第35話 春休みの予定



俺の左右隣には智樹と美香。いつものポジション。

場所が変わっても隣に席があるならば何時も挟まれる。


その俺の対面には沙織がいる。左右を村雨さんみーちゃんと一年生のあいちゃんに挟まれる感じで。


沢村君は……そんな俺達の横で一人だけ。

ごめん沢村君。俺じゃなくて良かったって思ってしまったよ。

不満ありそうな雰囲気じゃないし、これでいいのだろうと自己解決して気にしない事にする。


沙織を中心に村雨さんとあいちゃんが楽しそうに会話し、智樹は黙々の食事中。

美香は食事の邪魔にならない程度に気遣いながらに俺と会話をする。


それを見守っている、沢村君。


大した会話も話題も無い俺は幾つか箸で口に運ぶ。何か目線を感じそちらを向くとあいちゃんと目が合った。


「朝比奈せんぱぁい、それ凄く美味しそうですねっ! 私のと交換してください!」


眩しい程の笑顔で俺が箸で持っただし巻き卵に興味津々。気楽にモブである俺にでも話し掛けてくれる、あいちゃん。


イイ子や、凄くイイ子や……。



「至って普通の卵焼きだけど……食べたいなら上げるよ?」


「はいっ! 欲しいですっ!」


そこまで言われたら食べて貰わないとね。父さんの自慢の卵焼きを。

あいちゃんって何処かソラに似てるのか妹って感じがするんだよね。他の人達と違って唯一俺の目を見て話してくれるし。


イイ子や、やっぱり凄くイイ子や。


あまりに微笑ましくて顔の表情を緩めながら箸に持ってる卵焼きをあいちゃんの弁当に置こうと身を乗り出したところで――。


「ダメッ!」「ダメだッ!」


左右からの待ったがかかる。


「直弥くん、お箸でもってるよね。一度口に入れたお箸で食べ物わたしたらダメだよ」


「ああ、その通りだ」


おっと、これは失礼。


ソラ感覚で汚い俺の口に入れた箸で渡すとは、紳士としてあるまじき行為だ。

渡す前でよかった。渡してから汚物を見る目にでもなったら立ち直れなかったかもしれない。


「先輩ならいいですよっ!」


「だが、ダメだ」


「……お、おんなの子がそんな事いっちゃダメ」


あはは、と皆で笑い合う。

それからも雑談し、楽しい時間が過ぎていった。


平和で平凡で楽しい時間の流れが進むにつれ、先生の言葉を思い出す。


三学期に入ってから、もう何度目かわからない程の胸の中にあるモヤモヤっとした感情と共にネガティブ思考が頭を過る。


二年生の終わりになって、少し変化が訪れた俺の学生生活。

これも全て智樹や美香に沙織がいてくれたからなので、俺だけではこんな日常は送れない。依存しているのも勿論に理解している。だが、もし、もしも、一人だったらと考えるだけでも怖い。


もうあと一年しかこうやって毎日笑い合える時間が無いかと思うと本当に心配になってくる。


「将来、将来かぁ……」


「ん? 直弥くんいきなりどうしちゃったの?」


あれ、声に出ちゃったのか。


「いや、今楽しいなぁって思ってね。これからの事を考えると憂鬱になちゃって」


「うーん? 大丈夫だよ。私はずっと一緒にいるから」


いやいや、美香は何を勘違いしているのか……。

何が大丈夫なのかわからないし、今日の午後のを事言ってるのじゃないよ?

俺は将来の事言ったのに……。


「せーんぱぁい! 遠い将来のことを考えるより先ずは近い未来をどう楽しむ事をかんがえましょう! って事で、春休みは何か予定してるのですか?」


「春休み? 春休みかぁ」


そういえばもうすぐに春休みだった。

自分では答えが見つからないので助けを求め智樹に顔を向けると、キリっと男らしく無表情。美香に向けると、相変わらず可愛い笑顔。沙織は何か考えてる様子。


誰も春休みの事は考えてないのか、それとも普通に4人で誰かの家で過ごすぐらいかな。


「僕は桜の花見がしたいな。……なーんてね。あははっ」


ここで今まで沈黙を保っていた沢村君の一言。

うん。完全にすべったよね。みんな素の表情だし。沢村君、気不味そう……。


「沢村っち、マジ空気読めなのさ……おまえはおっさんかよ」


村雨さんが真っ先に絡むが、村雨さん基準だと花見っておっさん感覚なんだ。



「それだッ!!」


うわっ、びっくりした。


沙織がいきなり立ち上がり拳を握りしめ叫ぶ。いきなりどうしたんだ?


「ですッ! それですッ! 流石は沙織様、仰る通りですッ!」


村雨さんから神の如く扱われている沙織。

その沙織の反応に間髪を要れずに答えている村雨さん。その信仰心が相変わらず怖い。しかも沙織はまだ”それだ”としか言ってないのに……。


「私も賛成ですっ! 流石は沙織様っ!」


あいちゃんまでもか……。


村雨さんの沙織愛は結構慣れたけど、問題はあいちゃん。村雨さんを尊敬しているのか、村雨さんの意見に異論を上げる事はもちろん、全てが正論となる。断ることすら聞いたことがない。

将来ノーの言えない日本人になりそうで怖いよ。


「二人とも落ち着いて……。まだ沙織は何も言ってないから、ね?」


美香がこの場の代表でツッコミいれてくれた。ありがとう。

それに答えるように御告げでも聞くかの如く姿勢を正す二人。他のメンバーも視線を向けて沙織の話の続きを待つ。


「うふふ。いいこと思い付いちゃった。聞きたい?」


うわぁ。すげードヤ顔。クリスマスの時の顔だな……。変な提案しなきゃ良いのだが。


「是非に」


「じぇひに」


あいちゃん、だから村雨さんの言動をいちいち真似しなくてもいいんだよ。しかも噛んでるし。


「よかろう。では、ごほんっ。――花見である。花見に参るぞ。しかも我領では無く他領に遠征じゃ。どうじゃ? 素晴らしき提案であろう」


ぐふふっと笑みを浮かべ悪い顔を演じる、沙織。


「素晴らしきご計画で御座います。春と言えば桜。当然の選択肢で御座いましょう。わたくし心より沙織様がお楽しみ頂ける事を切に願います」


「願いますっ」


ははーって頭を下げ賛同する。

何の小芝居だよっ!

二人が真顔すぎてノリの演技なのか素なのかわからんわ。


「花見かぁ。花見は良いけど毎年一緒に観に行ってる近くの公園でよくない? 何故わざわざ他県なんだ?」


流石に話が進まないので俺が疑問を口にした。


「んー? 気分的に?」


「なんだそれ、意味わからんし。美香も智樹も近場で良いって思うでしょ?」


気分的に提案されても困ると、美香と智樹に同意を求める。


「え? 普通に良いかなって思ってたよ」


「ふむ。悪くない」


二人は同意なのね……。

ってか別に俺も話の流れで反論はしてみたが、別に嫌では無いな。すぐに意見を反転させるのも悔しいが、それはそれでも良いかも。


「そうだな……。良いかもだけど、保護者とかどうするの?」


「は? 自分達だけで行くという発想は直弥には無いの?」


「――え? ある訳ないじゃないか……。そもそも高校生だけで遠出とか無理でしょ」


俺達4人だけで県外とか行った事ないし。今までも常に誰かの親同伴だ。

ほら見ろ、美香も智樹も驚いてるじゃん。


「はぁ……」


俺の意見に同意の美香と智樹。

何故なのか沙織が深いため息をつき、非常に残念そうな顔で俺達を見ている。


「無垢な箱入り主人公一行……わちきのハートはピュアピュアキュンキュンですわっ あ、ああ、ああああっ、壊れるっ壊れるぅ破裂するっ! あああああっドキドキが止まらないっ やっべぇぇぇぇ助けてぇーあいちゃん! わちきはもうすぐ死ぬかもしれんぞぉぉぉ!」


「だめですっ! あいは、みーちゃん先輩がいないと生きていけないのですっ! 気をしっかり持ってくださいなのですっ! 誰か誰かぁ、助けてくださぁいっ!!!」




「「「「…………」」」」




意味不明な事を言いながら胸を押さえてうずくまる村雨さんに、それに寄り添う形のあいちゃん。





なんだこれ……。







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