第32話(閑話)美術部



授業が終わった放課後。

ある一室にて26名の生徒達が深刻な表情で席に着いた。


その入り口となる扉には美術室と書かれている。

放課後、この美術室を部活動の場とするのが、美術部。


美術部としてはかなりの人数であるのだが、学校側が力を入れている訳でもなく伝統ある部なのかとなるのだが、否である。


現2学生が入学する以前は3人だけで部ともいえない程度。しかしながら1年前から増加傾向になり美術部へと昇格した。


人気上昇中の美術部ではあるが、生徒達の認識は違う。


様々な呼び方があるが、主に漫画研究会、通称『漫研』と呼ばれる事が多い。漫研といえばオタクっぽく感じられる傾向があるのだが、何故か学校のカースト上位組が多数在籍の為、暗いイメージも無く人気の要因の一つでもある。


もちろん美術部としてそれなりの画力の有る者は一応の活動はしている。


そしてこの漫研の名誉会長となるのが、高梨沙織。

ほとんど活動には参加してはいないのだが、本人の承諾を一応は取っているとの事。


この部員達の共通点は歴代発行部数ランキングトップ(BL漫画部門)神絵師と名高くその筋の愛読者達に神と崇めらる女神(高梨沙織)の崇拝者である。その作品のほとんどが、王子(朝比奈直弥)と騎士(岩崎智樹)を中心に姫(西織美香)との三角関係が描かれているのが明確であり、作品の邪魔をする行為は禁忌とされ部員達が常に目を光らせている。




そして全員が席に着くのを確認した後に第一声が発せられた。


「では、全員席に着いた事でもあるので『他校ギャル乱入事件』について意見を交わしたい。まずは全容を熟知していない者もいるので副部長に説明して貰おう。西条宜しく頼む」


男勝りな口調でスタートを切ったのが美術部長を務める、水梨千佳(2年生、風紀委員長兼任)黒髪ポニテールがチャームポイント。美人で正義感が強く人気も高いが、腐女子力も強い。


「はーい。みなさーん、配った資料をみてくださいねー。事の始まりは昨日の放課後、我らが王子様の帰宅時に他校のギャルがちょっかいを出したのが始まりでーす」


可愛らしい笑顔で気の抜けた喋りをするのが副部長、西条すず(2年生)。黒髪ツインテールでチビで童顔だがその頭脳は成績上位者。自称、陽キャのオタク。


「やはり噂は本当だったかッ! しかし兄貴の鉄壁ガードを搔い潜り王子に近付いたと言うのか――ありえん。いったいその猛者は何者だ」


腕を組み深刻そうな顔で口を開いたのが数少ない男子部員、宮本星輝せいき(3年生、柔道部兼任)、長身筋肉質坊主、最高成績県大会準決勝敗退、通称てるちゃん。智樹が入学した後に柔道場に呼び出し決闘するもボコボコに返り討ちにされた経歴を持つ。それ以降は何かに目覚め頭を丸めた。年上にも関わらず智樹の事を兄貴と呼び、高梨沙織の代表作『王子に捧げる恋の行方』に兄貴がモデルと知るや読み漁り熱狂的なファンとなった。3年でこの時期にこんな事をしているイカレ野郎。だが、推薦入学決定の勝ち組。


「まーまー、てるちゃんそう焦らないのー。みーちゃん、そのギャルは誰かわかった?」


「モチのロン」


漆黒の髪がかかった眼鏡をクイっと指で釣り上げ口角を釣り上げニヤっと返事をしたのが、みーちゃんこと、村雨美奈(2年生)毒舌、陰キャオタク。しかしながら陰キャなどと馬鹿にし攻撃でもしようものなら相手に持論と正論をぶちまけ泣かすまでやめない鬼畜っぷり。更にオタク間でのネットワークが凄まじく情報収集能力がマジでやばい。本人曰く、学生程度の個人情報なんて1日もあれば丸裸に出来ると豪語している。付け加えるならばパソコンに強く、独自のデイトレ用のプログラミングツールを開発し、ロスカット歴無しに加え、日当6000円を稼ぎだしているハイスペックオタク。


「さすが、みーちゃん」


「ぶふふっ。あの制服からすぐに割り出せたぞい。名前は高坂優菜。高校3年、エービーシー事務所所属モデル。プロフィール詳細は資料に記載しておる」


「へぇ~。凄いあざといって思ったけど芸能人なんだぁ」


「ふむ、だが、底辺芸能人であるに関わらず、男性経験三桁の大台間近との噂もあり、堂々と週替わり彼氏自慢をインスタに載せてる程の正真正銘の糞ビィィィィッッチッ!!」


ぺッ!


「「「…………」」」


「けッ。まぁ多少は性欲盛んな猿人類からは人気あるっぽいがな――チッ! リアルで楽しんどけばいいものをアンリアルに接触を試みるとか死ねばいいのであーる!」


ふぅふぅと肩で息をし、リアルとの境界線は既に崩壊済みの発言をする、みーちゃん。自身の描くユートピアを汚された事で怒りを抑えきれないと推測する。


「みーちゃん、落ち着いて」


「君達……個人情報っていう――あ、すみません。なんでもないです」


この空気の中で正論をぶち込み全員に睨みつけられたのは担任、水沼智也50歳バーコードハゲ(美術教員、独身(バツイチ))最初の頃は美術部に人気が出た事に舞い上がるが個性豊かな生徒の集まりと活動内容が余りに下らない為に今は隅の方で肩身の狭い境遇にどこか遠い目で天井を眺めている。因みに程度の低い話合いだと気付いたが、今更教室から出るに出られなくなったチキンぶり。


「んー、でもこの資料を見る限りかなり離れた高校なのかと、なぜ王子様の存在に気付いたのかしら?」


お嬢様口調で話しに入ってきたのが、伊集院早苗(2年生)金髪縦巻きロール、自称お嬢様。『王子に捧げる恋の行方』の悪役令嬢がお気に入り。その影響で容姿は真似てはいるが本人は至って真面目で面倒見がよく人気もある。だが、ぶっちゃけ髪型が似合っていないとは誰も口には出さない。ちなみに両親はネットで話題の行列の出来るラーメン店経営。


「あーそれね。我が校の3年に一応モデルの田中先輩いるじゃん?」


「あぁ。あの残念イケメンかぁ。前に王子に堂々と自分のが顔が良いって言い切った猛者だよねー」


「そーそー。ある意味凄いよねぇ。姫を口説きに行っただけでも万死に値するのにねー」


副部長である西条の答えに反応した2年生の2人。余り特徴がないので省略。


「あの後に拡散されてすごい事なってたよね。まぁ炎上させたのみーちゃんだけど」


「ぐふふふっ、ゴミは焼却しないとですぞ」


「あわわわ、みーちゃん先輩はやっぱり容赦ないですねっ! でもでもっ、そんなところが素敵ですっ!」


個性豊かな先輩達に圧倒され恐縮気味の下級生の中、堂々と輪の中に入ってくるのが、竹林愛(1年生)天然。あいちゃんの愛称で人気者。1年生女子人気ランキングトップ(本人自覚無し)。

天然からくる可愛さから男女共に人気でマスコット的存在ではあるが、入学当初それを気に入らなかったギャル達に目を付けられ、いじめの対象となった。それに気づいたみーちゃんがそれはそれはもう容赦ない方法で助ける。以降この学校でのいきりギャル達の存在感は薄い。

そして、そんなみーちゃんを一番に尊敬している。お陰で少し影響されつつあり天然で毒を吐く。もちろん二番目はみーちゃんが神と崇める高梨沙織ではある。


「おほんっ。話が逸れ気味で戻すが、その田中先輩とやらの情報漏洩があったとの事でいいか?」


今まで腕を組み、目を瞑り聞き専に徹していた部長の水梨が目をカッと開き問いただす。


「十中八九間違いないぞ。あのロイヤルパレード朝比奈家の初詣の時に雑魚田中とその糞ビッチと一緒にいたとの目撃情報がある。そこで王子に目を付けたと思われ、情報を得たと推測する」


「あらあら。一応は先にお生まれになられてる事ですし、先輩とお付けした方がいいかと。少しばかり失礼ですわよ?」


オホホっと言わんばかりに真面目な反応を示す、金髪縦巻きロールの早苗。


「けっ、年上だろうが聖域に土足で踏み込むような奴等には敬称など不要、死あるのみ!」


その反応に毒を吐くみーちゃん。かなり御冠なご様子。流石は言葉の凶器を搭載している、危険な陰キャ。


「はぁ……やっと落ち着いたと思ったのだが、3学期に入り鬱陶しい輩が増えてきたものだ」


「そだねー。あれ見ちゃうと仕方無いかも。去年なんて他校の生徒がいっぱい来ちゃったし、今年はまだ数えれる程だし楽な方だよー」


それを聞いた部長の水梨も去年を振り返り更に溜息を零した。副部長の西条が口にした通り去年は酷かった。

それもそのはず、去年の三学期が始まるとすぐに人が人を呼び、学校内にまで部外者が入り込んでくる輩までもが存在し結構な騒ぎとなったからだ。今年も多少の女性や男性が来校したが直弥達には気付かれない様に水梨を中心とした風紀委員で対処済みである。


「今年はアオゾラ君の注目が凄かったし、王子が影に薄れましたね。ある意味では良かったけですが」


早苗の言葉に一同が納得する。

漫研のメンバーは朝比奈家の家族構成までも熟知している者が多く、ある程度は事情も把握している。しかも現在会議の中心となっている者達は、直弥の性格に、智樹の行動理由、美香の異常愛、沙織の恋心までも理解している。その殆どはみーちゃんの分析により論された結果である。それを口の堅い一部の者達と共有している。


「確かに。アオゾラ君は意図的に兄を庇い自分に注目を向けているのかと思えるぐらいだ。今年も有るのかと話題に出ていたところでアオゾラ君の女装着物予告。実際に去年の倍程のファンが神社に押し寄せ、殆どはアオゾラ君目当てで埋まったしな。ふむ、それも計算されたのであれば納得も出来る。だが、しかし、王子の兄弟愛か……ぐふふっ」


「はーい。気持ち悪い顔しちゃダーメ。妄想はそこまでねー」


腐女子力の強い部長の水梨が蒼空の意図を読み終えると、何を思ったのか気持ち悪い笑みを浮かべ西条に注意される。


「おっと、失礼。しかしながらあの女をどうするかだ。一応はあの日に帰らせたが、あれは納得してなかったな。学校でなら対処も出来るが学校外となると困難を極めるであろうな」


それもそのはず、昨日は美香達が相手にしなかったので事なきを得たが、直弥が去った後、沙織と水梨に向かって高坂優菜は暴言は吐き続け全く納得しないで去っていった。


「ふん。あのビッチの事ならもう大丈夫ぞ。あのバカは自滅したのであるからな」


「ええっ? それはどう言う事ですかっ?」


冷笑が頬に浮かぶみーちゃんが意味深な発言をすると、真っ先に反応を示す1年生アイドルのあいちゃん。誰よりもみーちゃんの事に関しては敏感らしく、わざとらしい程のオーバーリアクションではあるが最初に反応出来た事が余程嬉しく大変満足そうである。


「説明するより、見るよろし」


そんなあいちゃんをサッと流し、すぐに自身のスマホを大型モニターへと接続しだした。


慣れた手つきで学校の備品であるパソコンを操作し終えると、大画面には高坂優菜のツイッターと掲示板やまとめサイトが表示される。


それを見た部員達は騒めきと同時にその内容を見て――ドン引きである。


「みーちゃんがやったの?」


「流石にやり過ぎじゃない?」


部員達は様々な意見を飛ばすが全てがみーちゃんが仕出かした事だと思っている。


「全部じゃないしッ!! 最初に少しだけだしっ!」


冷酷非道なみーちゃんの言葉に誰しもが疑いの眼を向け、再度内容を確認する。



『今日は嫌な事があったんだよねぇ。イケメン男の子から言い寄られてぇ――』


と、始まり恰も自身がナンパされ、断るのに苦労した、と。モテ自慢のつぶやきが続いた。更には、その男に惚れこんだ女二人がその場に現れ嫉妬から来る暴言を吐かれて怖かったという内容だ。


問題はその途中からの動画とコメから始まった。

『ゆうなちゃんから詰め寄ったんじゃなかったの? これソース』


これがみーちゃんが唯一手を加えた内容。


そこには、最初に直弥に詰め寄る高坂優菜の姿から、女性二人に激怒し暴言吐きまくりの動画だった。

しかも、高坂優菜を真正面に捕え、それ以外の人物はプロかと思うほどの撮影技術で直弥はおろか、沙織ですら後ろ姿しか映っていないという絶妙なアングルで撮られた動画だ。


勿論、高坂優菜も全力否定するも運の悪い事に炎上仕掛人のカモにされバカッター扱いでまとめサイトや掲示板で炎上してしまった。

すぐに事態を収拾しようとするも、この波に乗って仕返しにと捨てられた元カレから高坂優菜との証言や画像にて本性が暴露された。極めつけが18禁アイコラ画像まで出回り火に油を注ぐかの如く大炎上となる。


流石に動画やアイコラはすぐに消されたが、既に後の祭り。

高坂優菜はそれ以降沈黙してしまったが、それが逆にマジ動画だと受け止められてしまい今はどうなってるのかすら確認するのが怖くなる状況である。


「うわぁ……酷いね、これ」


「自業自得ではあるのだけど、王子に声掛けた罪としては、流石に悲惨過ぎて可哀そうになるよね……」


確かにそうの通り。直弥からすれば全く実害も無い。ただ声を掛けられ誘われただけなのだから。それどころか美香は永久保存版お宝動画まで確保出来て超御機嫌となり、その日の夜などスマホでの動画再生回数が凄い事になったのは言うまでもない。


「まぁ流石にわちきも負い目を感じ修正する方向だったのだが、それ以上にあの女の今までの所業が酷く、元カレから始まり同事務所の後輩、同級生からのざまぁ発言で既にわちきでは収拾付かなくなったぞい」


「そんなに酷かったの?」


「ああ。この後を見るがよろし」


そういって炎上の続きをスクロールさせ読み続けると最初は同情する表情であった部員達も顔を顰めだした。


内容としては、要らなくなった男をゴミの如く捨てる。

要らなくなった理由がまた酷く、同僚や学校の友人などの彼氏をNTRし、自分のモノになると捨てるといった内容、その中には同級生の父親までいる始末。他には貢すぎで破産し捨てられた者、飽きて捨てられた者、様々な内容だ。更には同性からの批判もあり、気に入らない女は容赦なく陥れ潰されたといった事も暴露されている。


「うん。自業自得だね」


「「「ソーダネ」」」


そして満場一致で放置するとの事でこの話は一旦閉めることになる。


それ以降はいつもの雑談となり後日発売の高梨沙織新作の話題で持ち切りだったのだが、その熱弁の中心はみーちゃん。それと、てるちゃんである。









因みに、『心強い協力者達』とは中学時代からの同級生である村雨、水梨、西条が中心となり立ち上げた美術部。今ではこのメンバーの全員の事を指している。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る