第8話 カフェ



12月も中旬に入り、気持ちが滅入るような寒い日が続く。非常に辛い。


将来、見事なまでの立派なゴリマッチョになる予定のこの体にも弱点がある。

非情に寒がりだと言う事だ。


貧弱かもしれないが、それを補う為に変わりに外部から身を守る衣が必要とされる。勿論、既に装着済み。


ヒートテック装備、もちろん上下。そして更には、頭にはソラの手編みのニット帽、首には美香から手編みのマフラー、手は智樹から貰った革の手袋を装着し、完全武装済み。これらは俺への誕生日プレゼント。


これが無ければ俺は耐えられない。極寒の冬を越すことが不可能――否、死ぬ。


しかし、それでも、まだ寒い。


「はぅ、さみぃぃぃい!」


毎度毎度、叫んでみるが仕方がない。マジで寒いんだから。

暖房が無くなった寒い下校時とか、この世の地獄。


「直弥くん、本当に寒がりだよね。私はこうやって一緒に歩いてたら結構温まるけどね」


美香が両手を後ろに組みながら、俺の横へと来ると、上目使いで俺の顔を見ながらに、そんな事を言う。


それ殆ど、精神論に近いよね。


いや、もしかして、完璧超人の美香なら独自の体温上昇歩行法でも編み出してるのかも。あるなら教えてほしい。


「いつも思うけど、そんなに寒いかな? 直弥のご先祖様はロシアの人なのに寒さに弱すぎ」


何を不思議がってるんだ。寒さに鈍いのですか? 沙織さん。

しかも、ご先祖様なんてしるかよ。偏見にも程がある。俺の身も心も生粋の日本男児だし。外国すら行った事ないし、簡単な英語は話せるけど、ロシア語なんて全く知らないからな。


「直弥、鍛え方が足らん」


智樹……。

鍛えて寒さが耐えれるとか、五右衛門かよ。


「みんなが異常なだけだからね? そんな薄っぺらの布だけで足が寒くないのかよ。智樹に至っては……ブレザーの中がシャツだけとか狂ってるとしか言えん。ダウンすら着てるの見た事ないし」


美香と沙織は制服の上にダウン着てまだ分かるけど、智樹は雪が降ろうがダウンどころか、常に制服の下は薄地のシャツのみ。


「鍛えている、からな」


智樹に至っては、もうマジで座禅組んで滝にでも打たれたの? 完全に精神論だし。


「そうかな……これ温いよ?」


「――っ!?」


美香さん、少し足上げてタイツ引っ張る仕草……眼福です。

有難うございます、一瞬寒さを忘れる事が出来ました。


「直弥、美香の足をガン見しすぎ」


こらっ。沙織、ばらすなよ。


「えっ!? そうなの? それなら――「み、見てないしッ!」」


やばかった……何とか誤魔化せた、かな?


「はい、はい」


「けッ」


美香の続きは言わせないんだから……。

キモッとでも言われたら……心まで寒くなるから、ね。


それと、智樹君……貴方の美香さんに見惚れちゃって本当にごめんなさい……。だからそんなに怒らないで。



何時もの様に和気藹々と帰路を進むが、今日は、少し違う道を進んでいる。

沙織の仕事が無いので皆でカフェに行くことにしたからだ。


だけど、この三人は目立つ。兎に角、目立つ。


だから大型チェーン店とかに行くと視線が痛すぎて、落ち着かないので必然的に行く所が限られてくる。


そして、そんな俺達が結構な程に行き着けとなったのが、少しレトロな、お洒落なカフェだ。


下校時に洒落たカフェで、渋いマスター、洒落たグラスに注がれた洒落た飲み物――完璧とまで言い切れるほどの王道。素晴らしい程に、青春。



そして、カフェに到着した。


「ねぇ、何時も思うんだけどさ、カフェってか、喫茶店だよね……? 直弥が選んだセンスってある意味、凄いよね」


はい? 沙織さんよぉ……今しれっと馬鹿にされた気がするけど? もしかして、この良さがわからんのか?


「バッーロー! 店長に謝れ! 中に入ったらまず、店長に謝れッ!」


「バーロー……って、初めて生で聞いたんだけど。いや……普通に喫茶店て看板に書いてるし……どこからどう見ても、昭和時代からの喫茶店じゃん?」


やっぱり良さがわかって無い!


「あえて、レトロ調なのッ! お洒落なのッ!? わ、か、る? ふふふッ……沙織には、この渋さが分からないの、かな?」


「うわー、超むかつくッ!」


「ぷっ、相変わらず直弥くんと沙織の会話って面白いよね」


「「どこがッ!」」


何時ものじゃれ合いに、美香のツッコミが終わったのはいいとして。


「さて、っと。馬鹿な事を言うより寒いから早く入ろうぜ」


「直弥が言い出した癖に……」


不満気な沙織を横目に、カフェのドアを開け、カランカランと渋い音を鳴らし店内へと入る。


店に入ってすぐに目に入るのが、正面に新聞各紙が何部かずつ詰め込まれた棚。その横にはレトロなレジ。


そして極め付きが、一種異様なまでのミラクルな存在感の地球儀。なぜここに置いているのかすら俺の感性では理解が追いつけない。だが、それが良い。


やばッ……マジで渋い。


更には、全席ソファ席で、エンジ色のテーブルクロスが高級感を演出している。


完璧だろ、お洒落すぎる。


そんな素晴らしい店内へと足を踏み入れ、席に着く。

間もなくして、蝶ネクタイをしたガチムキ店長が俺達を迎えてくれた。店長以外は見た事も無いんだけど。


しかし、この時間に客無しか……やはり隠れ家スポットだな。

まだまだこの良さがわかるヤツは少ないってことだ。穴場を見つけ出した人の満足感がわかる気がする。


しかし、くぅぅぅ……やっぱ、やっべーな!


あの店長の盛り上がった僧帽筋、顔より太い首、誰か殺ッテそうな顔に、男らしく剥げた頭。まじで、憧れる。 


探偵漫画の海坊主様、そのままじゃないか。すげーよ。


「ぶぅー、直弥君……。そんなに店長さんを見つめないのっ!」


確かに、美香の言うとおりだ。いかん。いかん。

余りに完璧すぎて、見惚れてしまった。


大変、失礼致しました。


「……いっらしゃい」


「「店長も照れないで!」」


美香と沙織は何を言ってるんだ?

イケメン店長の表情は何一つ変わってないじゃないか。


「ぬぐぅッ!」


智樹はどうしたの? 

凄い悔しそうだけど、マジでちょっと怖い。


「……注文は何にしますか?」


あっ、お待たせして、すみません。


「えっとぉ、私はカプチーノで」


ふむふむ。お洒落だな、流石は美香。


「私はホットカフェオレで」


ほう。王道だな。


「アメリカン、ブラック、熱めで」


ぶ、ぶらっく……シ、シブい。

コーヒ―と言わないところが、流石は智樹。カッコいい。


さて、俺は――。


「バナナオーレ、氷少なめで」


 やっぱ、これに限る。


「「――え?」」


美香と沙織が凄い吃驚してるけど、別にいいじゃんか。飲みたいんだから。


「あれほど、寒いっていってたのに……」


「寒い冬に温い部屋で食べるアイス最高、って感じなの!」


マジ最高。


「まぁいいや。でもさ、前から思ってたけど、直弥はどうしてこの店知ってるの?」


沙織って、時々どうでも良い事が気になるんだよな。


「ん? ああ、母さんと来たんだよ」


「へー、そうなんだ。凄いレトロな店を知ってるんだね」


お洒落なレトロな店、な!


「昔を思い出すって言って気に入ってたな」


以前に母さんが早く帰って来た時、無理やり買い物に連れ出され休憩がてらに寄って、俺が気に入った。


「美鈴さんって、映画のワンシーンに出てきそうなお洒落な店に行ってそうなのにね」


「はぁ? なんだそりゃ」


「イメージがそんな感じ、かな」


しかし、美香さん。さり気なくこの店をディスってませんか? 

以前教えて貰ったディスが結構気にいちゃった。


それと、美鈴って俺の母さんの名前。因みに父さんは真弥。

俺の両親は若く見えるから、名前呼びが一番しっくりくるらしい。美香だけ母さんの前では、お嬢様らしく御母様って呼ぶけど、母さんはどっちで呼ばれても嬉しいみたい。


「んーどうかな? 母さんはかなり仕事忙しいから、一緒に出掛ける事が少くてわからんけど、俺はそんな洒落たとこに行くイメージは無いなぁ」


「私から見たら、美鈴さんって仕事出来る女性って感じで、可愛いいのに奇麗で顔もスタイルも完璧で、口調も丁寧だし、女の私からすると本当に憧れちゃうんだよね」


沙織、褒め過ぎ。


「だねー。私なんて、初めて見た時は完全にフリーズしたし」


美香も、大袈裟。


「あ、私もっ!」


沙織もかっ!


「俺は小学生前から知ってるけど、歳って止まるんだなと、思ったな」


止まるかッ! 

智樹は何を言ってるんだ……それもう人間じゃないじゃん。


「あー、わかるー! どう見ても20代前半だよね」


まぁ、確かに若くは見える、かな。


「うん、うん」


盛り上がってるのはいいけど、母さんの事そこまで言われると嬉しいが、ここは少し現実を教えてあげよう。


「あー、あれは外面。家では全然違うから」


「え、そうなの?」


そんな不思議そうな顔しなくても。


「うん。俺の口調って自分でもわかってるけど、余り良く無いじゃん? それは母さんの影響だから」


「えぇ、嘘だー。美鈴さんが直弥の口調で話すとか、ないわー」


 あるわ!ってか沙織、何気に俺までディスんなよ。


「マジだって、普通に死語連発だし」


「ぷっ、それなら直弥は自分でわかって使ってるって事になるじゃん」


「俺が好きで使ってるからいいの。俺も3人以外は普通に話してるって」


ポリシーなの。


「3人以外って……直弥は私達以外とは滅多に話さないし、話ても何時も噛みまくってるじゃん」


「うっさいわ。あれは同級生だけだからねっ!」


「はいはい。そうですね」


「うんうん。直弥くんはそれでいいから、ね?」


「それでいい」


何がイイのよ……ボッチ嫌! 

みんな……見捨てないでね……。


皆して俺をコミュ障見たいに言うなよ。確かに3人いなかったらボッチだけど……ちょっと悲しくなるじゃん。


「へー、でもあの美鈴さんがねー。意外だね」


「ふっ、現実なんてそんなもんさ」


それから少し雑談していると、俺の携帯電話から着メロが店内に響き渡る。


「あっ、久しぶりに聞いた、その着メロ」


すまん。殆ど鳴らないからバイブ設定するの忘れてた。


「ごめっ、父さんかな?」


「出ていいよ」


「おう、わりーな」


話の途中で悪かったけど、沙織の許可を聞きながらに、鞄から携帯電話を出してパカっと開き小さな液晶画面を見る。着信は母さんみたいだ。


今、母さんの事を話してたのに、どんなタイミングだよ、と思いながらに通話ボタンを押す。


「もしも、し……」


電話に出るなり、怒鳴り声……。


……えっ! 悪口を言ってたって? はい? なんでしってるの? 

……えッ? 帰って来たらしばくって……可愛い息子に使う言葉じゃないです、よ?


「ご、ごめんなさい……で、でも、なんで知って――。えっ……」


理由を聞き、店長の方を向く。

何食わぬ顔でサムズアップしながらに満面な笑顔を返してくれました。


そして、電話が終わる。


「そんな絶望した顔してどうしたの?」


3人が少し心配そうに俺を見ながら、沙織が聞いてきた。


「て、店長に裏切られた……母さんの知り合いらしくて、通報された……」


「な、なるほど……。ご愁傷様」


「な、直弥君、ドンマイだよ」


「なむ」


俺達しかいないと思って油断した……帰ったら怖いな。小遣い減らされなきゃいいけど……。


母さんからの電話は俺意外にはそこまで心配する要素もなかったのか、通常の会話と戻り、話は近付く大型イベントの話題となった。


「――で、クリスマスイブなんだけど、沙織が仕事空けれるなら、今年も4人で集まりたいんだけど……大丈夫かな?」


もうすぐ、クリスマス。毎年、美香の家でクリパしてる。何故なら、美香の両親がパーティー好きだから。


「俺はどうせ暇だから良いけど」


彼女もいないのに暇に決まってる。

オマケで誘って貰ってるのに、余裕あるよう偉そうに言ってゴメンね……。

皆いないとクリぼっちになるからね?


「俺も、大丈夫」


「締め切りまでには間に合わすから大丈夫だよ。絶対に参加するから」


よし、これでクリぼっち回避出来た。話の流れの序に、あれも聞いてみよう。


「他に、誰か呼ぶ?」


「「呼びません!!」」 「だな」


即答ですか。


「……あ、はい」


今年も、クリスマスパーティと名を変えた合コンイベントのプレゼンを提案するも、即却下ですか。非常に残念です。


「あ、でも、蒼空君なら大歓迎だよ?」


「沙織は何言っちゃってるの!? 呼ばないしっ! 何が嬉しくて弟連れてクリパしないといけないんだよ!」


恥ずかしいだろ。


「「「残念」」」


ハモルな。二人はわかるが、何故に智樹まで残念そうにするんだよ。


「で、今年も美香の家でするの?」


多分大丈夫だろうけど、一応聞いてみる。


「うん。毎年楽しみにしてるから大丈夫だと思うけど、でも一応帰ったら聞いてみるね」


「よろー」


「おねしゃす」


「……頼んだ」


毎年の事だし、美香の両親も楽しみにしてそうだから大丈夫だろうな。


「あ、そ、そういえばさー、今年って結構近場で、初めてクリスマス限定でライティングして、巨大なクリスマスツリーを出すみたいなんだけど、……先にそこに行ってみない?」


沙織よ……何、その取ってつけたような言い方。

しかし、ふむふむ。ほぉー。


「おおー、クリスマスらしいな! 俺は賛成だな」


珍しいな、人混みは何時も避けるのに。まぁクリスマスだし、たまにはそういう気分なのかな。何より楽しそーだ。


「私も、行きたいっ!」


「いいぞ」


二人の意見も一致したな。


「なら、決まりだね! 私も絶対にみんなと行けるように頑張って仕事終わらせる。時間的には学校終わってから、着替えてから行こうね」


「おっけー」


「はーい」


「わかった」



そして、その後もクリスマスの事で話が盛り上がり、帰路へとついた。



その夜に家に帰って来た母さんにこってりと怒られたのは言うまでも無い。

でも、小遣い減らされなくて本当によかった……。

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