第10話 クリスマス①



12月終盤、雪のイメージであるクリスマスイブ、しかし今日は正反対の冬日和。


学校が終わり、4人である程度の集合時間を決めると各自、帰路に着いた。何時もは俺の自宅まで智樹と一緒に帰るが、流石に時間の都合上もあり手前の分かれ道で智樹とも別れた。別れ際に、真っすぐ帰れとか、不審者を見たら走って逃げろとか散々言われた。俺は小学生かよ。


晴天の空を見上げ、スキップしそうな程に俺の気持ちが昂る。

何故なら今日はイブだから。楽しい楽しいクリスマス、イブ!


まぁ彼女はいないけど。


だが、しかし、クリぼっちじゃないだけ贅沢言わない。リア充を満喫出来るなら、それだけで有難い。


この一週間ぐらいは、学校内を歩いたら急にカップルが増えた感じがする。やっぱり日本独自のクリスマスの求愛イベントって偉大だよね。


他人の恋愛事情は置いとくとして、俺は今年のクリスマスに、初めて野外クリスマスイベントを体験する。今までは俺が人混み嫌いなのを知ってるのか皆が気を使ってくれてたのかもしれない。だけど今年は近場でイベントがあるとの事での参加。市長有難う。次の選挙も応援するよ。選挙権は無いけど。


ってな訳で、凄く楽しみにしている。


余りに楽しみでソラに自慢したら、両親にまで言われちゃって大騒ぎ。

俺は初めてだから、そりゃあ嬉しいけどさ。室外でクリスマスを楽しむことって、そこまで騒ぎ立てる程なのかとも思うが。


ソラが、『進歩出来たらいいね』って言ってたけど、俺を久々に外に出る引きニートとでも思っているのか? モブとニートを一緒にするな。


父さんは、衣装用意するって言うし。服じゃなく衣装って何よ……ちょっと怖いんだけど。


母さんは、俺の意見を聞く前に美容院に予約入れちゃうし。そこまで気合い入れるとさ……モブが頑張ってます感を出し過ぎて、それはそれで恥ずかしいんだけど。


もちろん、全否定したよ?……まったく聞いてくれなかったけどね。


家族の余りのテンションの高さに、ちょっとだけ近場に行くだけだって言い難くなちゃったじゃん。

 

次の日、その事を3人に話したら、更に大騒ぎ。


俺の両親のコーデでくる事がやばいとか、それなら美香と沙織も頑張らないととか、俺以上にテンション爆上げしてた。智樹まで鼻息が荒かったし。


まぁ俺の家族は少しコスプレ好きだから、仕方ないけど。

去年の初詣とか恥ずかしさのあまり悶絶しそうになって、無の境地を習得した。


そんな浮かれた気分で家に到着し、ドアを開けると俺の帰宅を待ってたかの様に、父さんとソラが満面の笑顔で向かってくる。


「はあ?――何でソラがいるんだ?」


当然と言いたげに、頬に指あてて不思議がる、ソラ。その女見たいな仕草やめろ。


「ん、だってぇ、お兄ちゃんが出掛けた後に、ソラはパパとパーティーに行くからだよ?」


何? パーティだと。


「何処のパーティだよ。中学生の集まりか?」


中学生で集まってクリパとか、ガキのくせに生意気な。それに父さんは送り迎えかな?


「業者のだよ? モデルさんとか芸能人もいっぱい来て楽しいよ! でも、今更だね。去年も行ったのにー」




……は? 



モデルさんに芸能人が来るって聞こえたよな……。


「マ、マジで?」


「「マジで」」


おいおいおいおいおいおいっ! なななんだとぉっ!


「そ、それは……もしや……。綺麗な人や……ア、アイドルとかも来ちゃったりするのか?」


「うん! 美人さんや、有名なグループの人も来てるよ!」


へぇ、そんな人達が来るんだ……。

へぇー、すっごいなー。

何そのセレブリティ。


すっごっいなー、へぇ…………。


「な、な、なんだとおおおおおおおおおおッ!!――ソラが何故そんな処に行けるんだよ!?」


羨ましいだろーが。


「んー、仕事の付き合い的な?」


「はっ? 何言っちゃてんの? 仕事ってなんだよ!?」


「もちろん、モデルのお仕事だよ」


「はぁ? ちょっとモデルっぽい事してるだけじゃんっ! いつも家にいる癖に!」


仕事なめんなよ! 俺はした事ないけど。


「はははっ、それは蒼空くんの仕事は自宅が中心だからね。パパもママも承諾しての事だから。だけどね、学生の間はパパの許可しない、お仕事は禁止。勝手になんて絶対に認めませんからね。もちろん直弥君もだよ?」


な、なんだと……自宅勤務、だと。

……人類の夢であり、憧れの職業じゃねーか。


「当然だよっ! それにおにぃちゃんはずっと家にいないと、ソラが寂しいから、ダメ」


何いちゃってんの?


それよりも、超身近に凄いリア充がいるとは……。初めてのお出かけクリイベの嬉しさが半減するじゃねーか。


「ふん! いいもん! 仕事なんてまだしないしッ!」


 だからもう少しだけでいいので、小遣い増やして下さい。お願いします。


「うんうん。おにぃちゃんは、まだそれでいいね」


「そうだね。直弥君には、まだ少し早いかもね」


まだ、まだって……ソラより子供扱いしてない?

でも仕事したら、ソラみたいにリア充になるのか……?


一度バイトとか考えてみようかな。


「さて、親子の交流はこれぐらいにして、そろそろ直弥君の準備を始めようかな?」


あっ、余りのインパクトで忘れそうだった。


「ソラもいくー」


「ソラはいい。寝てろ」


ソラが来て何するんだよ。


「ひっどぉー」


「はいはい。みんなで仲良く一緒に行きましょうね」



父さんの一声でソラも一緒に来るのを許すしか無くなり、不貞腐れながらスタジオとなる仕事部屋へと向かう。


階段を降り、ドアを開け真正面に目を向けると……。


そこには見事な輝きを放つ、動物がいました。


「……」


ま、まさか……。


「つかぬ事をお聞きしたいのですが、そ、それは、何でしょうか……?」


嫌な予感しかしないんだけど。


「あっ、やっぱり目に入ったかな。これね、希少なシルバーフォックスの毛皮。もっとよく見て。この自然界の育んだ繊細で緻密な輝き、人工物では書き出せない、この美しさ。正に芸術品だよね。うんうん、本当に惚れ惚れしちゃうよね」


いやいや、そんなにうっとりしないで。

説明はいいから、それをどうするか聞きたいの。


「はー、いつ見ても本当に綺麗。おにぃちゃんが羨ましいよね。この見事な毛並みは絶対に高品位。これ着ると癒されるし、何より凄く温かいよ! ああ、凄いとしか表現できない。惚れ惚れしちゃう」


拝むな。


2人して評論家みたいに言うなよ。

しかも、シレっと俺が着るって言ってるじゃん。


そんなに良いならソラが着ろよ。俺は遠慮しとくから。

これ着て行けとか、冗談にも程があるわ。


「いやいや。着る訳無いじゃん! 何のコスプレさっ! 笑い取りに行くんじゃないからね?……冗談でしょ?」


「えっ、本気だよ?」


ないわー。絶対ないわー。

着るのが、あたり前の様に言ってるけど……普通に着る訳ないじゃん。


「おにぃちゃん大丈夫だって。絶対に似合うからー」


「だまらっしゃいっ! ソラは口閉じとけっ!」


「直弥君、蒼空くんにそんな言い方はダメだよ。パパ悲しくなっちゃうからね」


「あ、はい、すみませんって――違うしッ! 絶対に着ないしッ! 断固として拒否しますッ!」


「んー、そっかー。そんなに嫌がるなら諦めるしかないね」


「わかってくれたの、ね?」


よかった。よかった。


「ただね、来月からお小遣いが半分になるけど、仕方ないかな」


えッ!? 


いま……聞き捨て成らない言葉が聞こえたような……。


「い、いま、悪魔からのメッセージみたいな事が聞こえたけど、俺の耳が腐ったのかな?」


「はははっ、直弥君って時々面白い事言うよね。それに聞き間違いじゃないよ? このコートはママが用意したものなんだ。だから直弥君が拒否でもしたら、お小遣い半分にするって、言ってたよ?」


な、なんだと……。

これ母さんの仕業だったのか。


「ひ、酷い」


「まぁーそんな訳だから、着るか、お小遣い半分になるか、どちらがいいかな?」


「……くっ」


殺せ。もう殺してくれ。


何だよ、それ。その拒否権の無い選択肢は卑怯じゃん……。

小遣い半減とか有り得ないし。


「おにぃちゃん、温いかいし、絶対に気に入るから」


「と、蒼空くんも言ってるけど、直弥君どっちにする?」


「き、きます」


ま、まぁ、いい、か……。

家出たら脱いで持ち歩くか、何処かに置いとけばいいや。


「そっかそっかー。良かった、良かった」


「……」


もう何も言うまい。悟られたら、終わる。


「それなら、他に着るのはこれね。靴はこれ」


渡されたのは、スリムな黒のパンツに黒のブーツ、白シャツ……それに時計にネックレス、こ、これだけ?


……その恥ずかしすぎるコートが無くなったら凍え死ぬじゃん?


「シャツ1枚じゃ寒いかな、と……」


無言を貫くつもりが一言で終わったし。


「大丈夫だよ? そのファーのコートは本当に温いから。それに、その後に美香さんの家でパーティーするなら、シャツぐらいは着てる方が良いからね」


「え、で、でも……」


それだと、常に外で、このコート着なくちゃダメってことじゃん。


「あ、ちなみにそのコートすっごい高いんだって。どこかに置いていったりして盗まれたら、多分もう永遠に小遣いは抜きだと思うから気を付けてね」


おふっ。俺の考えなんてお見通しか……。


くそぅ。俺が寒がりなの知ってるからって、それな無いよー。


はぁ……もう逃げ道無じゃん……割り切るしか、無いのか……。

みんな恥ずかしいからって離れないかな……。まじで、辛い。


「あ、それとその時計はママから、ネックレスはパパからのクリスマスプレゼントだよ。大事にしてくれると嬉しいな」


「うん……。ありがとう……」


憂鬱な気持ちになる前に渡して下さい。素直に喜べないじゃん。

まぁ父さんと母さんの事だから照れ隠しだろうけど。し、しっかし、高そうだな……。高校生に渡す物なのか? 嬉しいけど。


もう開き直った俺は無敵だった。着てやったしッ!

 

ソラなんてやめろと言ってもスマホで写真撮るの止めないし、父さんに至っては、本格的にカメラでパシャパシャされちゃうし……。何これ?


楽しいクリスマスが台無しだよ。


その後に父さんに送られて美容院行ったら、辛さが倍増したね。


似合う髪型にして貰うからって、コートを着たままで行くって言うし、動物園の見せ物状態じゃん? 狐だけに。


そして家に帰ると、決めてたぐらいの時間が近付いたので皆に電話をする。



そして、間も無くして智樹が迎えにきた。





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