、彼女は先のビスケットを不味そうに食べながら。


「蜜が食べたい」

「はいはい、蜂蜜のことかな……」


 不平を彼アルムに向かってもらす。


「そういえば……」


 前に巨大蟻型のジェムを切り裂いた少女、それはこの目の前にいる少女と同一の者であるとはアルムは思うのだが。


「怖さは、感じないな……」


 一つ大きなあくびをしてみせる彼女、その少女の顔を見ながらアルムはふと物思いにふける。


「あんな謎の攻撃を使われたら、生身の俺達なんぞひとたまりもない……」

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