第5話 side西織美香 恋の始まり



中学2年生、初夏。


いつもと同じ学校が終わり4人での帰宅時、少し歩いたコンビニ近くで私はなんだがお日さんがぼやっとして来たなって感じた。直弥くんも智樹くんも沙織も同じだったと思う。


私の家までは少し距離があるしコンビニで傘を買うと伝えると、直弥くんが学校に傘を置いてるから取ってくると言い出した。それなら私達も一緒にと思ったのだけど、走って学校に戻れば往復で20分もかから無いからそこのコンビニで待っててと、直弥くんが私達に言った。


仕方なく2人で待つことにした。智樹くんは当然だと言わんばかりに彼に付いて行ったけど。


学校も近く人の出入りも多いコンビニだし、普段は何の心配もない。

現に私達と同じ制服を着た学生がチラホラと目線に入る。


駆け出した2人と別れて、私と沙織がコンビニの入り口へ向かうと、その駐車場で不良っぽい男子高校生5人が屯していた。


少し足が止まったけど、直弥くんがここで待っててと言うならば待たないといけないと足を進める。沙織も不良達に気付いたのか不安なのか私の袖を掴み止めようとしてる。


それでも私は中に入ってしまえば問題ないと思いながらにコンビニに近づくと、不良の一人と目が合ってしまった。咄嗟に目を逸らし無視して入ろうとすると、突然に声をかけられた。


今までナンパの類は余り無かった。直弥くんや智樹くんがいたから。

だけど直面すると恐怖からくる緊張で足が止まってしまった。


それに功を奏したのか不良達が一斉に立ち上がり話掛けてきた。


流石に無視出来る状態でも無くなったし、店内まで来られるのも嫌だったので私は丁寧に断ったのだけど、諦めてくれなかった。


最初は不良達も穏やかな口調だったのが、段々と口調が荒くなってきた。その間、遠目に見える人達に助けを求める様に視線を動かすが、私と目が合うと逸らされてしまう。関わらないと言わんばかりに足早に過ぎ去っていく。


更には店内に逃げ込もうかと思ったけど、それを察しられたのか道を塞ぐ様に立たれ、そして囲まれ逃げ場を失った。


大声でも張り上げればよかったのだけど、恐怖で震え、この時既に声も出せない状態だ。下を向いて黙っていると、痺れを切らした一人が私の腕を掴んで強引に連れて行こうとする。


痛い。


だけどそれ以上に――


怖い、怖い、怖い。



痛みや恐怖が襲って来てるのだけど、それ以上に直弥くん以外の男の子に触られたのが不快で仕方がない。痛みや恐怖に不快といった感情が込み上げてきて目頭に涙が溜まった。


そして涙が零れ落ちそうな、その時。



 ――その瞬間。



何かが、男の人に向かって飛んで来た。

私は掴まれた腕が急に離れバランスを崩してしゃがみ込み、顔を上げると……。



――直弥くん。




私の目の前に、直弥くんがいる。





その姿は、震える足で、震えてる手で、綺麗な顔を怒りに染めて――私を庇う様に立っている。直弥くんが体を張って、私を助けてくれた。


安心から遂に私は我慢の限界を超え、声を出して泣いてしまった。

そんな私の頭をポンポンと優しく叩きながら『もう大丈夫』と言ってくれた。



だけど、突き飛ばされた男の人がすぐに立ち上がり、他の不良の人達と一緒になって怒鳴り威嚇してくる。


それ以上何も言わない直弥くん、震えているのが私でもわかる程だ。


もちろん、不良達もわかったのか直弥くんに対しての警戒心が薄れると、突き飛ばされた不良が直弥くんに向かって行く。


これからの展開を予想し、私は報復される怖さで目を瞑る……。


だけど聞えてくる悲鳴は直弥くんの声では無く、先程まで私に恐怖を植え付けていた男の人達の声だった。


恐る恐る目を開けると、信じられない光景が目に飛び込んでくる。


直弥くんに張り付いて離れなかった智樹くんが、その人達を容赦無い程に投げ飛ばし、殴りつけていた――智樹くん1人で5人相手に。


映画の様な信じられない出来事に呆然とし、直弥くんと沙織に目を向けると私と同じ様な顔をして驚いていた。


それから直ぐに、騒ぎになっていると気付いたコンビニの店員が警察に通報したと告げると不良達が慌てて逃げて行き――そして、私達もその場から逃げた。


この時、恐怖よりも安心感が勝ったのか、直に足が動いた。終始無言だった沙織も大丈夫そうだ。


あの恐怖の後に何故か安心できるのかは……直弥くんが私の手を握ってくれてるからだ。


繋がれた手は逃げる為で、仕方ないのはわかるのだけど、不思議な感覚。

不良に触られ不快だった箇所が清められているとでも表現する方がしっくりくる。


あの時、あの瞬間、私は直弥くん以外に触られた事が凄く不快だった。

痛みや恐怖は確かにあったのだけど、それ以上に不快な気分で涙が零れそうになった。


――何故?


直弥くん以外に触られ嫌だったからだ。


――でも今は?


直弥くんの手から伝わってくる温もりが私を安心させてくれる。


――だから?


そっか。私は――。



私達はそのまま、直弥くんと智樹くんに家まで送って貰った。

家に帰ると両親に何があったのか説明した。その説明で私のパパとママは直弥くんと智樹くんに称賛を送り続けた。


まだ頭がボーっとしてるのか、曖昧に答えてしまったけど。


そして、両親も私も落ち着きお風呂に入ってから夜にベットに潜り込む。

電気を消し暗くなると、やはりまだ少し今日の恐怖が込み上げてくる。


あのまま直弥くんが来てくれなかったらどうなっていたのか。

最悪は何処かに連れられ取返しの付かない事になっていたかもしれない。


怖いと思い布団の中に入っている体がブルっと震えた。


だけど、それよりも――。


直弥くん以外にあれ以上触られると思うと吐き気すらしてしまう。


直弥くん。私を体を張って守ってくれた――朝比奈直弥くん。


私を助けてくれた時、震えながらにも安心させる為に、頭を優しく叩いてくれて優しい言葉を掛けてくれた、直弥くん。


手を繋いで走ってくれた時も震えがこの手に伝わって来た。それでも握った手を離さずにいてくれた、直弥くん。


励ましてくれた優しい声。

私の手を包み込む程に、大きく温かい手。

私を助けた代償に汚れた、制服。少しボサボサになっている、髪の毛。

私を気遣って振り返ってくれている、横顔。

そして、私を家に送るまで絶やさなかった、無理してるとわかる、あの笑顔。

今まで見せた事の無い、男の子らしさ……。


その時の事を思い出すと鼓動が高鳴って痛い。


恐怖が込み上げてきたから……違う、そうじゃない。


――私はもうわかってる。


これが何なのか……そんなの、決まってる。



そう意識した瞬間、私の中で直弥くんの印象を完全に異性への感情へと変えた。


でも、今までも好きだった。でもでも、その感情とは少し違う。


出会ってから好きになるまでそんなに時間もかからなかった。小学生から芽生え始め、好きだと思う気持ち。


でも、それは王子様みたいな容姿が素敵で、一緒にいて楽しく、優しくて……そんな直弥くんが好きだった。


――初恋。


思春期による男性への興味。容姿が素敵そんな言葉から来る恋の感情。


だけど……私の中でずっと思ってた事がある。


直弥くんと出会ってから、直弥くんより好きになれる人がいなかった。直弥くんより魅力のある男性がいなかったから、直弥くんより優しい男性がいなかったから、直弥くんより一緒にいたいと思える男性がいなかったから。


だから、直弥くん以外で恋を感じさせてくれる男性がいない。もしかして……このままだと、私の人生で出会う男の人を直弥くんと比べちゃうのかなって。


私は少し夢見る少女と言うよりは現実を見てしまう節があると、ママに言われた事がある。


そして、今までチクチクと胸の中に潜んでいた感情。


直弥くんとお付き合いが出来たとしても、別れる可能性もある。

幼馴染からの生涯を通して添い遂げるなど、ほとんど夢物語。今は良いところしか見えないけど、付き合いが深くなれば成る程に嫌なところも見えてくるかもしれない。いつかは別々の道に行く可能性の方が高い。


まだ人生経験も無く恋を始めたばかりの中学生の私が熟年の悟りを開いた思考を持つのは性格なのだろうけど。


それでも、そんな不安な思い以上の、この感情。


私は常に冷静に物事を考えられてたはず。


だけど、だけど、抑えられない。



もう……無理。


 

ずるい、ずるい、ずるい!



好きから……【愛してる】に変えちゃうなんてっ!




私だけこんな気持ちにさせるなんて……。


本当にずるい、よ。



うん、やっぱり、もうこの気持ちを抑えるのは無理だ。


だから、決めた。


覚悟もする。誓いもする。





私は一生、朝比奈直弥くんを――。




【愛します】





直弥くんの好みの女性になるし、直弥くんが私しか見向きもしないぐらいになる様に頑張る。




それを思ってから引っかかっていた気持ち悪さも無くなった。


そして私の世界が動き出した。


直弥くんとの出会いが運命で、他の男性への興味までも無くさせちゃったのだから、責任を取って貰います。


浮気なんてする暇も与えてあげないんだから。

他の女なんて近付けもさせない。これは智樹くんの協力もあるから当分は大丈夫かな。変わりに私も触れるぐらいには近付けないのだけど……。


そんな思いを巡らせ、高校2年生にまでなってしまった。


直弥くんは激しかった人見知りも多少は改善した。何せ誰が見てもカッコいいのだから人を寄せ付けるから仕方ないと事なのだけど、私にとっては良いのか悪いのか微妙だ。


しかも、今のところ……直弥くんはそんな私の気持ちなんて気付いてもくれない。


どうしてわかってくれないんだろ……本当に不思議。




――こんなにも、愛してるのに。




私以外の女性をチラチラと見るし、親友の沙織にも時々鼻の下を伸ばして見てる事がある……そんな時は見せ付ける様に沙織とイチャイチャして私を無理やり意識させてあげてるのだけど。


でも、時々だけどね……私を意識してくれてる。特に胸とか、だけど。


言ってくれたら全部見せてあげるのに……直弥くんが望む、全てを。


あ、でも、見つめられたら、きっと気絶しちゃうかも……出来るかな?


ううん。頑張る、直弥くんの為だもの。


こんな私って凄く愛が重いって沙織が言うの。


そんな事は無い、普通だよ。


更に沙織が私をヤンデレってまで言うし、本当に失礼しちゃうよ。



そういえば沙織で思い出したけど、あの事件があった次の日、沙織が髪を切ってきた。


何か心境の変化があったのかと思ったけど、何となく理解出来たから、それ以上は聞かなかった。


だけど、凄くかわいかった。


一瞬、もしかして沙織までと思ってしまったけど、智樹くんを見る目が答えかな。仮に直弥くんの方だったとしても、私は誰にも負けない。誰にも直弥くんは絶対に渡さない。


もう彼しか見えない。


彼だけでいい。


彼が好き。


直弥くんが大好き。




――超超超、愛してる。





だけど……沙織と同じくあの出来事以降……少し直弥くんまでも変わってしまった。



アクション映画を観て坊主するって言い出したり、体を鍛えてマッチョなるって良い出したり、真っ黒に日焼けするって言いだしたり、と。


絶対に……智樹くんの悪い影響を受けたに違いない。


私ぐらいになると、どんな直弥くんでも受け入れられるけど、そんな事をしなくても今の容姿も凄く素敵だから無理しないで。




私だけの、王子様。









―――と、直弥くんの後ろ姿を見ているとそんな事を思い、頬が緩む。


カシャ カシャ カシャ


「美香……頬が緩んでるよ? また何時もの病気かな?」


「沙織、病気って失礼だよね……そんなのじゃないよ。普通だよ」


病気は無いよね。可笑しな事を言うんだから。

と、思いながらにスマホをタップする。


「……はぁぁぁ、普通は毎日飽きもせずに、隠し撮りなんてしないから」


「隠し撮りじゃないよぉ。直弥くんが撮っても良いって言ったし」


承諾済みなの。同意の下だからね。


「へぇ……それは、いつ?」


「えへへっ、中学3年の時かな。自然な表情が撮りたいからいつでもいいかなって聞いたら、いいよって言ってくれたし」


あの時は嬉しかったな。何時でも撮っていいって了解貰えたから。


「何年も前じゃん。それに、あれは夏にみんなでキャンプにいった時だけでしょ?」


「違うよ? あれは、これからもって事だから」


キャンプ楽しかったな。何時かは2人だけで行きたいね。


「はぁ……もうマジでヤンデレ」


「ヤンデレじゃないよ。普通だって」


またヤンデレって言ったし。


「あーはいはい」


「ぶぅー」







そして今日も直弥くんと一緒にいる楽しい一日が始まる。








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