第34話 春が来た



お昼前の短い休み時間。

晴天、開いた窓から入ってくる風が気持ちいい。


「桜舞い散る中に―――君の――春の風―――あの頃のままで♪」


窓の外を見ながら大好きな曲を聴く。


この歌凄くいいよね。



そんな俺は今、二年生最後の春を実感している。

なのに、まだ将来設計が定まらない。

何がしたいのか、何になりたいのか、さっぱりわからない。


だが時は待ってくれない。中学の時にも感じた少し寂しく感じる季節。高校最後の春がやってきたというのに。


「花びら――散る 記憶――戻る♪」


肌を刺すような痛い風では無く、ぽかぽかと肌を擽る風が窓から入ってくる。


ああ、本当に気持ちいい春の風だ。


一番後ろの席。その横の開いた窓から景色を見る。


一人で黄昏ている。

何故なら今は”ぼっち”だから。


休み時間の今、美香と沙織が仲良くトイレにいってしまった。

何時もなら智樹がいるが、この休憩時間は先生に呼ばれて来れないらしい、と沙織が言ってた。


少し寂しい気持ちを抑え、外の景色を眺め春の風に吹かれると、余りの気持ち良さに耳に入ってくる大好きな曲を恰も自分が歌ってるかの如く熱唱してしまう。


勿論、口には出さない、心の中でね。



「―――――あの頃のままで♪」


偶には一人も良いものだ。ずっとは嫌だけど。




晴天の青空。


春風で砂埃が舞う、グランド。


外を駆ける、若人。僅かな休み時間なのにな。



ふう。


イイ! 凄くイイ!


春、最高!


辛かった極寒の日々を乗り越えまた一つ大人の階段を上れた気がする。


「花びら――散る♪」



聞きなれた俺の好きな曲ベスト10の一つが終わると、同時に俺の肩が叩かれた。


トイレに行く前に「これでも聞いて待ってて」と、言われ借り受けた美香のスマホ。そのイヤホンを外し、マイワールドから目覚め振り返った。


そこには気不味そうな表情の沙織。

その後ろには俺を見たままに微動だにしていない、美香。



……どうしたんだ?



「直弥、黄昏る処悪いんだけど、イヤホン付けてるから自分では気付いて無いだろうけどさ……声、駄々洩れだよ?」




「―――え?」





駄々洩れ?


声が?


誰の?


俺……?


まじ、マジ? 



………マジ、デ?




いや、まて。

多少洩れたかもしれんが、この空間だけだ。

慌てるな、安心しろ。

誰も俺なんて気にもしてないさ。


現に―――。


ブリキの人形の首が回る様に近くの人達に目を向ける。


驚いた表情で目を逸らされるのが、4人。絶対見てたよね!?


更に目に入るのが、智樹がいない為に椅子を借りていなかった隣の席の村雨さん、俺の方を向き、真っ赤に充血した眼で驚愕の表情で完全にフリーズ中。


まばたきすらしてないような……。

え、やだ。なんなの、怖いんですけど。


「直弥、ドンマイ」


「…………」


残念な子供を見る表情で沙織に失笑され慰められた。


これって、思春期にあるあるの窓の外を見ながらひとりで黄昏てマイワールドを創造している痛い子じゃねーか。


やべっ!!

ちょー恥ずかしい!!

黒歴史追加だわ……。




穴があったら入りたい!!!!




「ってか、美香も現実に戻ってきてね。それにみーちゃん、顔ヤバイよ」


俺が羞恥に悶えてる最中、沙織は冷静だ。


「はっ! わちきとしたことがワンダーランドに迷い込むとは不覚! なぜなぜなぜ行動しなかった! なぜなぜなぜ聞き入ってしまうだけなのさ! セイクリッドソングを記録していないのだあああああああああ! この馬鹿馬鹿馬鹿ゴミカスがぁああああああああ 誰かわちきを殺せええええええええええ!!」


「み、みーちゃん……落ち着こうか。まじで怖いから」


狂ってしまったみーちゃんこと村雨さんにドン引き中の俺と沙織。


何が何だかわからねぇ。

おとぎの国?神聖な歌?って訳でいいのか……ここで使う単語じゃないし何か違う気がするな、んー時々村雨さんよくわからない事言うから違う意味なんだろうけど、まぁよくわからん、が、おかげで少し冷静になれた。


「村雨さん、何かわからないけど……ごめんなさい」


「え、いやそんな……」


取り合えず意味わからないから謝っておいた。

取り合えず美香はまだ動かないけど、村雨さんは冷静になったみたいでよかった、よかった。


他校ギャル乱入である智樹の三角関係以降、美香と智樹が俺に対して過保護な行動が減った気がする。何かよくわからないけど、俺がギャルに興味を示さなかったから、と。それを言い出したのが沙織。二人を説得して俺に社交性を備えさせるとの事だと熱弁していたな。


少し寂しくは有るけど、そろそろ大人になれってことなのかな。


だがしかし、そこまで対人恐怖症じゃないし。ちょっと意識しちゃうと緊張しちゃうだけだし、まじで俺を何だと思ってるんだ。あの時の俺は実際は下心満載だったのだが、敢えて口には出さないけどな。


あの日以降、クラスの人達は勿論の事に沙織の紹介で美術部にいって雑談したり。そうする内にある程度はスムーズな会話は出来る様になったと思う。

最初は色々な人達から戸惑われていたけど、今では簡単なコミュニケーションぐらいは取れるようになった。


モブが『いきるなよ』って言われないか常にヒヤヒヤはしてるけど。


お陰で今年のバレンタインは智樹のお零れで義理チョコも直接手渡しで沢山貰った。毎年何故か智樹が段ボール箱いっぱいのチョコを俺にくれるんだよね。理由を全く言わないがそれが何のかは俺でもわかる。智樹に貰ったやつを俺が貰う。ちょー情けないし、悪い気はするけど破棄されるぐらいなら俺は貰う。モブの特権だね。それに食品は大切だし。


俺も食べたけど何よりソラが喜んで食べてた。あいつの数もすごいのだが……それも含めて全部を我が家で美味しく頂きました。特に美香の義理チョコは素晴らしいものでした。


「おーい。美香さんやー。戻っておいでー」


そんな事を思い出していると沙織が再度、美香に声を掛けている。


「どうして、どうして、最初から……」


ん? やっと動いたと思ったら、ぷるぷるしてるけど寒いのかな?


「はいはい。美香の言いたい事はわかるけど、我慢しようね。もう過ぎた事だからね。また次があるからね」


「……う、ん」


唇を噛みしめ、悔しそうな表情で俺を見ないで……。


俺、何か美香の気に障る事でもしでかしたのか?


そんな事がある内にチャイムが鳴り、昼休み前の授業が始まった。


授業の最中、先生から春休みの過ごし方について説明があった。


『人生という試合で最も重要なのは、休憩時間の得点である』とナポレオンは明言を残したが、『友とぶどう酒は古いほど良し』とイギリスの名言もあると。


『まだお酒は覚えちゃだめだぞっ』と冗談を最後に付け加えながら。


休んでいる時間を如何に有効活用できるかで、人生の勝算が決まるから勉強するのも大事ではあるけれど、折角の高校生として迎える最後の春休みであるならば、友と将来語る思い出作りも大事だ、との事らしい。


なるほど、と俺は先生に感心した。


勉強も大事ではあるけど十分にやってるしな。ってか、家で4人集まってすることなんて殆ど勉強だし、偶には何処かにでも行ってみたいな。


そんな事を思いつつ、昼休みに入る。


今日の昼休みは少し暖かいし、で外の芝生で食事をしようとの事になった。


そう、みんなで、だ。


メンバーは俺達何時もの4人、それに加えて村雨さん、前の席の沢村君、何故なのか村雨さんの後輩の一年生の女子。


一年生のこの女子、名前は竹林愛、通称あいちゃん。

俺も何度か話た事あるけど、ハキハキと喋る天然で可愛い子って印象だね。


7人で校舎を出て、グランド横の芝生の上で陣を取る。

女子は芝生の上にハンカチ引いたりとお上品。男子はそのまま。


雑談しながら、弁当を開ける。


俺の今日のお弁当は、赤、黄、緑、茶と黒に白とカラフルだ。

白はご飯、茶色は肉や魚の主菜、赤・黄・緑は野菜や卵料理の副菜。彩り豊かで食欲をそそる。



父さん何時もありがとう。凄くおいしそうだ。




そして、ワイワイとみんなが話を進める中で俺は弁当に箸を進める。

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