第17話【事件簿】児童誘拐事件



児童誘拐事件、当時の状況について。


――警察署、――取調官談。


緊急取調室A棟、事情聴取――県警捜査一課――警部補。


平成―年6月15日午後4時頃,ー県ー市ー区ー丁目にて誘拐事件が発生。


被疑者――、三一歳女性、ー県ー市ー区ー丁目在住、会社員、独身、服装、グレーのパーカーにズボン、特徴、長髪黒髪身長一六〇cm前後、痩せ型、情緒不安定。


事件発生から丸13時間経過、後、弁護士不在、被疑者任意の下に取調を開始。


警部補の挨拶から始まる。

被疑者に反応なし。


警部補からの日常会話を交えカウセリングに心理療法をが続く。

三〇分経過、被疑者に反応の兆しが見え始める。


更に事件とは無関係な話が続く。


四六分経過、後、事件内容を告げる。

再度情緒不安定ながらも被疑者が口答にて事件の全貌を語りだした。



内容を私的に解釈し、訳す。



――犯行動機


被疑者が被害者少年の父親へと好意を持った事がきっかけとなった。

被疑者はどうにかして被害者少年の父親に近づきたかった。だが、被疑者と被害者父親との接点が無く相手にされなかった。

そして考えたのが自身の娘を被害者少年と親しくさせる事を思いつく。

学校だけでは無く近所でも有名な程の子と友達でいられるとの事もあり娘も満更でも無かった。


だが、事は単純には進まず、上手くはいかない。

執拗に迫るも、幼い少女には被害者と共にいる友人が怖かった。その為、思い通りにはいかない。それでも諦めず、娘は被害者少年に執拗に絡む。

その自分勝手な行動に徐々に被害者少年が恐怖を抱き始める。


そして、無視される日々が続いた。


それでも執拗な行為は続けるも、何も反応を示さなくなった被害者少年とその友人。逆に何も答えなくなったことで恐怖が薄まると、苛立ち、次第に行動や言動に変化が訪れる。


それは被疑者の娘から被疑者本人に伝わり、徐々に異常性を生み出させた。


その主な原因が、被疑者が実娘に嘘を教え込んだ事である。

内容は被害者少年の実母は自分であり、娘の実兄である、と。そう言い聞かせた。


幼い娘は母親の言う事を素直に信じた。

原因の一つとして、被害者少年に似せた事により実娘に錯覚を起こしてしまったと推測される。


更に酷いのが、実娘を被害者少年に見立て、被害者父親との生活を妄想しだした。


だが、現実は実際の夫の存在が邪魔をする。体系も違えば顔も全く違うので当然ではある。


有ろう事か実の夫を全くの他人である被害者父親と比較しだし、不満を吐く。

勿論、夫は嫌気がさし間も無くして夫婦間で揉め始めた。


自分の嫁が他の男に異常な程に熱を上げ、挙句はその男と比較される。夫としてはたまったものではない。


そして遂には、夫婦仲に改善が見込まないところまで行き付き、離婚となった。


元夫は自分に非が無い事から娘との親権を勝ち取ると、良き思い出の無い新築一軒家を被疑者に譲り、本人は他県にある実家へと娘を連れて距離を取る。

更には、被害届までは出されていないが、ストーカー行為と娘の洗脳とも取れる虐待行為が行われた事で、被害者と娘との面会までも拒絶。


その結果、被疑者は孤独となった。


被疑者は職場でも浮いた存在で、仲が良い親友なども存在せずに悩み続ける。

そんな日々が続くと当然ストレスが溜まる。行き場の無いストレスは捻じれた憎悪を生み出す。その矛先は全く関係の無い被害者母親に向けられた。


自分がこんなになっているのに、被害者父親と幸せな家庭を築いているのが無性に腹正しく、被害者母親への憎み怒りと変化した。一度、被害者母親に娘との関係性の事で注意を受けたのが引き金になったそうだ。


その話を口にする時の被疑者は唇を歪めて怒りをあらわにした。


歪んだ思考は常に己を正当化し、他人を否定する。それらを第三者へと押し付ける事で同意を求め理解を得ようとする。

静かに傍聴している我々が、その第三者にあたる。


それに気を許したのか最後に犯行の動機を口にする。


自身から娘を奪った被害者母親が悪い。

自身が酷い目にあってるのに幸せでいるのが憎い。


だから、


『失った私のモノを”あの女”から取り返さないといけなかった』、と。


完全に理性を失っている様子で語った。


そして、取り返せば、全てが戻る。

そんな歪んだ思いが強まり、犯行を実行した。




――事件の実相



直弥の帰宅時間は把握してあり、俺と別れてから一人で帰っている事も知っている。そこを狙った。

直弥に娘が最後にお別れを言いたいと、自宅へと誘った。

根が優しい直弥は無視し続けた事に負い目もあり、何より知らない人では無いので素直に着いて行ってしまった。


そんな容疑者は連れ帰る際中に実の娘との記憶が蘇った。

同じ様に手を繋いで歩いた道、背丈は直弥の方が少し大きいが、同じ髪の毛の色に同じランドセル。家に近付くに連れ娘と一緒だった事を思い出す。


そして家に着く頃には、直弥が実の娘の様に思えた。


もうこの時点で実の娘と直弥の区別がぐちゃぐちゃとなり冷静では無い。何より計画性も何も無く、使命感のみで、この後の事も考えてはいない突発性の犯行。


それでも久しぶりに娘が帰ってきた気持ちになり、嬉しくなった。

だが、実際に家に招き入れると全てが違う。


他人の様に接する直弥。向い合うと娘との違いを実感する。女の様な容姿ではあるが、実際は男だと気付いてしまう現実。

更に、誘い出した口実である娘がいない事に直弥が気付くと戸惑いを露わにした。それでも最初は優しい口調で落ち着いて話をするが、直弥は家に入ってからは常に怯えた様子。


優しく飲み物や食事などを勧めるが、拒否される。


徐々にイライラしてくる。



なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ――――。



気付けば直弥の頬を叩いていた。

――言うことを聞け、との言葉と一緒に。



すぐに直弥は涙を浮かべた。そして鳴き声を上げそうなところで――。



再度、頬を叩かれた。



泣くとまた叩くと言われ、必死で我慢する。


娘と一緒にいるあの間隔を再度味わいたくて、その後は娘が置いて行った服を着る様に強要する。


そして、拒否すると服を引っ張られながら、また殴られる。


それでも嫌だと言い続けたところで。


女みたいな顔してるくせに――。

女みたいな仕草だから――。


だから直弥は本当は女で自分の娘だ、と。言い続けられた。実の娘を言い聞かせた様に。


それが永遠に感じる程に続き、服を着替えないと部屋から出さないと、娘の部屋に押し込まれ監禁される。


無理やり着替えさせなかったのは、自分で着替えた時点で自分の娘となる事を自ら受け入れたといった感情に見舞われたそうだ。



それから少し時間が経過したところで警察に保護されたとの事。



何ともやるせない気持ちで聞いてはいたが、自分勝手なあの女に心底に腹が立つ。


その後、その容疑者がどうなったのかは俺は知らない。だが、容疑者であるあの女の家は、今は違う家族が住んでいる事だけは知っている。



△▼



そして4日目の朝、俺は直弥を迎えに家へと行った。


ドアを開け、信弥さんに見送られる直弥の頬は以前と変わらない奇麗な肌だった。

学校に付くと先生は心配していたのか駆け寄り、クラスの友人達も直弥に話かけたりはした。


だが、直弥からは以前の様な笑顔は見られない。そして、女扱いされると過剰な反応をしだした。心に深い傷を負ってしまったのが明らかだ。


それ以降、直弥は学校の先生や生徒などからも更に特別視されるが、女扱いはされなくはなるが、人と距離を取りだし人見知りが加速していった。


そんな状態で2年が経過し、俺達は小学5年生になる。


直弥も流石に2年も経過すると、心の傷も和らぎ、直弥の家族に俺と俺の家族だけではあるが以前の笑顔が戻った。


それでも直弥自身は必要以上に人と接する事を拒む。だが、相変わらず直弥の人気は絶大だった。

更に魅力が増し、女達のキャンキャンと子犬のように煩い声が響く様になった。


直弥はそれを他人事の様に冷めた目で見て流す。そんなクールなところが良いのだと。俺には女心はよくわからん。


まぁ直弥が気にしないなら、俺もどうでもいい。

近付く奴は力ずくで遠ざけるがな。もう二度とあんな思いはしたくない。



だが、そんな直弥が初めて一人の女と話をする様になった。



それが、西織美香だ。



西織美香は、俺にでもわかる程に可愛かった。長年一緒にいる俺が初めて見る程に直弥がその女に照れる仕草を見せた。


その様子を見ていた俺は無性に腹が立った。

ポッと出の癖に馴れ馴れしい。お前は誰だ、と敵意すら感じる。


だが俺も強くは言えなかった。何故なら美鈴さんと信弥さんから紹介されたからだ。しかも図々しい事に直弥の家の中で。


口では言えないから睨みつけるが気にする様子も無い。そもそも、ずっと直弥だけを見て俺など見てもいないのだからな。


だが俺も引くことは出来ん。

一番の親友の座を、そして弟を取られる訳にはいかないから。


それからは、三人で遊ぶ事が増えた。

直弥の人見知りは相変わらずだが、西織美香だけは別だ。


俺はそれが無性に寂しく思い、西織美香が直弥に近づくのを嫌がらせの様に邪魔をした。


だが、そんな直弥が俺でもわかる程の変化を見せだした。


西織美香と出会うまでは、自身が女扱いされている事を自覚し、その事で無言と辛そうな表情が嫌がっている事を示していた。それが徐々に他人事の様に流し無関心となっていった。


この事が良い方に向くかはわからないが、悔しいがこの直弥の変化は男で不愛想な俺では無理だ。西織美香の存在が直弥の心のケアをしているのは確かではある。その事実を非常に不本意ではあるが認めざるを得ない。


西織美香は直弥に対し、どんな些細な事でも聞き逃す事も無く、しっかりと話を聞き、的確な受け応えをして、そして褒める。


最初の頃の直弥は照れる以外には変化は見られなかったが、その表情が日を増すごとに明確に変わっていった。相槌が殆どだった直弥が冗談まで口にするまでに。テレビのものまねが主で大して上手でも面白くも無いが、西織美香は満面な笑みを浮かべ過剰な程に褒めた。


それが続くと、学校での生活も変わった。

常に美香と、美香が、美香ならが話に入っては来るが、笑顔が増え以前の表情に戻ると先生も安心した。


だが一つ、西織美香は直弥に大きな間違いを教え込んでしまった。

女扱いされる事について話した直弥に対し――。


『それは直弥くんの事じゃないよ。直弥くんは男の子だから他の人の事を言ってるんだよ』


――と答えた。


女扱いするやつの話なんて気にしないで他人事として受け流せって意味なのはわかる程の陳腐なセリフ。だが、この時の俺も納得しそれ以上は深く考えなかったが、これが直弥に重大な思い込みをするきっかけとなった。


現実を受け入れていた直弥に、逃げ道を作ってしまったのだ。


素直にその言葉を聞いた直弥は、本当の自分では無い自分に言ってると自己暗示を掛けると、更にその思いが増し、それが自分では無く他人に言っているのだと思い込む様になった。


それはあの事件のそして自身へのコンプレックスでありトラウマへの開放に繋がる安直な答えだったのだろう。だから素直に受け入れ自身から逃げてしまった。


それからは女性扱いどころか素直な誉め言葉すらも他人事と流しだし、中学入学時には完全に過去のトラウマは影を潜めた。代償として自嘲的じちょうてき言動が多くなり、思い込みが激しく曲げる事無い頑固たる意思が備わってしまったが。


まあ、中学の喧嘩以来から少し可笑しな方向に偏ってしまったが、直弥の理想の男性像が俺だと言ってくれるし、まんざらでも無い。なので否定もしない。

不本意ではあるが美香も直弥に悪い虫が寄ってこないので、ひそかに喜んでいる。

中学から友人になった沙織は否定するがな。


だが、何時またトラウマが再発するかわからないので、俺も直弥の家族も気を使っている。特に物理的には歯止めが利かないネット関連が一番危ういとの事だ。それに関しては直弥はスマホも持たされていないし、俺も目を光らせているし、何より【心強い協力者達】もいるので当分は問題無いだろう。




さて、と――。



長く昔の事を思い出していると、瞼が重くなってきた。


豆球をまでも消し、真っ暗な部屋で目を閉じる。


しかし美香や沙織は俺が直弥の事をこんなにも心配する気持ちが、同性への愛故にと考えている。失礼な奴らだ。

クリスマスの時に沙織を少しだが女として意識したぐらいに俺は正常だ。


馬鹿な事を思い込みやがって。

直弥は手の掛かる俺の弟だ。勘違いするなと言いたい。






そういえば、クリスマスで思い出した。




直弥の後ろ姿で思ったが、まだ尻周りの筋肉が甘いのでは無いか?



……ふむ。



とりあえず実際に触って確認しないとわからんな。

明日は念入りにチェックしてみるか。




よし、寝る。



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