第13話 side沙織&智樹
▼ 高梨沙織
クリスマス一色になった駅前、虹色 をした噴水がイルミネーションを付く加えられ、沢山の車がロータリーを通りすぎる。改札口の前は引っ切り無しに止まらない人の流れ。
その光景を見渡せる駅ビルの壁を背に、二人が並ぶ。
少し目線を横にすると、薄地の黒のスーツを着た筋肉質で大きな体の彼。冬の夜にも関わらず、これっぽっちも寒さを感じて無い様子。その表情からは不機嫌だとも感じ取れる。
そんな彼と一緒に、二人の友人を待っている。
大した会話も無く並んでいるだけ、それでも周囲からカップルに見えてるのかも。
だけど、男の顔を見たのならば、楽しく二人でデートしていた風には見えないだろう。クリスマスなのに喧嘩でもしたのかと思われるかも。
彼である智樹は友人である直弥が関わらないと、わかり易い程に喜怒哀楽といった表情の変化は無い。
だからそう思われても仕方がない。
直弥がいないから不機嫌になっているのはわかるけど、少しぐらいは私に笑顔を向けてくれてもいいのに。
それでも、そんな彼と手を繋いだ事は嬉しかった。
私が要求してすぐ、堂々と差し出された手。私が握った瞬間、無表情を装っているけど、僅かな眉の動きを見逃さなかった。
それは、この彼である智樹が少し照れたる時の様子。少しだけでも、私を女として意識して貰えたのかも。
その後のデートも殆どは厳つい顔で愛想も無い。
それでも、私は楽しかった。
そんな私は少し異常なのかも。だってそんな彼を好きになってしまってるから。
異常な女と、不愛想な男。
「ふふっ」
「なんだ?」
もしかしてお似合いなのかもって思うと、笑みが零れる。
「別にぃ」
「ふんっ」
少し
あっ、また眉がピクってなった。少し照れたのかも。ざまぁみろ。
これからも私を、もっと、もっと意識して。
ぷいっと私から目を離した彼を微笑ましく思いながら、今日を振り返る。
彼としたかったクリスマスデート。
知ったかぶったけど、事前に調べたこの場所。
二人で来たかったけど、断れるのが目に見えていたから利用してしまった、直弥に美香。
そして、少し派手な服に、少し大胆なスカート。
彼の顔を少しでも近くにと、履き慣れないハイヒール。
母さんに手伝ってもらって頑張った、化粧にヘアセット。
何も言ってくれなかったけど、少しは異性を意識して貰えたかな。
それなら、嬉しいな。
それに、人混みの駅に到着して他のカップルを見て思いついた策の一つ、直弥へ香織と手を繋げとの言葉。最初は何を言っているのか理解出来なさそうにしていたけど、直弥と美香をくっつけるかの様な発言に、智樹はやはり不満を口にしていた。
戸惑う直弥を煽った。
戸惑う美香の背中を押してあげた。
そして、戸惑う智樹を論破して、自分の思い描いたストーリーに持ち込んだ。
噛み合っていない美香と直弥の仲を、少しでも進歩させたいのは本心でもあるのだけど、それによって智樹が直弥離れをして欲しいとのが本音。
それに、美香にも原因はある。未だに直弥の笑顔への耐性が無い。すぐに目線を外すし、これが原因で進歩がない。
確かに、直弥も悪い。あざとくやってるが飾り気のない笑顔。対義語のはずだが、それを天然でやるので余計に質が悪い。
本人は本気でキザ顔とセリフで笑いが取れてると思い込んでいるから本当に馬鹿すぎる。それでも似合うのが腹立たしいけど。確かに直弥がそれをすると笑い続けていた私が主な原因なのだけど。
それでも、美香も好き過ぎて恥ずかしく直視出来ないとか、意味がわからない。
確かに直弥の微笑みは強烈だけど、もう何年も一緒にいるんだしそろそろ慣れて欲しいものだ。
まぁそんな感じで取り合えず、美香には目を見て話す様にと待ち合わせ前に念を押しておいた。
その甲斐があったのか少し出来ていたかな?
顔を真っ赤にしながらだったけど。
しかし直弥は、そんな美香の積極的な言動と急な展開に困惑していたかも。
でも、それでいい。
そして、次は私。
平常心を心掛け、智樹は私の手を握る様に伝えた。その時の私は、鼓動が痛い程に高鳴す。拒否される不安と恥ずかしさで倒れそうだった。
だけど、いつも通り冷静に自然な感じで完璧に出来てたはず。そう信じたい。
そんな内心なんて気にしてない程に、最初はあっさりと拒否された。ショックが顔に出なかっただけ自分を褒めてあげたい。
それでも、すぐに言い訳を付け加えると先程の事が嘘みたいに素直に受け入れてくれた。ホっとした気持ちもあったけど、それ以上に何より嬉しかった。
でも、余りにも素直過ぎて恋愛対象として意識されてないのかなと。少し心配にもなるのだけど。
並んで歩くと、智樹は本当に背が高いことがわかる。背の高さがコンプレックスになっていたのに、全く気にしないでいい。
きっと彼と出会えたのは、昔の私を見兼ねた神様が巡り合わせてくれたに違いない。仕事柄そんなメルヘンチックな思考になる。
でも、それは仕方ない。
だって、そんな事を思うのも、この奇麗で幻想的な光のトンネルを、彼と手を繋いで一緒に歩いているからだ。
今なら女の子らしい良い作品が書けそうな気がする。
そんな事を思い少し目線を上げると、彼と目が合った。
思わずクスっと笑ってしまうと、彼は不思議そうに少し目を細めていた。
そんな仕草も――私は、大好き。
そんな嬉しい気持ちで歩くと、本物のもみの木を輸入して飾られた真っ白なクリスマスツリーが私達の目に入って来る。
そして、それが飾られている広場へと到着した。
駅から目的地の此処まで20分程。短かった様な、長かった様な。
到着しても智樹は今も直弥と美香の方ばかり見てる。
だから、少し悪戯をしたくなった。
私が飲み物が欲しいと自動販売機へと行きたいと、我儘を言ってやった。
それならと、智樹が直弥達を誘おうとする。でもそれは予想内。
だから、繋いだ手を強引に引き、その場から離れた。もちろん文句を言ってはいたけど渋々と一緒に来てくれた。振り払う様な事をしないのが智樹の優しさだ。
二人が見えない自販機まで連れて行き、温かいジュースを買って近くのベンチに智樹と座る。その時に手が離れてしまったのが凄く残念ではあったけのだけど、此処からでもツリーは見える。
ゆっくりとジュースを飲み、ツリーを見ながら一緒にベンチに座る。当然、一方的に話し掛けるのは、私。短い返事ぐらいしか返ってこないけど、それでも耳を傾けてくれている。
今は、ただそれだけ。
周りのカップルみたいにはまだ出来ないけど、いつかはと思いながらに話し過ぎて渇いた喉をジュースで潤す。
そして、それが冷たくなる頃、私達はツリーから離れ、来た道へと戻った。
駅に到着すると、全体が見渡せるこの場所で壁を背に二人を待つ。離れた手が寒く、何より寂しく感じる。
そんな事を考えていると、智樹に変化が現れた。
背が壁から離れ、薄っすらとした笑みを浮かべた。この柔らかい顔は私に向けられたのではない。直弥に向ける表情だ。
智樹から前方へと目線を変えると、まだ小さくにしか見えない直弥と美香が此方に向かってくるのがわかる。
智樹の直弥に対する過剰反応に、少し呆れ気味になり溜息が零れるが、まあ今更だ。
甘かった夢の様な時の、閉幕。
でも、また開幕する機会もある。
まだまだ私達には時間はあるのだから。
またの機会にはもう少し前へ進みたいな。
さて、と。
「あっ、二人が来たね」
「ああ、そうだな」
白々しい。私も人の事は言えないけど。
しかし、どれだけ智樹と直弥は、お互いに依存しているんだろう。この先が心配でならない。
だから、私は願う。
いつかは直弥が自身の魅力に向き合い、美香との距離を締めてくれる事を、と。
夜空を見上げ、サンタさんに心から願いを込めた。
そうでないと私が困るから、ね?
――頑張って。美香に、それと直弥。
▼ 岩崎智樹
納得いかない別行動も終わり4人で合流すると、電車に揺られながらに出発した駅へと引き返している。帰りの電車は行きより人が多い。当然4人が並んで座れる席は無い。現在は行と同じ様にドアの近くで電車に揺られている。
3人の話を聞いていると、何々が奇麗だったとか、素敵だったとか、可愛かったとか、俺の感性では輪に入れないので静かに聞く。
しかし、そんな話に入れる直弥は本当に凄い。俺には一生無理かも知れない。
そんな楽しそうな3人に水を差す不快な会話が俺の耳に入って来る。行きの電車と同様に、直弥に対しての悪口だ。
外ではマスクは外し眼鏡だけだった事もあり、称賛はあったが批判は無かった。
眼鏡をかけていたおかげで、何時もの様な騒動も無かった。
だから、忘れていた。
そして電車に乗る時にマスクを直弥に渡した結果が、これだ。
大半は直弥に対する嫉妬や妬みの類だが。
何故わざと聞こえるかの様な声で嫌味や批判を口にするのか理解出来ん。呆れすらする。カップルですら男が女に不服を口にしている。横にいる彼女と、この二人を比べているのがわからないのか。馬鹿なのか?
はぁ……っと、ため息が零れ、直弥を見る。
やはり直弥も気付いて、恥ずかしくて下を向いてしまっている。
それを見た美香が直弥を心配し、沙織は機嫌が悪そうだ。
楽しい時が台無しだ。
仕方ないと思い、直弥には気付かれない様、沙織の耳に顔を近付けた。
「ひゃッ」
突然の事で少し驚いかせてしまったか、すまん。
「悪い」
「ど、どうしたの?」
振り返った沙織の顔が急接近した事で、今日の出来事が一瞬頭を過る。
今日の沙織は大人の雰囲気だった。そして、繋いだ手。常日頃、異性を意識する事は無い。だが、今日は意識してしまった。
一緒に歩いた道、一緒に座ったベンチ、一緒に肩を並べた駅。それらが俺の脳裏を過る。この距離で意識しだすと思い出す。
沙織と一緒に歩いた道も、直弥と美香を見ると少し寂しさがあった。目に入らなくなった直弥を心配しながら座ったベンチ。何かあったのかもと不安を過らせながら待つ時間。
何時もならその全てを拒絶しているが、今日は沙織の雰囲気に呑まれてしまったのかも知れない。
いつもと異なる沙織に、いつもの調子が狂った。
後悔は無いが、困惑した事で俺の心情は複雑ではある。
これが恋愛感情なのかと聞かれてもわからない。何せ、それがどんなものかもわからないのだからな。
しかも今日の直弥と美香を見ていても苛立ちはあるが、怒りまでは無かった。それが何故なのかもわからない。
今日は、わからない事が多い日だ。
そんな思いが頭を過ぎ、少し間が出来てしまったのか、沙織が不思議そうに俺をみている。すぐに思考を切り替え考えていた事を伝えようと、再度沙織の耳に顔を近付けた。
「直弥のマスクと眼鏡を取ってくれ」
「はぅっ。そ、それ、いいねっ!」
少しの間の後に急に話した事で焦らせてしまったのか、その事を伝えると沙織が満足気な表情になり、下を向いている直弥からマスクと眼鏡を剥ぎ取った。
「ちょッ! 返せッ!」
当然、直弥は怒るが、かまわない。
「俺が沙織に頼んだ。今は外す。信弥さんに任されてるから、諦めろ」
「だ、だからって……」
俺と沙織に文句を言った事で顔を上げて話し、周囲の視線に気付くと再度下を向いてしまった。
その瞬間だけでも、効果はある。
元々注目されてはいたし、更に声を荒げた事で目線を集める事が出来た。悪口を言っていた奴らも直弥の顔を見たのだから、まぁ十分だろう。
流し目で周りを見渡すと、やはり思っていた通りになった。
直弥の容姿を批判するなど愚かでしかない。そんな奴等を黙らせることなんて、それこそ紙を裏返すより簡単だ。
時が止まったかの如く、直弥を批判していた奴等は呆気にとられ、黙り込んでいる。
直弥を馬鹿にしていたカップルすらも、女の方があからさまな程に彼氏であろう男と直弥の顔を比べ、凄い表情をしている。
「ぷッ」
「ふふっ」
「ふんっ」
周囲の反応に満足したのか、沙織も美香も少し吹き出しながら笑っている。
何も変わらないのは今でも下を向いたまま、この状況を理解していない直弥ぐらいだろう。
そんな俺も、非常に満足だ。
それから微妙な空気になった電車も、目的の駅へと到着した。
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