第24話 side西織家と高梨家の新年



1月1日、元旦。 高梨沙織。


月明りに照らされ白く幻想的輝くこの王国の象徴である王城。周りは貴族街に囲まれ華やかさが増す。その中心部に位置する王都公爵邸。


皆が寝静まった頃を見計らい自室を抜け出し、誰にも気付かれず屋敷の外に出ると、急ぎ足で私専属の護衛騎士がいる宿舎へと向かっていた。


地に擦れるドレスも気にならない。それ程に私は焦っている。

何故なら、明日は私の婚姻式。その事を思うと気が気でいられなくなって駆け出してしまった。淑女としては失格かもしれないけれど、それでも――。


彼がこの窮屈な籠から連れ出してくれる、と。

私は信じ、愛している護衛騎士の元へと急ぐ。


公爵令嬢である私の立場では政略結婚は仕方のない事……それはわかってはいる。

だけど、やはり憂鬱にもなってしまう。


感情の無い婚約から始まり、愛など感じられない婚約者である、殿下。

それでも、お茶会、パーティ、公務などで顔を合わす事もあった。


国民から特に貴婦人からも凄く人気があり、誰もが認める眉目秀麗な、ナオヤ王太子殿下。


だけど、私との会話は少なく、更には私には興味が無いとばかりの冷めきった目が苦手だ。


それよりも、何時も一緒にいてくれて、私を守ってくれているトモキ騎士を愛おしく思う。


だけど……身分の違いから結ばれる事など絶対に無い。

それが凄く悲しく、寂しく……そして、悲劇だ。


『ああ、私はどうしてこんな身分に生まれてしまったのでしょうか。いっその事に平民に生まれて、あの方と共に人生を歩みたかった……』


誰もいない敷地を歩き、星空に向かって呟いた。


いけませんわ。

誰かに聞かれてしまっては不敬にあたりますわね……。


そんな思いのままに、宿舎に到着する。

トモキの部屋は1階にあり、庭から中の様子が伺える。


はしたないとは思うのだけど、明日以降はもう顔を合わす事も出来ないかもしれない。そんな気持ちで罪悪感に駆られながら、部屋の中を覗いてしまった。


少しの灯りから見えるトモキの逞しい裸の後ろ姿……。

恥ずかしさの余りに目を逸らそうと思った時、その背中を包む様にトモキとは違う人の腕が伸びる。


行けないことだとは思う心とは逆に目線を戻すと……その腕の持ち主がナオヤ王太子殿下だとわかり驚愕してしまった。


お互い裸で抱き合い、卑猥な行為をしているのが一目瞭然だ。


なんてこと……、なんてことなの……。

ナオヤ王太子とトモキが、そんな関係だったなんて……。


不潔よ! 許せないわ! 


お父様に言って婚姻を取り止めにして貰わないと……。

頭に血が上り、怒りの感情を露わにして屋敷に戻ろうとする、が――。


『な、何かの間違いかもしれないし……。もう少しだけ様子を見ないと……』


窓に近付き、様子を見る。


はぅ……。


あんなことや……、あんなことまで……。

そんなことまでするのね……。





『ぐへへっ』





バサッ――。


勢いよく布団をめくりあげた。


「……知らない天井だ」


って……美香の家に泊まってたんだ。

あっ、いけない。お母さんと一緒に寝てたの忘れてた……もう起きていないし。


それから布団を畳み、覚醒しきってない頭でスマホを見ると、まだ、午前7時、冷静になったつもりだけど――。


「なんて初夢よッ! 最高――いや、最悪だしッ!」


夢を思い出し、誰もいないのを良い事にひとり言を叫んでしまう。

これはきっとそうよ。そう、私の枕じゃないから。そうに違いない。


昨日、大晦日の朝比奈家の大掃除が終わってから、私の家へ美香の両親に送って貰い、そのままお母さんと一緒に美香の家に行った。


それから、みんなと一緒に食事をして、美香の部屋でガキ使を観て、笑い……美香と年を越してから、そのままお母さんと一緒に泊まらせて貰った。


私の家はお母さんと2人だけだし、美香の家も3人だけだから賑やかな年越しになるので毎年恒例になっている。


このまま寝るのもどうかと思い、リビングがある1階に降りる。


ドアを開けると美香の両親とお母さんとで楽しそうに話をしていたので、新年の挨拶をしてから、顔を洗い歯を磨いて、美香を起こしに部屋へと向かった。







△▼ 1月1日、元旦、西織美香。



新婚ほやほや。

都心にマンションを買って、新婚生活を満喫中。


重い瞼を薄く開けると、そこには私が愛し、生涯を共にと誓い合った愛しのマイダーリンの笑顔がそこにある。


『―――おはよう。愛しのマイハニー』


『……ダ、ダーリン!……おは、よう……御座います』


きゃッ……淫らな姿のままで、一緒に寝てしまったのね。


……恥ずかしい。


私が目を覚ましたのを確認すると、いきなり私の唇に柔らかい感覚が。


ダーリンったら……朝から、そんな起こし方されたら……。


更にダーリンの手が私の肌へと。


あんっ……えっちなんだから。


『昨夜はあんなに……そうだ! 早く朝食を作らないと!』


照れ隠しの為に言い訳を加え、布団から出る。


『ふふっ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。大好きな君の寝顔を眺められただけで、僕は満足なのだから』


『はぅ……ダーリン、いえ、直弥さん……私、幸せよ』


『美香……僕もだよ』


甘い時間が過ぎる。

あっ、いけない! このままだと仕事に遅れちゃう。


『ダーリン、それ以上は、だめよ……続きは私が帰って来てから、ね?』


『そうだね……我慢するよ。でも君だけを働かせてしまって……本当にすまない』


『そんなことないよ。私はダーリンがここに居てくれるだけで幸せだから。これからもずっと私と一緒だから』


『もちろんだよ。これからも、ずっと一緒さ』


『うふふっ。ありがと――チュッ、それじゃあ、朝食を作ってくるね』


そして、幸せいっぱいの朝食を食べ終わり、仕事に向かう準備をして――――。


家を出る。


少しここを離れるのが凄く寂しいけど、ダーリンの為にも頑張らないと――。


『あ、鍵をしないで出るとこだったよ』


あぶない、あぶない……。


ダーリンが外に出ちゃうと危ないし、気を付けないと。



ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ。



『よし、全部完了っと。これで外からも……中からも開けれないね』


これからもここでいつまでも、私だけと一緒にいましょうね。






コン、コン――。


「美香ー。そろそろ起きてー」


ふぁぁあ……。んー、寝不足……。

私のドアの外から沙織の声が聞こえる。


もぉー、少し起こすのが早いよー。幸せな夢の最中だったのに。


「……はーい。沙織は起きるの早いねー」


しかし、凄い初夢だったなぁ……。

昨日直弥くんに貰ったシャツを着まま寝ちゃったから、それでかも。

流石に下着はハードルが高かったから、まだ無理だけど、その内だね。


そんな事を考えている内にガチャっとドアが開き、沙織が入って来る。


「入るよー。美香、おは……ょ……ぅ……」


部屋に入って来た沙織が、挨拶の途中で目を見開き、マジマジと私を見ている。


あれ?……そんなに驚いた顔してどうしたんだろ?


「はい。お早う御座います。沙織、どうかしたの?」


「……いや、その恰好が……」


 ああ、なんだ、そんな事か。

 そこまで大袈裟に驚く程の事じゃないのに、変なの。


「やっぱり、ちょっと大きいかな?」


「いや……それは良いんだけど……。そうじゃ無くて……」


「うん? なぁに?」


何をそんなに驚く事があるんだろ? 不思議。


「それって、昨日、直弥のところから持って帰ってきたやつだよね?」


「うん! そーだよ!」


やっぱりわかるんだ。流石は沙織だねっ!


「清々しいな。おいっ」


「へ? どうしたの? 別におかしく無いでしょ?」


「いや……普通におかしいでしょ」


「えー、そうかな……直弥くんにせっかく貰った物だし、まだ着れるのに勿体ないよー。これは、エコだよ」


地球にも優しいし、私にも優しいし、Win-Winだよね。


「エコの使うところが違うからっ! まったく自分が間違って無いって思てるところが、凄すぎだよ!」


「えー、そうかな? 普通だと思うけど」


「普通じゃないしッ! はぁ……まぁもういいや。兎に角、私以外に見せちゃダメだよ……」


「ああー。まぁ、そうだよね。流石に男物を着てたら可笑しいしね」


「……はぁ。意味が違うけど、本当にもういいや。それよりみんな集まってるから用意して来てね」


「うん? わかったー、ありがと」


それから服を着替え、宝物を直弥君ルームへと持っていって、鍵をしてから1階へと降りた。洗濯は手洗いでないと伸びちゃうから、また後でね。


リビングのドアを開けると、もう既に皆が揃っている。


「明けましておめでとう御座います」


「「「明けましておめでとう」」」


「さて、みんな揃ったし御節料理でも食べようか」


パパに言われて席に着くと、今年も豪華な御節料理が処狭しとテーブルを占領している。

海鮮が中心の御節料理でママが予約したらしい。お箸の入れ物に極って書いてるけど、どこから取り寄せたんだろ……。


でも、ちょっと量が多すぎないかな……。5人で食べきれないよ。


雑談を交えながらに和気藹々と食べていると――。


「9時に着付けの予約してるから、その頃には家を出るからね」


「うん」「はい」


「わかりました。ですが、昨日からお世話になっているのに、そこまでして頂くと本当に申し訳無く思います」


私と沙織は素直に返事をするも、沙織ママが遠慮気味に答えた。


「いえいえ。これも私達の楽しみの一つですので気になさらないで下さい」


「そう言って貰えると、幾分か気が楽にはなるのですが……」


本当にパパとママはこういったイベントとか大好きだから、気を使わなくてもいいんだけどなぁ。


「今年はみんな着物だから去年以上になるだろうね」


「そうだね。直弥くんの着物姿とか、凄く楽しみだよ」


「確かに、直弥くんは勿論だけど、あの家族全てが着物だからねー。凄いだろうね」


「だねー」


確かに。もちろん私は楽しみだけど、他の人からも凄く注目されるだろうな……。心配だよ。でも、他の女性なんて絶対に直弥くんに近付けさせないんだから。


それから時間になり、パパの車で全員で移動し、着付け教室で着付けをして貰ってから、集合場所の智樹くんの家へと向かった。


到着すると、智樹くんとその家族に付き添いの人達、それに直弥くんとお義父さん、お義母さん、それにソラくんが、待っていた。


相変わらず直弥くんは、素敵。超愛してる。

どれだけ私を虜にすれば気がすむのよ……もうキュン死しちゃいそうだよ。


もちろん、信弥や美鈴さんもびっくりするほど凄いけど、特にソラくん……もう本当に天使だよね……。女性用の着物で来てるとは思わなかったし。


パパなんて以前に新調した、高速高精度AF搭載プロフェッショナルモデルのデジカメで早くも撮影しまくりだよ。


直弥くんの画像を奇麗に残したくて、カメラの事を信弥さんに聞いてたら結構詳しくなり、信弥さんお勧めカメラをパパと一緒に買いに行った。


普段は私が持ち歩けないから、こんな時にパパだけしか使えないんだけど。



でも、パパがソラくんのファンなのはわかるけど、直弥くんをもっと撮ってよね。



まだ本番前だからいいけど……。後で言っとかないと。







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