二 タケナ(一)

 タケナの一番古い記憶は、五歳のときのものである。はずである。どういうことかというと、タケナにとって思い出せる一番古い出来事は、家の中でじいさんとばあさんと三人で茹でた筍を喰っているとき、ばあさんがじいさんにこう言ったのを聞いていた、というものだったからである。

 ばあさんが何を言ったか。それは、タケナをちらと見たあとに、

「からだは五歳くらいだけどね」

 だから自分はそのとき五歳前後だった、と、タケナは思っている。それ以前の記憶は全く無い。

 だが不思議なことに、この一番古いはずの記憶も、タケナにはそれほど昔のことに思えないのだった。実際、あの筍を食べていた季節は春の中頃だったはずで、今は夏の盛り。つまり数ヶ月前の記憶である。

 しかし今のタケナの体はどう見ても五歳のものではない。もしタケナに初めてあった者に、いくつに見えるかと聞いたなら、おそらく十二、三歳くらいと答えるだろう。そしてその者は――若い男だったなら――きっとにやにやしながらこう付け加えてじいさんに迫るだろう。

「こんな色の白い娘は見たことない……なあ、じいさん。この娘っこ、おれと夫婦にさせてくれよ」

 女だったなら、ばあさんの脇腹でも肘で突いてこう言うだろう。

「あんた、この子をどこかの若さまに目通りさせなよ。きっと気に入られて、家でも与えられてさ、あんたもいい暮らしができるよ」

 要するに現在のタケナの見た目は十三歳くらい、つまりそろそろ結婚を意識するくらいの少女で、しかもこのひなびた里には珍しいほどの器量良し、というものだった。

 今年の春に五歳くらいだった子どもが、夏には十三歳くらいになっている。どういうことか?

 この疑問を、タケナはよくばあさんに投げかけられた。

「タケナや、あたしの可愛い可愛い子。どうしてそんなに急いで大人になろうとするんだい? まだまだ子どもでいておくれ。ずっとこのばあさんのそばにいておくれ」

 だがタケナには答えることなどできなかった。自分はじいさんばあさんと同じく寝起きし、飯を喰らっていただけである。急いだつもりなど全く無い。タケナにしてみれば、いつの間にかじいさんとばあさんがなんだか小さくなっていた、というのが実感だった。

 じいさんとばあさんはタケナを誰にも会わせていなかった。タケナが暮らすじいさんとばあさんの家は、ほかの里びとたちが多く暮らす平地からだいぶ離れた小高い山の竹林のそばにひっそりと建っていて、気軽に訪ねてくるような近所の者もいなかった。だからタケナは生まれてこのかた、じいさんとばあさん以外の人間を見たことが無かった。

 あの日までは。

 

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