第7話 side蒼空



最寄りの駅から徒歩10分。全体的に白く、オシャレ感のある4LSDKの一戸建て住宅。周囲も同程度の大きさの住宅も多い事から浮いてる訳でも、特に目を引く程でも無い。その地下にはSであるサービスルームがあり、購入時にスタジオとする為に元々は広く取い間取りで建築されたが、数年前にその横の物置などを撤去して改築し拡大した。現在は3分の1がトレーニングルームとなっている。


蒼空は学校が終わると急ぎ足で、この朝比奈家へと帰宅する。


帰宅すると服を着替えてから父親である『パパ』と二人で目的地であるメイクアップスタジオへと車で移動する。このメイクアップスタジオ『ラッシュ』は美容院も運営しており雑誌などでも取り上げられ結構有名な店舗でもある。


蒼空の兄である直弥こと『おにぃちゃん』もここでしかカットはしない。厳密に言うならラッシュ以外は母親から禁止されてる。


そして今回の撮影に合わせたメイクにヘアアレンジを済ませ自宅へ戻り、今は自宅のスタジオで撮影中。


初めの頃はパパの様々なポージングの要求は照れくさく難しかったけど、今では何とかこなしてはいる。


そして、今も――。


「横向きでカメラ向きに肩を入れてね」


「こんな感じ?」


次のポージングの指示が出たけどもう結構慣れたので、パパの求める物がなんとなくわかる。


「いいね。後は少し二の腕は体から離そうか」


「はいっ」


「もう少し首を軽く傾げて」


カシャ――カシャ、カシャ。


「いいよ。凄くいいよ、完璧。――蒼空そらくん、もう少しそのままね」


カシャ、カシャ、カシャ。



何故こんな事をしているか、それは今日は新商品の発売に合わせ仕事が入っている日だから。


僕は、朝比奈蒼空あさひなそら。中学二年生の男子。ファッションブランドである『ラザ(RAZA)』の専属モデル。


中学校に入学と同時にラッシュの店長の推薦で初めたのがきっかけ。

ラッシュの店長とは以前からパパとママと交友が深かったみたいで、とんとん拍子で話が進んだ。


自分で思うのは自意識過剰っぽいけど、人気もそこそこはあるみたいで、が出来る戦力として結構な頻度で仕事を貰える。


中学生である今は現場での撮影は極力減らし、主には自宅での撮影が中心なので学業に支障は出ない。

自宅で撮影と言っても、僕のパパは結構有名なフォトグラファーでスタジオにも力が入っているから専門のスタジオと変らない。


それでも仕事上は現場に行ったり、自宅にスタッフが入る時も有るけど、概ねは今日みたいにラッシュでメイクアップしてからパパとの撮影がメインとなる。


僕は勿論の事、パパも仕事なので真剣な表情だったけど、今の撮影が終わると、ふぅっと息を吐き、何時もの優しい表情のパパに戻った。


「蒼空くん、お疲れ様。少し休憩しようか」


「はぁい」


気が張ってた空気が緩み一息つく。


二人で階段を上りリビングへと行くと、パパが冷えたジュースを出してくれた。

精神的にも体力的にも、疲れた体に冷えた飲み物は気持ちいい。


少しパパと雑談していると、玄関から『ただいま』との声が聞こえる。


「あっ、おにぃちゃん帰って来た!」


微笑むパパを横目にソファーから立ち上がる。


「だね。蒼空くん、これを――」


僕は、おにぃちゃんが大好き。

言葉は少しきついけど、凄く優しいしカッコいいから。


僕の自慢のおにぃちゃん。


パパが何か言ってたみたいだけど、嬉しさの余り直ぐに駆け出してしまった。ドアを開け玄関を見ると、おにぃちゃんが靴を脱ぎ、玄関先で僕を視線で捉えると、口が半開きのままに、固まっている。


「おかえりー? どうしたの?」


少し疑問に思ったけど、自分の恰好を見てるおにぃちゃんで思い出した。


そういえば撮影のままだった。


撮影の合間におにぃちゃんが帰って来る事は多々あるけど、この系のファッションは見せない様にしていたけど、今日はもう少し撮影したいとパパが言ったのでそのままだった。


「あらら」


「えへへっ、やっちゃった」


「………」


パパが手で目元を抑え、天を仰ぎ、おにぃちゃんは呆然としたまま。

これはもう言い訳出来ないと思い、開き直る事にする。


「おにぃちゃん、そんなに見つめられると照れるよぉ。もしかして……ソラに見惚れちゃったかな? でも兄弟だから見るだけだよ? どうしてもって言うならぁ……お触りはちょっとだけだからねっ」


「………」


軽い冗談を言ったのだけど、それでも、おにぃちゃんの表情は消えたまま。


「直弥君、蒼空くんかわいいでしょ? 父さんお気に入りなんだけど、どうかな?」


直ぐにパパも諦めたのか、フォローしてくれた。

パパの声でおにぃちゃんがハッとした表情になる。頬が引き攣ってるのは気のせいだと思いたい。


おにぃちゃんは僕が女々しくするのを心底に嫌う。

理由を知っているだけに、少し後ろ目痛い。


「なななな……」


「「な?」」


声無き声が玄関に響き、おにぃちゃんが我に返ったかの様に表情が変わった。

 

「な、なぜ……そ、そんな破廉恥な恰好を……」


破廉恥って……今時は余り聞かないね。かなり動揺してるっぽい。

でも怒って無くて良かった。怒りを通り越したのかな。


「直弥君、今更だよ? 父さんフォトグラファーだから蒼空くんにモデルして貰ってるんだよ。知らなかった?」


然も当然の如く平常心のパパ。流石はおにぃちゃんの扱いが上手い。


「ソ、ソラが、モデル……?」


「そうだね」「そうだよ」


ぷっ。おにぃちゃんの頭上に疑問符が見えそう。

ふふふ、驚いてる、驚いてる。内緒だったし、当然おにぃちゃんは知らないからね。


「い、いや……父さんの仕事は知ってるけど……。な、なんで……弟がモデルで……何故に、女装なの……よ」


おにぃちゃんの中では露出の多い女装は破廉恥なのかな? 

まぁこの衣装は夏物だし少し肌が出てるから仕方ないかな。


「これね、メーカーの一押しなだって。これ着てる蒼空くんかわいいでしょ?」


「えへへッ、もう、パパっ、嬉しい!」


わーい。パパに褒められちゃった。


「キャッキャ飛び跳ねるな! そのピラピラするスカートが余計に嘆かわしいわッ」


あっ、やっぱり怒った。


「直弥君、そんな言い方はパパは悲しいよ」


「ご、ごめんなさい……」


プンプンと怒るパパに素直に謝れる、おにぃちゃん。そんな所も大好き。


「えっと……でも、さ……。ソラは男じゃん?……。いいの、それでも……?」


「いいの、いいの。仕事だしね。それでお金を貰ってるんだから」


「え? お金を貰っている、だと……」


うん。お金に反応するんだ……。流石おにぃちゃん、ぶれないなぁ。


「うんうん。蒼空くんは人気モデルさんだよ。父さんの仕事部屋にある雑誌って蒼空くんがモデルしてるの結構多いからね」


「はい? えっ? マジで?」


「マジで」


「えへへ」


パパったら、照れるよぉ。


「もちろん、仕事だから着てるだけだからね。流石に普段は着てないよ。ねっ、蒼空くん」


「うんっ!、仕事だからだよ?」


「そ、そうなの、か……?」


「「そうだよ」」


かなり困惑して納得できていない様子。


「あっ! 余りの衝撃で忘れてたけど、SNSにも女装してるじゃないか!」


「えっ、おにぃちゃん見てくれたんだっ! 嬉しいっ」


やっと気付いてくれたんだ。


「褒めてないわっ!」


「直弥くん、怒っちゃダメ。あれも仕事だからね」


「あ、はい……」


もうパパも仕事って言っとけば大丈夫って確信してるのかな。それなら僕も乗っかとかないとね。


「そうだよ。仕事だから」


「……へぇ。ソーナンダ。シゴトナンダー、スゴイネー。はぁ……もう疲れたからどうでもいいや。だけどそんな恰好で外にだけは出るなよっ! 絶対だからなっ!」


やっぱり仕事と言っとけば問題無さそう。今後も仕事だからって事で押し切っとこうかな。でも、おにぃちゃんゴメンね。外出たことも多々あるんだ。でも今は内緒にしとこ。


「うん。仕事以外では出ないよっ!」


嘘は言ってないよね? 周囲の反応を見るのも仕事の一つだしね。


「おう」


「ふふふっ、相変わらず直弥君は蒼空くんには、やさしいね」


だねー。おにぃちゃん的には凄く嫌なんだろうけど、口では拒絶もするけど、最終的には僕のしたい事に納得してくれるんだよね。やさしー。


「そんなんじゃないしっ。仕事だから納得しただけだしっ」


あっ、ちょっと照れてる。かわいー。


その後、ブツブツ言いながらに自室へと行ってしまった。


「何とかなったね」


「そうだね。直弥君もそろそろ自覚して貰わないといけなかったし、丁度良かったかもね」


「……うん」


パパの意味深な言葉には、訳がある。


おにぃちゃんは僕なんかより、よっぽど恰好良い。だけど恰好良過ぎたのかもしれない。だから今の様になってしまったんだと思う。


おにぃちゃんは幼少期から目立った。いや、目立ち過ぎた。


綺麗な銀髪に、透通る様に神秘的な程の青い眼。中世的な整った顔立ち。かなり日本人離れしている。


僕はママに似て、黒髪に黒眼。でも、おにぃちゃんは遺伝なのかパパの系統である青い眼と銀髪を受け継いだ。


天然で銀髪の人は非情に珍しいとの事。ご先祖様がロシア系なので、子供の頃に天然の金髪だった子が年を経るとグレーがかった髪の色になり、それが結果として銀髪になると言う珍しい家系じゃないかと、ラッシュの店長が言ってた。だけど、おにぃちゃん的には白髪まではいかないグレーな感じだと思ってるけど。


実際にパパは子供の頃は金髪だったらしい。おにぃちゃんも生まれてからは金髪だったらしいけど、暫くして銀髪になったみたい。小さい頃の僕はそれが凄く羨ましかった。だって凄く綺麗だし、なのに、僕は黒髪だから。でも今はママに似てきてるから十分に満足しているけど。


そんなおにぃちゃんが目立たない訳がない。


幼少期は他人からは女の子と思われる事なんて幾度もあったし、無断でネットに晒されたりもしてた。同年代の男の子からは自分達と異なる髪の色に、目。そして女の子みたいな顔。更には寄ってくる女の子からはチヤホヤとされた。


それらの事は原因で他の男の子からは子供ながらに嫉妬を受け、冷かしや、虐めの対象にもなった。その時に周りに集まっている女の子達も言い返すが、おにぃちゃんを女性扱いでの男子批判。


すぐに自分が他と異なる事に気付きだすと、自分の容姿を徐々に嫌いになっていった。


でも救いだったのが、智樹くんの存在。

当時ガキ大将的存在だった智樹くんが、おにぃちゃんと仲良くしだしたお陰で、物理的な虐めなどは無かった。


だけど、智樹くんが何時も守ってくれる事は出来ない。そんな中で小学校の時に決定的な事件が起こった。その時にトラウマを植え付けられ、それから自身の容姿を嫌う様になり、人見知りが激化してしまった。


更に中学校で喧嘩をして帰ってきてから、おにぃちゃんの男性の容姿基準や価値観が完全に変わってしまった。そのモデルとなってる理想的男性像が智樹くんなのは語るまでも無い。


決して智樹くんが不細工とかではないのだけど、美形かと言われれば絶対に違うと断言出来る。完全な漢と表現出来る男性だ。そっち系の男性や戦闘系民族の女性からは凄くモテそうだけど、現在社会の女子からはモテにくいと思う。初見で見ると怖いし。


そんな、おにぃちゃんの感性は独特だ。他人に流されないと言えば良い様に聞こえるけど、頑固としての自身の価値観を持っている。


自分を不細工と勘違いしてる程度なら、まだ周りの影響などで改善もされるのだろうけど、おにぃちゃんは心の底からイケメン=漢の方程式が出来上がってるので自分がイケメンだとは本気で思いもしていない。


だから他人から何を言われても否定する。あらゆる誉め言葉も小さい頃から女性扱いされていた時に言われ慣れしてしまったのか、冗談としか聞こえていない。


でも、何時までもそのままじゃダメだ。何よりも自身を認めてあげないなんて、すっごく悲しいよ。


僕はおにぃちゃんの事が大好き。もちろん内面も、その容姿も。

皆に自慢したいし、堂々としたおにぃちゃんと一緒に遊びたい。


僕だけじゃない。パパもママも気にしている。

もちろん、智樹くんも沙織ちゃんもだよ。そして何より、あれだけあ露骨にアピールしてる美香ちゃんの気持ちを素直に受け止めようよ。


自分に自信が無くて、その思いを否定してるのは分かるけど、両想いなのは誰が見てもわかるんだからね。




っと、おにぃちゃんの事を考えていたのだけど。


「あれ? 蒼空くん、難しい顔してどうしたの? 疲れっちゃったかな?」


「ううん、大丈夫。よしっ、休憩終わり。続きだねっ!」


「ふふふっ、はいはい」


もうパパったらそんなジド目しちゃってさ、おにぃちゃんの事を心配したのがばれちゃったかな。本当に何でもお見通しなんだから。



それから無事に撮影も終わりママが帰宅したんだけど、おにぃちゃんがスマホを買って欲しいって駄々捏ねて、頭を張り倒されていた。


ぷぷぷっ、おにぃちゃんには、スマホはまだ早いよ。

自分を受け入れ、トラウマが完全に消えたらだね。



そんな事を思いながら自身のSNSを確認すると、何故かフォロワー数が急に増えていた。



なんだか凄く嬉しい気持ちになって、お布団の中へと入った。






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