第37話 旅行の始まり




県外遠征計画を立ててから、わくわくする気持ちからなのか、日々が過ぎるの早かった。そして、春休みに入ってから数日過ぎた今日の午後、その旅行の出発日だ。


昨夜は寝付けない夜を過ごし、今朝は何時もより早めに目が覚め、早朝の日課を済ませ二度寝もしないで俺は自分の部屋で準備をしている。


昨日までに念入りな準備をしているキャリーケースの中身の確認だけではあるが。

荷物を全部出しては入れての繰り返し、この作業が今までに既に5回目。何か忘れ物はないのだろうかと、気になって仕方がない。そうでもしないと落ち着かない。


特に昨夜は酷かった。


明日だと思うと落ち着かずにソワソワしていると、その姿を父さんとソラがニヤニヤしながら冷やかしてくる。

確かに初めて友人達だけでの旅行だけど、……そんなに冷やかさなくてもいいとは思う。


だからって少し落ち着けとは思うが、色々な感情が押し寄せてくる。


俺達だけで旅行……。

モブの俺があの豪華メンバーと本当に一緒に行って大丈夫なのだろうか、とか。


しかも何時ものメンバーに加え数名が追加され、更には智樹のところで働いている大人が付き添いになってしまった。マイクロバスでの送迎付きで。

まぁ電車での長旅とかに比べては人混みに合わない分は気が楽ではある。


ぶっちゃけ、こんなに色々と事がうまく運ぶとは思わなかった。


学校に許可を取りにいくと先生がこんな事を連絡するのかって呟いたし。

両親に許可貰おうと思ったらソラも行きたいって駄々をこねるし、父さんは自分のキャリケースを探しだしたり、服を用意しないとって騒ぎだして大変だった。


一番大変だったのは母さんだったけど。


絶対に反対するって思ってたのに、俺の背中をバシバシと叩きながら賛成してくれた。表情は喜んでる感じだったけど、どうして目に涙を溜めながらだったのかわからない。まったく意味不明だし。結局はお酒飲んで寝ちゃって翌朝は何時もと変わらなかった。母さんはお酒飲むと喜怒哀楽が激しいから、その時は既に酔っぱらってたのかも知れないな。


そんな事を思い出していると、集合時間の1時間前となった。


「よし、行くか」


遅れたらみんなに悪いし、時間前集合は当然だ。

俺は大きなキャリーケースを持ち、部屋を出た。階段を降りたところで、俺に気付いた父さんがリビングのドアを開けて、俺をみている。


「……直弥君。少し落ち着こうね。まだ1時間先だから、ちょっと早いよね」


早いのかな?


「だって、集合場所に行くまでに何かあって遅れたらみんなに悪いし」


「集合場所は智樹君宅だからね。ここから徒歩5分だよね? 外出たら智樹君の家が見えるよね? 何も起こらないとは言い切れないけど流石に早いかな。今暖かい飲み物でも用意するからリビングで一緒に待とうか」


「……はい」


流石に少し早いか……。

父さんと一緒になら時間潰れるし丁度いいか。


ちなみにソラは高校入学の準備で今は家にはいない。


それから父さんと時間を潰して待つと集合時間の15分前になったところで家を出た。キャリーケースをガタコトと引きながら集合場所である智樹の家へと到着する。


威厳のある岩崎家の大きな門から入ると、入り口付近に中型ぐらいの白色のマイクロバスがある。

その近くに、ぱっつんぱっつんのジーンズにむちむちのロンティーを着用した大人の男性がいる。初詣の時にお世話になって、今回も一緒に行ってくれる前田さんだ。


しかし、凄い体格だな……。

やっばっ、凄くかっこいい。


そんな田中さんと比べて俺の服装は少し貧弱ではある。


因みに父さんのコーディネイト。白シャツのボタンを2か所外して、その上から薄い紺色のジャケット。ズボンは所々破けたジーンズ、それと靴は白のスニーカー。アクセサリーはクリスマスの時に貰った父さんからのネックレスに母さんに貰った腕時計。


こんな格好は今は暖かいからまだいいけど、寒くなったら耐えられないかも。


まぁ、その時の服も持ってきてるから大丈夫かな。


そのまま進んでいくと前田さんが俺に気付いて、手を振りながら向かってくる。


「朝比奈君、久しぶりだね。って、なにその荷物? 国内の二泊にしては多すぎない?」


「えぇ……、これでも減らした方ですよ」


「……まじっすか。イケメンはいっぱい服がいるのか……」


聞き取れなかったけど何かボソっと呟きながら、俺の荷物を車の荷室に入れるからと預かってくれた。


そんなこんなで雑談していると、門から村雨さんとあいちゃん、それに誰だろ?大柄な男性が一緒にいる。智樹から昨日の夜に突然一人追加するとは聞いてはいたけど、多分あの人かな? 


見た事ある様な無い様な、誰だっけな……。

電話の時にも聞いたけど、『知ってるやつだから問題ない』と、名前も教えてくれなかったし、智樹の言葉足らずも困ったものだ。


3人を確認出来たところで、あいちゃんだけが元気に一人でとてとて俺の方へと走り出す。


「あさひなせんぱーい。おっはーですっ!」


ベージュの大きめのカーディガンに白の短めのスカートをひらひらとさせ、満面の笑みで手を振りながら駆け寄ってくる。


「おっはー」


あいちゃんに合わせた挨拶たけど、もう午後だからね。


「あ、同伴してもらえるおじさんですね。こんにちわっ。今日からよろしくでっす!」


そこは、お昼の挨拶なんだ。


「は、はい、こんにちは。此方こそよろしくお願いしますね。……しかし、おじさんかぁ……」


いやいや、前田さんお兄さんだからね。まだ20代前半だったはず。


「んー、でもでも、あいは思うのですけどぉー、おじさんの服のサイズあってないですよっ!」


失礼だな、おい。 

どう見てもカッコいいじゃないか。


「あははっ、これは手厳しい。貧乏で新しいの買う余裕がなくてね。見苦しいだろうけど我慢してね」


「んー、大丈夫ですっ! あいは、むさくるしいの見慣れているのでっ!」


「……そんなストレートに言われると辛いなぁ」


「前田さん、後輩がすみません。決して悪気ないので……」


そう。あいちゃんには悪気はない。素直に思った事を口にしてるいるだけ。

だけど、かわいい笑顔で毒を吐かれる人達を何人も見て来たけど、かなりえげつない。


「こんちわー」


その後、遅れて上下共にグレーカラーのスウェットを着用した村雨さんが俺達に挨拶をする。部屋着?


「ちゃーっスッ!!!」


体育会系の挨拶をするのがもう一人の男の人。ボタンが締り切れないのか、ぱつんぱつんのガラシャツから胸毛をチラつかせ、頭は丸刈りで厳つい顔だ。しかし大きい声だな。


「こ、こんちやーすっ!」


少し恥ずかしいけど同じノリで俺も二人に向けて挨拶してみたのだが、貧弱な俺には余り似合ってないのか不思議そうに村雨さんとその男の人が俺をみている。


「がはっははっ、元気元気ッ! 非常に元気なよき挨拶であるッ! 元気があれば何でもできるってかッ! がははははっはっ!」


「てるちゃん、うざいからっ! 朝比奈せんぱいが戸惑ってるじゃん。これだから体育会系のノリは嫌われるんだよっ! 筋肉バカゴリラは声がデカけりゃいいと思ってるんだからっ」


「まぁそう言うな、あい、よ。声が小さくては胸もでかくはならんのではないのか?」


「むきーっ! それセクハラっ! みーちゃんせんぱーい!このゴリラをコロしてくださーいっ!」


「殺しはしないけど、何なのさ? マッチョはピチピチシャツが流行りなわけ? わちきはドン引きだわさ」


騒がしくする3人。

それを素の表情で見つめる前田さんと、俺。


「……何か、色々とすみません」


「いやいや、個性あっていいよね……。此れから楽しくなりそうだ」



それから何時ものスーツ姿の智樹が現れ、この場にいる全員がバスに乗り込んで岩崎家を後にした。


沙織は美香宅で俺達が来るのを一緒に待つことになっている。

沢村君は家が少し遠いので、行きの途中で拾う予定だ。彼女さんも一緒に。




さてさて、何はともあれ、家族や学校行事以外での人生初の友達だけでの旅行へと、俺達は出発した。





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