第4話 side西織美香 出会い



雲がちらちらと浮かんでいるものの、空の大半は澄んだ青色で、朝の冷気とともに新鮮に輝き、今の私の気持ちと同じくらいに快晴。騒さわがしくも寂さびしくもない小ぢんまりした道筋を彼と一緒に歩む。


カシャ


彼の後ろ姿を見ながらに、歩調を合わせて、彼と一緒の空気を吸って、彼と一緒に歩く――今はそれだけで心が躍る。


カシャ


だって、未だに見つめられるだけで、キュン死しちゃいそうになるから。

もう少し耐性が出来たら……出来れば、だけど……手を繋いで一緒に歩きたいな。


カシャ 


初めて出会ってからもう何年も一緒にいるけどカッコ良さが増していくし、色気まで備わってくるから本当に困るよ。 


誰かに取られたりでもしないか、心配で心配で……。


カシャ カシャ




△▼




そんな彼と初めて出会ったのは、忘れもしない小学五年生の時。


家に来客者があるのを知らなくて、ノックもしないで応接室に入ったのが始まりだった。

部屋のドアを開けると、正面にパパがいて、背中しか見えなかったけど大人の女性がいた。後で聞いのだけど、仕事上の話だったみたい。


もちろんそんな事なんて当時の私がわかるわけも無く、私に気づいた女性が振り返ると、その女性の顔を見て凄い衝撃で固まってしまったのを今でも覚えている。


人間って予想出来ない事が起こると微動だに出来ないって、あの時初めてしったかも。その原因は目の前の人。優しそうな表情で微笑んでいる凄く奇麗な女性だった。


パパは急いで私を追い出そうとしたんだけど、その女性が優しい笑顔で歩み寄って来て、腰を下ろし私の頭を撫でながら少しだけお話してくれた。


そして、その話の中で『私の息子と同じ歳ね』って。


気にならないはずがない。だって、こんな素敵な女性の子供と同年代なんて興味が沸かない方がおかしい。


それから少しだけ話ながらに、チラっとパパを見ると渋い顔してた。だけど、その時の私はその女性に、その同年代の息子に、興味深々。


勿論、後でパパに怒られたけど。


帰り際に私に向かって、そこまで家も遠くは無いから一度遊びに来たらって言ってくれた。当然行きたいって答えた。


それから凄く楽しみでパパを急かして急かして……それから数日後、パパと一緒にその人の家に行った。


車から降りてすぐに目に入るのが、白くお洒落な作りな家。凄くかわいいとの印象を受けた。


そして玄関のインターホンをパパが鳴らし名前を告げると暫くして玄関のドアが開く。


『――えっ!?』っと、一言が口から零れた。


だって凄く吃驚したから。見上げてる視線の先には、何かの物語に出てきそうな凄く綺麗な外国の大人の男性だもの。


背が高くてスマートで、しかも当時の私は外国の人ですら生で初めて見たのだから仕方がない。

髪色は銀髪で幻想的にキラキラしていて、目の色が透通る空の様に青くガラス細工なのかと思える程に凄く綺麗。

後にこの男性のお父さんが外国人でお母さんが日本人だって教えて貰った。


本当に恰好良いって言うより奇麗な人だった。しかもハート柄のエプロンが凄く似合ってて可愛いとか反則。


それだけでも驚愕なのに、後ろで隠れる様に、その男性のズボンをキュっと摘まんでる小さな男の子。


当時小学生の私が描いた感情は、正しく天使。

チラっと見たパパですら頬が緩みきってたんだよ。


立ち直って簡単な挨拶を交わし家に入ってリビングに行くと、あの女性が座っていた。その膝に頭を預けてる男の子と一緒に。


顔は見えないけど父親と同じ銀髪。背は私と同じくらい。顔は見えなかったから興味津々にゆっくり入り口から数歩近付いてその寝顔を見た。


それが初めて『朝比奈直弥くん』との出会いだった。



初めて見たその瞬間、私の時が止る。




次い驚愕の余り沈黙を通り越して薄く笑ってしまった。あの時の私の顔って凄かったのかな? 直弥くんには絶対に見せれない表情だったはず。


それ程に、吃驚。


この家族はびっくり箱なのだろうか。


今だから思い出せるけど、当時は瞬き忘れるぐらいに見惚れちゃった。瞬きをしなかったのが原因なのか、感動なのか分からないけど涙目だったのを覚えてる。


驚いて、笑って、泣く。

直弥くんの御両親には変な子だと思われたかも。


パパが苦笑いしながらに女性と話をすると、その女性は優しく男の子の頭を撫で、耳元で何かを呟いた。


すると、ビックリした男の子が目を覚まし、キョロキョロと周りを見渡した。

何か怯えている感じだったのだけど……私達がいたからかな?


そして、私とパパを見て第一声がゴメンなさいだった。

目を合わせて恥ずかしいやら嬉しいやらの気持ちも吹き飛び、我に返った私は意味わからなくて今度は本当の意味で少し笑ちゃった――あの時、何に対して謝ったのかわからなかったけど。


それからも、私の興味は朝比奈家の特に直弥くんに染まっていった。


パパに強請り家に連れて行ってもらったり、私の家へ誘ったり、学校のお迎えの帰り道に態々遠回りをしてもらって直弥くんを待ったりもした。


直弥くんは警戒心が強く、人見知りの彼に私を受け入れてくれるまでは本当に大変だった。


今考えると恥ずかしいぐらい強引だったかも知れない。


だけど、私が直弥くんと会う時に結構な頻度で一緒にいる男の子が邪魔だった。

背丈が大きく偉そうな口調で、常に私と彼の仲を邪魔してくる。


直弥くんと私が手を繋いで外に出ようとしたら遮ったり、触れる程に近付くと間に入ってきたり、そんな感じ。普通にお話をしている時は口を挟んでこないし、邪魔もしてこなかったので我慢は出来たけど。


もちろん、その男の子になんて全く興味は無い。あるのは直弥くんだけ。


でも、まだ今程の感情も無かったし、仲の良い、可愛くて、綺麗な顔で、男の子としては少しだけ興味がある友達ってぐらいの認識しかなかった。まあ、例えるならテレビの中のアイドルと直接遊んでるぐらいの感覚かな。


そして年月が進み、中学校に入学を決める時がやってきた。


私は私立小学校に通ってて、そのまま系列中学校に進む予定だったのだけど、両親に我が儘を言って彼と同じ中学校にして貰った。

学校は家からも近かったし、折角仲良くなった友達と離れたく無いと伝えると、ママは賛成してくれてパパは渋々に認めてくれた。卒業まで成績上位になる事の条件付きだったけど。


そして無事に一緒の学校に入学出来たのは良かったけど、残念な事に彼と同じクラスにはなれなかった。そんな私は彼以外の友達が中学校にはいなかった。だって少し遠い小学校に通っていたから。


凄く心細くて彼と離れてしまった事が寂しくて授業以外は常に彼の元へと向かった。

その結果、気が付いたらクラスの人達と仲良くする機会が殆ど無かった。


打開するにはクラスの人達と話しでもすればよかったのだけれど、寄ってくるのは殆ど男子、あからさまな程に思春期が芽生え始めた異性への関心。酷い人は私を姫扱いまでされた。


勿論、興味など湧くはずも無く、無難な受け答えで流していたけど、そうなってくると女子達からは虐めまでは無かったけど、近付いて来なくなっていた。


そして――孤立した。


そんな新学期から2学期に変わると席替えがあり、そこで沙織と出会う。


遠目では知ってはいたけど間近で見る沙織への第一印象は、腰までありそうな黒髪で顔が隠れるほど前髪も長くて、猫背で常に下を向いている無口な女の子。


沙織には失礼だけど、少し前にママがパパのいない時に一緒にこっそり観た映画のさだこちゃんに凄く似ているって思ってしまった。あの映画は怖くて本気泣きしちゃった。一人で寝れないぐらいに。あれって当時小学生の私が観てもよかったのかな?


そんな沙織は周囲から、酷い呼ばれ方をされていたし、余り誰も近付かない。直接では無いにしろ間接的に既に虐めでは無いかと思うほどに。だけど沙織は気にしてる素振りを見せなかった。私はそれが凄いと思った。私なら絶対挫けると確信出来るし、学校に行かなくなると思う。


暫くの間その様子を間近で見ていた私は、同じ様に友達が少ないってことから親近感から興味が沸いてきた。


そして勇気を出して話し掛けたのが始まり。


最初は些細などうでもいい様な会話。だけど思いもよらない程に馴染んだ。

それから日々がたつにつれ、私達が仲が良くなるのにそんなに時間は掛からなかった。会話を重ねていくと、彼女は無口とは無縁な程に良く話をしてくれた。


特に話題の中心は、私の知らない空想世界の話。

当時アニメや漫画を観なかった私にとっては凄く新鮮で面白く、彼の元へと行かない時がある程に話し込んだりもした。


沙織は絵を描くのが趣味で、自身でも漫画を書いていると聞いた時には凄く驚いた。特別に、との事で見せて貰った漫画は本当に絵が凄く上手で驚いてしまった。ストーリーは……私にの感性では少し理解が出来なかったのだけど。


それからの私は、彼と沙織で半々ぐらいで学校の休憩時間を過ごした。その時には、周りになんて言われても全然構わない。彼と沙織さえいてくれたらそれで良い。そんな歪な思考が芽生えてきた。そんな彼に常に張り付いて離れない男の子は、正直邪魔だったけど……。


そして、ある時、直弥くんに沙織を直接対面させる事を決意する。

女性を近付けたくは無かったけど、私の親友となった沙織なら良いかと思ったからだ。でも彼を好きにならないか、本当は心配ではあったのだけど。


彼の元へ一緒に行こうと誘ってみると凄く嫌がられた。

私なんかが――とか、恐れ多い――とか、謙遜ばかり。


それでも引きずる様に連れて行くと、直弥くんは戸惑いながらも恐る恐る沙織に目線を送った。


直弥くんが決心した様に下げていた目線を上げ、沙織の足元から徐々に上へと顔を上げた。だけど私は見逃さない。一時停止したのが胸あたりだったのを――確かに沙織は中学生にしては胸の発育がいい。だから余計に目線とかには敏感なんだよ。気付いてないと思ってるのは男の人だけだから。


そんな事は口には出さないけど、場の空気が重い。

私が沙織と友達になった事は以前に伝えてはいたけど、やっぱり直接会うのは人見知りな直弥くんにはハードルが高かったみたい。


それでも直弥くんが照れなが頬をかき、きょどり微笑みながら、『ぼ、僕は、な、なおや、だよ、よよろぴく』って言ったの――噛みまくりの挨拶。直弥くんらしいけど、最後がぴくってなってるよ。


その後ろで腕組んで見守ってた男の子も、直弥くんの後に『俺、智樹……よ、よろぴく』って照れながら言い切った――恥かしいなら真似しなきゃ良いのに。


そんな様子が興を引いたのか、沙織がくすくすと声を出し笑いだし、そして小さな声で、宜しくって二人に言ってくれた。だけど、直弥くんのスマイルに耐えれるとか……沙織って本当に女性なのかって思ったのは内緒。


その後も色々と話をしたけど、沙織が漫画を書いてる事は口にしなかったから、私もこの時は彼には伝えなかった。


それからは4人で行動することが増えたけど、沙織を見ている限り直弥くんの事を異性としては好きって感じでは無かったので、ホッとはしたかな。


そして暫く、智樹くんに邪魔されながらにも、仲も良く平和な日々が続いてはいたのだけど、ある日……これからの私の人生を決める、運命の日が訪れた。



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