第12話 クリスマス③



駅のロータリーを抜けると、高層ビルやデパートに店舗が立ち並び窓から零れた灯りが街を照らす。夜空だが、まだまだ時間的には早く、それら全てが色付き賑わっている。休日の昼間には幾度か来た事はあるが、夜に来たのは今日が初めて。


初めての夜の街に、昼間とは違う賑わいに、心が躍る。


だが、それは俺だけでは無いだろう。美香も智樹も夜に来るのは初めてなのか、田舎から初めて都会に上京した人の様な顔になっている。落ち着いてるのは沙織だけだ。もしかして一人で来てるのか?


「夜の街って凄いな」


「だね。雰囲気が全く違うね」


「だな」


美香も智樹もやはり俺と同じ感情みたいだ。


「ぷっ、田舎者みたいだしっ」


そんな俺達を小馬鹿にする様に沙織が鼻で笑う。


「沙織は夜に来た事あるのか?」


気になったから聞いて見た。


「もちろんあるよ。仕事でも来てるし。気晴らしにも来る時もあるかな」


「すげー」


「うわぁ、大人だね」


「ふんッ」


「いやいや、高校生なら普通はあるよ? しかも、まだ7時じゃん」


最初はドヤ顔だった沙織も、俺と美香の素直な賞賛に少し呆れ気味。

勿論、7時ぐらいなら皆と居る事も多い。だけどそれは俺か美香の家での事。

俺達だけで暗くなってから外で遊ぶ事は殆ど無い。それが俺達の普通だから。


よし、初めての経験だ。楽しむぞ。


っと気合を入れ、前に進もうとする。


「待って」


ずっこける勢いで、沙織が出端を挫いた。


「このままだと、人が多くて逸れるかもだし、私に良い考えがある」


なんだよ。俺の気合と共に踏み出した、この足の行き場を返せ。


「「……」」


ほら見ろ。美香も智樹も空回りした感じになってるじゃねーか。


「良い考え?」


気を取り直し、俺が沙織に訊ねる。


ってか、確かに夜でこれだけ人多いと、万が一に逸れる事もあるかもしれないけど、全員が携帯持ってるし問題無いとは思うんだけど……良い考えって何だよ。


「直弥、美香の手を繋いで上げて」


「は?」「えっ?」「あ?」


三者三様。驚き方に違いは有るが、全員が沙織が何を言い出したのか、理解出来ない様子。


「沙織は何を言っちゃてるのよ?」


そんなの美香が嫌がるに決まってるだろうが。美香もモジモジと拗ねなくて良いから、沙織に何か言ってやれよ。


「な、直弥くん……お、お願いし、ます」


少しだけ悩んだ挙句、美香がそんな事を言い出す。


「へ?」


「はぁぁぁ?」


そりゃ智樹が怒るわな。

幾ら親友だからって、お互い恋心持ってるのに他の男と手繋ぐって、それってどうなのよ。


美香も、大好きな沙織に言われて自棄になったのか? 


「美香がお願いしてるんだから、男らしくエスコートしてあげなよ」


「あぁ? それなら美香と沙織が繋けばいい」


智樹さん御尤もな意見で御座いますね。


「こんな可愛い女の子2人が逸れちゃったらどうするのよ? ナンパでもされたらウザいじゃない」


否定は出来んな。確かに可愛いし。


「ぐぬぅ」


「ってことで、直弥よろしくね」


「ま、まて……だったら、俺が……」


まぁ、そりゃそうか。


「ふぅん。まぁそれでも良いけど。その場合は私が直弥と繋ぐけど良い? 恋人繋ぎしちゃおうかな。あっ、腕でも組んじゃおっと」


えっ、まじで?


「やだッ!」


「ダメだッ!」


んー……智樹は美香とイチャイチャ出来るから良いとは思うけど、もしかして沙織も狙ってる? ハーレム願望?


それに、美香も智樹と沙織、両方取られたくないってか……。


おいおい、こんな所で三角関係出さないで。いや、もう既にドロドロじゃん。

俺どうしたら良いかわかんない。


「なら、美香にもう一度聞くけど、直弥と智樹のどっちにお願いしたい?」


そりゃあ、その二択なら智樹だろうが。


「な、な、直弥くん、で」


はい?……んん? 俺を泥沼化に引き釣り込む気なの?


あっ……あぁ、なるほど。照れ隠しか。

流石に恥ずかしいしな。俺となら気軽だし、まぁ仕方ない。消去法ってやつだな。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬっ 」


ど、どうしたんだ、智樹。

般若みたいになって、ちょっと怖い。


気持ちはわかる……だが、すまん。


こんな展開は一生に一度あるか無いかわからんのだ。

まだ二人が付き合って無い今しかない。許せ。


当て馬だろうが何だろうが、このチャンス逃す程、俺は甘くは無い。


「俺で、本当に……良いの?」


もう言い切ったもんね。


「は、はい」


よしっ、念押ししたし、もう譲らん。


でも一応は生理的悪寒とか言われると辛いし聞いとくか。


「おう……で、でも、俺って手汗が酷いかもよ? 何ならそこのコンビニで手袋買ってこようか?」


軍手ならそこのコンビニで売ってるだろうしな。


「ううん。そのままが良い」


くぅ……なにこれ。やべぇ、かわええのぉ。


「そ、そうか……。では……お粗末なお手手で御座いますが……ど、どうぞ」


「よ、よろしく」


突き出した右手に緊張が走る。


これ左のが良かったのか?

まぁどっちでも良いか。


ドキドキとその瞬間を待つと、手に柔らかい感触と暖かさが伝わってくる。


はぅ……。


昔に一度握った事あったけど、あの時は仕方なしにだったし、意識しちゃうと、めっちゃ柔らけぇ……。


「「……」」


いやいや、お互いに右手じゃん。これ握手だから。


どうやって歩くんだよ。


気が付いた俺と美香が手を繋ぎ直したところで、沙織がモジモジしだした。


「と、智樹は、わ、私と、だからね」


へっ? 


沙織が、更に酷くなった般若顔の智樹を誘った。


「はぁ? 何故だ?」


「私が1人で逸れても良いってわけ?」


そりゃそうか。自然にそうなるわな。

素直に受け入れない智樹に沙織が少し拗ねた様子。


「……ちっ、わかった。仕方ない」


「そうそう、仕方ないのだよ」


おいおい、手を繋ぐっていう思春期重大イベントなのに、もう少し照れたり、嬉しそうにしようぜ。仕方なしで手繋ぐってどうなのよ。


「ほら。ごつくて悪いけどな」


「ううん。大丈夫、大きくて安心する」


「……そうか」


智樹が戸惑いも無く男らしく差し出した手を、沙織は少し照れながらにその手をキュっと握った。


意外と雰囲気いいのか?


しかも沙織さん……乙女になっちゃってるし。

何なの、この状況……見てるこっちの方が照れるんだけど。


「な、直弥くん、いこっ……」


うおっ!


余りのインパクトで美香と手繋いでるの忘れてた。


「あ、ああ……そ、そうだな」


気を取り直し、進行方向に歩き出そうとしたところで、先ほどまで照れていた沙織が俺の顔を見て――。


「あっ、待って! 直弥はこれ没収ね」


俺のマスクを、剥ぎ取った。


「おいっ! 返せよッ!」


「だーめ」


ぶつぶつと文句を言ったが、全く返してくれない。なので仕方が無いので諦めた。そんな俺の顔面を守る物は眼鏡だけとなってしまった。


口元に寂しさを感じ、手は暖かさを感じ、気恥ずかしさを噛みしめながら人混みの大通りを自然と流れる進行方向に、お互い手を繋いで進む。


更に進むと、イルミネーションが装飾され歩道は光のトンネルとなっていて、華やかで、奇麗で、幻想的で、どこまでも続いている景色が目に入る。

 

そんな道を密着しながらに進んでいく。


煩悩まみれの俺が、美香を意識しない様に思うと、余計に意識してしまう。やばい、手汗どころか脇汗まで出てきだした。


そんな俺を嘲笑うかの如く、すれ違う人達が結構な割合でこちらを見て来る。


ふふふっ……だが、幾ら笑われても今の俺は無敵だぜ。


モテない俺が美女と手を繋いで歩くとか、凄く気持ちいい。すげー優越感。


どうよっ。めっちゃ可愛いだろ。俺の彼女だぜっ!


っと、言ってみたいものだ。


そんな事を思いながらに美香に目を向けると、俺より背が低く、何故か今はダウンのフードを被ってはいるのだが、薄く化粧をしているその顔で、俺をチラチラと見てくる。


その仕草は、凄まじい破壊力。やばい。


やはり美香は可愛い。

しかも、リップグロスを薄く塗られ艶のある唇が非常に、エロ可愛い。


繋がれた手、歩調がずれた時に接触する体、そして俺の目を見て話してくる美香の顔が、冬の寒さまで忘れさせてくれる程に気恥ずかしくぽかぽかと全身を駆け巡る。


そんな事を意識してしまうと冷たい空気に触れている俺の手や顔を熱くもなるし、俺の鼓動までも早くなる。


改めて意識すると……更に緊張してきた。

頭から湯気が出る程の汗が出たらどうしようか。


それに、触れ合った時には良い匂いもするし……逆に俺って変な匂いしてないかな? 

こんな事ならシャワーを浴びてきたらよかったと――何時もの様なふざけた思考を巡らせるが、言葉として出ない。


照れ隠しの様にチラっと後ろを振り返ると、何時もと変わらない不愛想な表情の智樹に、何時もと同じ様に明るい表情の沙織。


堂々としたもので、繋がれた手以外は何時もと同じな程に普通だ。それに背が高い二人はそれだけで見栄えが良いし、自然にも見える。


もしかして、俺だけ浮いてるんじゃないのか?


そんな風に思うと、気が滅入る。


その時、美香が恥ずかしそうな表情で、柔らかく小さな手で、ギュっと俺の手を握り返してきた。


かわいいのぉ、かわいいのぉ。もうなんでもいいや。


今の俺の気分は、最高潮。ひゃっほっー。


それから間もなくして、大きな飾りつけされたツリーに到着した。

此処を目指して歩き、その場所であるメインの広場。


ツリーの他にも周りに花が植えてあって、それにもライトアップがしてある。その周辺に木造りのベンチに石造りの椅子。そこに座ったカップル達がスマホなどで撮影したりと、クリスマスらしい風景が目に入って来る。


すっげー、リア充だらけ。

まぁ俺も今日だけは、その一員だけどな。


ふふふんっとの気持ちの昂りを感じ美香を見る。ここに到着してから、ずっと下を向いたままだし、少し疲れたのかな。


「疲れた?」


「ううん、大丈夫だよ」


うーん。こういった時に気の利いた一言が出ない。完全にダメ男じゃないか。


「そっかぁ」


き、きまずい……。


よしッ、智樹、沙織に助けを求めるよう。


後ろを振り向くが――。


二人がいない、だと……。


本当に逸れてるじゃねーかよ。


「あ、あれ? 二人はどこいった?」


「ホントだ。いないね」


俺と美香が周りをキョロキョと見渡すが、二人は見当たらない。


「どこいったんだろ? ジュースでも買いに行ったのか?」


「そうかも――あっ、ラインだ。少し待ってね」


「うん」


ツリーを撮る為に鞄から出してたスマホに目を向け、タップすると驚いた表情になる美香。ラインいいな。俺もしたいな……。


「え……」


「どうした?」


「え、えっとね……沙織からだけど、8時に駅に集合だって」


は? え? ま、まじか。

……沙織は何がしたいんだ?

 

チラっと母さんに貰った腕時計を見ると後30分程度はある。

まあ、考えても仕方ない。


「よくわからんが、折角だし見て回ろうぜ」


「うんっ」



ここまで来る時は結構な人混みではあったが、この場所は開けている事も有り、人は多い事は多いが他人と接する程でもない。だからお互いを見失う程でも無い。


だけど美香の手は俺の手を離さず握っていた。

 

もう逸れないだろうし、まだ握っとくのかと野暮な事は言わない。役得だから俺からは離してあげない。


その強い意思のまま手を繋いで歩いた先にステージが有る。そこにはライトアップされたクリスマスツリー。事前に教えてもらったが、輸入された真っ白な本物のもみの木。


辺りも装飾され白銀の世界に足を踏み入れたようなに感じさせる。

それに合わせる様に流れる音楽と光の饗宴に、俺と美香は暫し見とれてしまった。


「凄いな」


「うん、凄く奇麗」


俺は微妙なカメラ性能の携帯電話で、美香はスマホで写真を撮り、時間が過ぎていく。その頃には俺の狐への周りの目線も、何より美香への気恥ずかしさも既に無く、本当に楽しかった。


そして、予定の時間が近付いたので美香と二人で駅へ向かって歩き出す。


写真を撮る為に離されていた手も自然と繋ぎ直し、駅に向かう幻想的な光の道を一緒に歩いていると、ふと、思ってしまう。


このモテ無い俺の非現実な状況に、シリアスな思考が頭を過る。


小さな頃から女の子に間違われる、この顔。

それが原因で招いた、あの出来事。

中学の頃、美香と沙織を守る事すら出来ず、情けなく震えて動けなかった弱々しい、心に体。

その時、助けてくれた親友の智樹に憧れと嫉妬を抱き続け、少しでも近付きたくて、鍛えた体。


恰好悪く、貧弱で、寂しがりな癖に人見知り。そんな自分は凄く嫌いで情けく、全く自分を好きになれない。


だけど、母さんは俺の事を何処から見ても恰好良い男の子と言ってくれて、父さんも母さんも、そしてソラも、俺のこの顔が大好きだと言ってくれる。


だけど、それは家族だから。


そんな思考を巡らせ何気に美香を見ると、俺と繋いで無い方の手で、スマホで撮った先程のツリーの画像を嬉しそうに見ている。


いかん、いかん。


こんな楽しい瞬間に、滅入る事で思考を働かせるのは馬鹿らしい。

ぶんぶんと軽く頭を振り、もう一度美香に視線を戻す。


「美香」


「ん?」


「俺って……女みたいで、かっこ悪くないか?」


それなのに、そんな言葉が自然と口から零れてしまった。


美香はスマホから目を離し、不思議そうにきょとんとした表情で――。


「ううん。直弥くんは、かっこいい男の子だよ」


何気ない一言。


考える素振りも無く、当然とばかりに返ってきた事に一瞬呆気になってしまった。何故なら、あの時に母さんが俺に本心で伝えてくれた言葉と同じだったから。



「そうか、ありがとう」


「変なの。当然なのに」



普通なら心に響く程の特別な言葉でも無い。


何時もの俺なら冗談で済ませてしまう一言。


だが、今の俺には最上の誉め言葉。



――あれ?


心がチクっとする感覚がある。


忘れた大事な何かを思い出しそうな、そんな感覚。



――なんだこれ?



気のせいかと首を傾げ、少し不思議な思いを感じながら俺達は駅へと向かった。




今も美香と手を繋いだままに。



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