第11話 クリスマス②



地下である父さんの仕事部屋から出ると、窓の外はもうすっかり日が暮れていた。リビングにある置き時計の針は6時ジャストを指している。


約束時間を確認しながらに玄関に向かい、ドアを開ける。


真っ先に目に入るのが、上下黒スーツ、ノーネクタイで白シャツの智樹。ボタンを二つ外している。いつ見ても渋い。


「おまたせーって、なに固まってるの! あ、いや、みなまで言わないで……わかってるから……」


智樹は、一重瞼の細い目を見開き、微動だにしない。


理由はわかる。俺は既に狐を装着済みだから。

しかし固まりすぎだし……余計に恥ずかしい。


「あ……お、おう」


返事と同時に元の細い目へと戻った。


「智樹君、こんばんは」


「ともきくん、こんばんはー」


俺の後ろから父さんとソラが智樹に挨拶した。


「あっ、こんばんは」


「今日も色々と迷惑かけるけど、直弥君のこと、よろしくね」


「はい」


子供の付き添いかっ! 

高校生にもなって迷子にでもなると思ってるの?


「智樹君、これ渡しとくね」


「これは?」


俺の眼鏡……それに恥ずかしいから持って行こうとしたマスク……。

自然な流れで着けて行こうとしたら、父さんに奪われた。


それを何故に、智樹に渡す?


「智樹に渡さないでも、それぐらい自分で持つし」


家出たらすぐに着けるけど。


「だーめ。これは智樹君に預けとくね。直弥君だと外出たらすぐ着けて、最後まで外さなくなっちゃうからね」


やはりお見通しだった。


「それを使う時は、智樹君が決めてね」


「了解です」


智樹も父さんもソラも納得してる表情をしているが、俺にはそれに何の意味があるのか全くわからない。不服を申し立てしたいが、どうせ却下されるだろう。

 

「今日は楽しんでおいで」


「おにぃちゃん、がんばだよっ」


この狐で楽しさ半減だしっ。

ソラはソラで頑張れだと、他人事だと思いやがって……そりゃ頑張るけどさ、寒さにも、そして精神的にも、な。


渋々といった表情のままに外に出ると、暗いし、寒い。

愛用のヒートテックと防寒グッズ三点セットも却下されて無いし、眼鏡やマスクすら無い。


顔が寂しいし、お手手が冷たい……。

冬夜の空気が骨身に染みる。


しかし……。


この狐……マジで温いな。ダウンジャケットなんて比べ物にならないじゃん。


――はッ、いかん!


アリだなって思ってしまった。くそッ!

しかし、智樹は寒くないのか? 

コートも無しにスーツだけって、どんだけだよ……。


そんな智樹と静かな住宅地を並んで歩く。


見上げれば、しんしんと冷える冬の夜道が豪華な星空に彩られ、道筋には、ズラっと並んだ住宅の一部からは赤と白、緑の三色に覆われクリスマスの飾りがしてある。


まだ人通りも少なく静かな住宅街。


その道からしばらく歩くと、正面が明るくなり表通りに出る。


クリスマスイブなのか交通量も多く、道路が車のヘッドライトで光の川のように流れ、道路を挟んだ向いのケンタッキーはすごい行列だ。街全体が浮き足立った雰囲気とすら感じられる。先程までの住宅街とは違い、表通りは比較的に人通りも多く、何より明るい。


なので……。


すれ違う人の殆どが俺の恰好を見て珍獣でも見るかのように、ぎょっとした顔で俺を見る。中には立ち止ってまで見てくる人までいるし。


くそっ、マジで晒し者じゃん――いやああああああ、超恥かしいんだけどっ!!


智樹は何でそんなに堂々としてるんだ……。

俺と一緒に歩いてると、恥ずかしく無いのかよ。



それからも醜態を晒しながら、屈辱に耐えながらも、集合場所の美香の家に向かった。


俺の家から美香の家まで、徒歩20分。

それだけで、この疲労感。今からの室外イベントで俺は耐えられるのだろうか……。


そして何とか辿り着き、美香の家が見えてきた。

やはり相変わらず大きい……そこらの家が数軒は入りそうな敷地だ。


家の門前で二人が待っているのが見える。


「おっ、美香と沙織だ。寒いのに家の中で待っとけばいいのに」


「ああ、そうだな」


近付くにつれ、二人の服装がはっきりとわかる。


うわ……すっごっ。

制服や普段着も可愛いけど、今日の美香と沙織は凄い。眼福で御座います。


「よっ! おまたせ!」


「またせたな」


「「……」」


俺が手を振りながら近づいても、ぽかんとしたまま動かない。


智樹もだったけど、やっぱり美香も沙織もかよ……。

何か言ってよ。開き直らないと俺だって恥かしいんだから。


ここは、気にしてない素振りで俺から言うか。


「美香も沙織も、すごい気合入ってるな! 超綺麗だしッ!」


「あっ。うん。ありが、とっ」


「…………」


辛うじて沙織は反応あったけど、美香なんて顔伏せちゃったまま無反応だし……笑い堪えてるのか?


しっかし、美香とか、これはもう……反則だろ。


髪は相変わらず綺麗なサラツヤストレートで、今日は薄くメイクして大人の雰囲気まであってすっごく奇麗。

そして、服は白のダウンに、その下から見えるのは……俺の好きな、ふわふわした白のシャギーニットのワンピース。やっばッ、超可愛いし。でもちょっと短くないか?

しかもその服に合わせた黒のロングブーツが、何かエロい。


世の男共を独り占めする気かよ。


おっと……いかん、いかん。興奮し過ぎた。

とりあえず脳内シャッターに永久保存しとこ。


それに、沙織も凄いな。

メイクはもちろんとして、髪はふわふわのセットまでして、白のロングコートに中は薄紫のジャケット。そして膝上丈のぴちっとした黒のタイトスカートに高めのヒール。

元々スタイルもよくモデルみたいだし、大人っぽい服装するとよく似合ってる。かっこいい。


しかし、そっちの趣味じゃなければ凄いモテるだろうに、もったいない。


「はぁ、びっくりした。やっぱり直弥の両親のセンスって想像以上に破壊力が凄いね。やばすぎでしょ」


「だな、こんな格好で来てマジでごめんなー。俺でもこれは無いわーって思うけどさ。残念な事に拒否権は無いんだよ」


「いや、そういう意味じゃ無いんだけどね」


「なんだそれ」


だったら、どんな意味あるんだよ。


「あぅ、あぅあぅ……どどどどうしょ。ととととりあえじゅ、シュ、シュマホどこだっけぇ……」


美香がやっと顔を上げたと思ったら、どうしたんだ?

珍しく噛みまくりで何を言ってるか、わからん。


「美香、落ち着いて。スマホはまた後でいいから、とりあえず深呼吸でもしようか」


「あっ」


沙織の言葉で少し落ち着いたのか、ふぅふぅと息を吸って吐くを繰り返す、美香。さっきから変だぞ?


「それより、直弥に言う事あるでしょ?」


「……う、うん。な、直弥くん、あ、あのぉ……そのぉ……す、凄く……かっこいい、よ」


え?……これが、恰好いいとか、正気? 

顔真っ赤だし、寒い中待ってて、熱でも出たんじゃないのか? 


「おいおい、大丈夫かよ?」


「ふぇ?」


ぶはっ、何、その顔。


不意を付くきょとん顔とか、そんな恰好でされると意識が飛びそうになったわ。仕草だけで俺のライフ削ってくるとか、どんだけだよ。


とりあえず、追加で脳内保存完了っと。


「ごちそう――いや、お世辞でもありがと」


あぶない、あぶない。脳内フォルダーから、だだ漏れだった。

だけど、美香も照れるなら、お世辞なんて言わなきゃ良いいのに。


「ふふふっ、今はそれでいいかなっ」


「ふんっ」


あれ? 沙織のいつもの様にツッコまないの? 

智樹はお世辞だけで機嫌悪そうだし、本気でこれが恰好良い訳ないのにな。


それから美香にお願いして俺と智樹の荷物を家に預け、4人で駅へと向かう。


やはり美男美女揃うとオーラが凄い。まぁ俺意外だけど。

振り向かれる頻度が凄くて、あからさまにスマホで撮ろうとする人までいる。

そんな時は智樹が、毎回ずいっと前に行って阻止してる。


でもそれだと……智樹が撮られるとは思うけど、気にしてない様子だし、問題無いのだろう。


そんな事も有りながらに、ワイワイ、キャッキャしながら駅へと到着し、キップ買ってから自動改札機を抜ける。


俺達は学校へは徒歩だし、休みの時に稀にしか電車乗らないんだよね。主に電車でとなるのは女性陣の買い物のお付き合い。


とりあえず俺は電車や人混み苦手なので、帽子や眼鏡を付けて気配を消してる。一人だけモブが混ざって浮いてるって思われるのは嫌だし。そして駅前で俺の眼鏡を智樹から渡して貰って、今はマスクまで装着済み。


これで少し落ち着いた。


駅内に入るが、それにしても人が多い。

無言の人の群れが前後左右からぶつかってくる。人混みに酔ったかも、少し気持ち悪い。


「直弥くん、大丈夫?」


「うん。なんとか」


美香が少し心配してくれる。優しい。

イベントとなる会場までは2駅。少しの間だと思い、我慢だ。


待ち時間も殆ど無く車両が来たので乗り込み、扉付近に立ち、ガタゴトと電車が進む。


逆路線に人が多かったのか、目的地へ向かう車両はそこまで混んでもいないので少し安心はするが、それでも空き席は無い程には人がいる。特に同じ目的地へ向かっているのか、カップルなど若い人達が目立つ。


そして、やはり俺達へ向けた目線が痛い。今回は特に、俺。


俺達に聞こえる様に言ってるのかと思えるぐらいに、はっきり聞こえてくる。完全に俺がディスられてる……つらたんです。


はぁ……やはりこうなったか。めちゃくちゃ恥かしい。


内容は失笑と、『だせー』『あれはないわー』『気合入れすぎ』『ハリウッド俳優に憧れすぎ』『ホストかよ』『女の子は可愛いのに、かわいそう』とか、まぁ散々。


中には小声で言ってる人もいるけど、悪口って耳に入って来るんだよね。これまた不思議。


「直弥、マスクと眼鏡外そうよ」


「はぁ? やだよ」


3人共にかなり不機嫌になってる中で沙織がそんな事を言い出す。

何を言ってるのか。ここで外したら余計に爆笑されるだろうが。空気読んでよ……。


それに、俺もそう思うから気にしない様にするし。


楽しいお出かけなのに、迷惑かけてごめんね。

でも、皆も悪いんだよ。電車乗ってる間は狐を脱いどこうと思ったのに、着とけって言うから。


重い空気のまま、痛い視線に耐える試練も終え、暫くして目的の駅へと到着する。


やはり殆どの人達が此処で降りるみたいだ。

電車から降りホームを出ると……そこは――人、人、人、めっちゃ人がいる。


そんな空間にいるだけで、吐きそう。早く駅の外に出たい。


すぐに人混みと一緒にホームを進み、なんとか駅のローターリーに出れた。


「あー、すっごい、むかついた」


外に出た瞬間、沙織の怒りが爆発する。


「だね!」「だな」


「まぁーまぁー、俺は気にしてないから」


だから、落ち着いて。


智樹も美香も沙織の感情に共感してるみたい。

本気で怒ってくれてる3人に、苦笑いを浮かべるしかないけど、それが親友だなと思うと、電車の中での事で落ち込むどころか、逆に暖かい感情になる。


「でも、「まぁ、いいよ、早く行こうぜ!」」


沙織がまだ何か言いたげだったけど、本気で心配してくれてると思うと照れる。それを悟られない様に赤面してる顔で言葉を遮る。ちょっとあざとかったかな。



そんな俺の様子に気付いたのかわからないけど、皆が何時もの笑顔が戻った。

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