第23話 side岩崎家の新年



1月1日、元旦。


平和な時代は終焉を迎え、世界各国で争いが始まり、地球全土が地獄と化した。生き残った人類同士での略奪が繰り広げられ、争いの絶えない世界と変貌する。


それはこの日本でも例外では無い。

爆発音、銃声に悲鳴がそこら中から聞こえてくる。


俺は直弥と共に廃墟したビルの一室で息を潜め、一時の休息を取っている。


『智樹、僕はあの時の悪夢が頭からずっと離れないんだ。あの光景を忘れることができない。それを思い出すと、怖くて、怖くて眠れない。恐怖でどうにかなってしまいそうだ』


俺と背を合わせている直弥から震えが伝わってくる。


『大丈夫だ。今は忘れて休め』


『うん……。智樹がいなかったら僕は一人になってしまう。お願いだから僕を見捨てないでくれ』


『ああ、ずっと一緒だ』


体を向き直した直弥が俺の胸に顔を埋める。


『智樹、有難う』


『心配するな。俺が絶対に守ってやる』


心細いのか、俺の胸に顔を埋めたまま震えている。

そんな直弥の怯えた姿を見て、俺は誓う――。


絶対に守ってやるんだ、と。


ぐっと腕に力を籠め、直弥を包み込む。

ビクっとした直弥が俺の顔を見る……そして俺も安心させる様に顔を向ける。


見つめ合う、二人――。


そこで入口のドアが勢いよく開かれた。


『智樹!、直弥!――生きてたのね!』


『沙織――――』





ピピピピピーっとスマホの目覚まし機能が部屋に鳴り響き、目が覚めた。






なんて初夢だ……意味がわからん。


まぁだが、悪くは無い。


一人愚痴を零しながらに布団から出ると、朝の準備を始めた。


今日は、初詣に加え国賓警護を想定とした訓練だ。

仮では有るが下見を済ませ、各担当を決め、要人を警護する為の本番宛らに実施される。


現在護衛に出ているベテラン組の全てとは行かないので、若手が中心だ。


俺は小さい頃からベテラン組と訓練はしているが、この時は見学みたいなものだ。まだ学生でもあり、職にも就いてはいない。なので初詣を楽しめとの事で親父達が気を利かせてくれてるのだろう。


内容としては、直弥の家族が4人、美香の家族が3人、沙織の家族が2人、そして俺の家族が俺を入れて3人。それに対し10人程の護衛が付き添う形だ。その合計22人。実施場所は神社、目的は初詣。


目を引く面々での混み合う初詣、護衛をする条件が揃っているので丁度良いと、俺の親父が言い出し、直弥、沙織、美香の両親に提案し承諾を得て去年から訓練として採用された。



それだけの大人数に加え、容姿の良い面々。

それを警護する者達で、更に注目を増す。


勿論、凄まじい程に目立つ。


仮定の訓練ではあるが、それでもマスメディアがいない分、周りも遠慮無しに接近してくる。写真は当たり前、触ってくる輩までもいる。ある意味、通常警護よりも厄介極まりない。


だからこそ、本番宛らに訓練出来る良い機会でもある。

俺は見学ではあるが、それでも気を緩める訳にはいかない。そんな思いで朝の鍛錬に向かった。


先ずは、道場に入ってからは気温の変化で体の動きが鈍るのを防ぐ為に上半身裸で座禅を組み精神統一をする。

次に野外訓練場となる裏の敷地で軽く準備運動にダッシュなどの走り込み。更に道場に戻り、機材を使いながらの肉体トレーニング。


何時もならこのぐらいの時間になると、先輩方と一緒に実戦訓練をするのだが、流石に今日はまだ誰も来てはいないので、念入りに筋トレをする。


暫くして、体の汗を拭い、本年度始めの訓練を終えた。


その足で庭に有る水道水を貯めた圧力水槽に行くと、給水ポンプで水を出し、頭から上着を脱いだ上半身と浴びる。凍らない仕様ではあるが流石に水は凍てつくように冷たい。


だが、トレーニングで火照った体には丁度いい。


その後はシャワーなどを済まし、朝食の時間となる。

そして、家族全員揃ったところで、母親の作った御節料理を食べた。


何時もより多くのエネルギーを補充した体で自室へと戻る。


部屋は、あらゆるものが整頓され尽くし、どちらかといえば清潔すぎて殺風景な部屋だ。余計な家具や余計な小物類はひとつもない。


膨らんだ腹を擦りながらそんな部屋へと入り、クローゼットを開け、並ぶスーツを見る。クリーニング済みの同じスーツが3着、その中でも一番新しい一着を取り出した。


全身が入る程の鏡台の前に行くと、シャツを着用しネクタイを締め、ズボンを履く。



よし、っと気合を入れて両頬を叩き部屋を出た。


廊下を歩く姿勢が良くなり、背筋が伸びた気がする。何時もの黒のスーツを着ると、背筋もだが、何より心も引き締まるようだ。今回は護衛をするのではなく、される側ではあるのだが、これを着るとやはり落ち着く。




まぁ、初詣らしくは無いが。








△▼ 岩崎警護士事務所 去年入社 新人警護士



家賃5万円のアパートで朝早くに起床し、出社の為に自転車のペダルを廻す。

ガタイに似合わない小さな自転車がギシギシと悲鳴を上げているかの様だ。


そんな俺は、学生の時に柔道をやっていた事も有り、体だけは丈夫で大きい。

だが、その反面少し気の弱い性格と厳つい顔から余り女性からは人気も無く、寂しい学生生活を送っていた。


三流大学だった俺は就職難で簡単には職に就けなかった。学力もそうだが、何より対面面接が苦手である事が最大の理由だろう。そんな時に見つけたのが警護士の仕事だ。休みは不規則ではあるが、遣り甲斐も有る。人を守るとは男らしく誇りすら感じ、すぐに願書を出し学校卒業からの入社を願い出た。


そして、無事に就職し、今に至る。


会社兼社長の宅となっている敷地に入り、自転車を置き、着替えて出勤報告を終え集合場所に向かう。


既に出勤している先輩がいるので、挨拶を交わす。


「お早う御座います。そして、明けましておめでとう御座います」


「おう、おはよう、あけおめー」


俺より二期上の先輩は人当たりも良く、俺の面倒をよく見てくれる。お互い独身の俺達は年末から実家に帰る事を無く、寂しい正月を迎えていた。


「先輩、早いっすね」


「まぁな。少し興奮して目が覚めちまってな」


「へ? 何に興奮するんすか?」


「ああ、お前は初めてだったな。この訓練は」


「そうっす。初めて参加っすね。実家にも帰らないから暇してたし、丁度よかったす」


「はははっ、お互い寂しい正月だな」


「そうっすね……。一応は希望参加らしいっすけど、素人の身辺警護訓練で特別手当貰えるなら、正月に暇な俺にはお年玉貰える気分っす」


この訓練は特別手当の出る希望者のみでの参加となる。何故か結構人気はあるらしい。他の人も俺達みたいに年末年始は暇なのだろう。


「そうか……だったらいいけどな」


「え? 何っすか? その意味深な反応は……」


「まぁ……始まればわかるから、楽しみにしけよ」


「……了解っす」


先輩の言葉が凄く引っかかる……。

もしかしたら滅茶苦茶しんどいとか?


護衛内容の説明からして、大した事は無かったはず……。

目的地の神社もそこまで遠くも無く、大きくも無いし……何か問題があるのだろうか?


少しの不安を抱き、朝の整列に連帯訓練の挨拶も終え特別仕様の黒のワンボックスカーの運転席に乗り込みエンジンを掛ける。護衛対象宅へ向かう為だ。


歩いて行ける距離だけど……。


チラっと横を見ると、俺と同じぐらいのゴツい体の男性が、真剣な表情で座っている。


「智樹君、今日はよろしく」


「こちらこそ、お願いします」


助手席に座った智樹君は社長の息子であり、将来この会社を受け継ぐ次期社長でもある。今の内に仲良くしているに越したことない。


しかし、これで高校2年生なのだから本当に驚く。

体格は勿論だが、頭脳明晰にして、多様な格闘技に、護身術、警護術までも俺など到底及ばない程のスーパー高校生。7歳の時から英才教育されてるバケモノだ。

俺が勝っているのは歳と運転警護技術ぐらいだろう。


だけど、流石に真冬に上半身裸で座禅組んだり、水浴びするのは誰もがドン引きしてるけど。


「しかし、智樹君まで一緒に来ることはなかったのでは?」


「いえ、皆さんの仕事を拝見出来る良い機会でも有りますので」


えっ……将来を見据えて、既に社員のチェック?


「そ、そうなんだ……」


「はい」


それに、良い機会も何も俺より凄いじゃん。謙虚って言うより嫌味にしか聞こえないのは俺が皮肉れているからか……。

だが、そう考える俺は悪くない。智樹君はベテランの先輩方と混じり鍛錬し、何度も勝ち星を挙げているぐらいだから。


「ところで、智樹君って格闘技とか凄いし、高校の部活動でやれば凄い成績を残せるんじゃないの?」


「いえ、興味無いです」


話が進まねー。

俺と一緒に口下手だから気まずくて仕方ないのだけど……。

しかし、本当に勿体ない……本格的に柔道とかしたら、絶対に国体とかで優勝出来るのに。


そんな気まずい雰囲気のままに車を発進させるが、すぐに護衛対象宅の朝比奈家に到着した。


智樹君が車から降り、俺はマニュアル通りに運転席で待つ。


 そして、近所に比べては大きい家のドアが開き、バックミラーから4人の着物姿が俺の目に入って来る。


「へっ……え? えええええええええええええっ?」

 

はあっ??? なんだこれ? マジかッ!?


車内で一人でいるのにも関わらず少し驚きの声が漏れてしまった。

だが、それも仕方がない。俺も仕事柄に芸能人とかの護衛にもついたことはある。海外のセレブと言われてる奇麗な人達も警護をしたことがある。


だけど、これは何だ? 

同じ人種なのか?


奇麗だとか、美しいとか以前に……これってもう芸術の域だろ。


先頭を歩く母親と思われる女性……小柄な体系であるのに凄まじい色気。髪を束ねた髪に飾付がしてあり、その顔がめっちゃ小さいし。赤がメインの着物が似合い過ぎだろ……。


その後ろの父親と思われる男性……外人なのか? 銀髪と青い眼がやばいな。奇麗すぎる。しかも何だよ……そのスタイルの良さは。足長過ぎ。それなのに、着物が似合うって反則かよ。俺と同じ男性ホルモンなの? おかしいだろ……。


極め付けが、その2人の子供。


背の高い男の子の方とか、もう俺がミジンコだと感じちゃうね。俺の存在意義が疑問に思って来た……。


そして最もやばいのが……女の子。

……これはいかん。まじでいかん。

熟女好きだと思ってた俺がロリコンになりそう……。

先の女性と同じ様な髪飾りに同じような色合いの着物だけど……日本一着物が似合う少女……いや天使だな。うん、天使だ。


これは、凄い……。


ん? あれ?……警護対象が、男性3、女性1だったはず。


あれ? あれれれ? どゆこと?


いかん、いかん。

何時までも動揺している訳にはいかない。これでも俺はプロだ。


すぐに、気持ちを落ち着かせ、左右のリアドアから車内に乗り込む面々に軽く挨拶を済ませ、車を発進させた。


それでもやはり、気にはなる。


ルームミラーでチラっと見ると……。

そこだけ異次元じゃねーか!、っと。ツッコミを入れたくもなる。


隣の智樹くんは冷静で凄いな……。

って、めっちゃ表情筋が緩んでるしッ! 


平常時は無表情で、組手稽古の時なんて鬼の様な形相で向かってくるあの智樹君がこんな顔もするんだなと思うと、少し可笑しくなり気持ちが落ち着いた。それでもチラチラとルームミラーで後ろは見てしまう。プロとしては失格ではあるが、そこは許して欲しい。


それから会社に到着すると、出迎えている社長達が目に入る。


社長と奥さんは着物で、江戸時代の武士とその奥さんかよってツッコミいれてしまうぐらいに2人には違和感が無い。朝比奈家の面々とは違う意味ではあるが、凄く似合っている。


間もなくして、黒光りした高級外車が会社の敷地に入ってきた。

そこから降りてきた面々にも、再度、度肝を抜かれる。


着物姿の3人の家族……容姿はもちろん凄いが、もうオーラが違う。気品に溢れ、本物の上流階級ってこんな感じなんだなって思うと、家賃5万円のアパートに住んでる俺が悲しくなった。


最後に同じ車から降りてきた、これまた着物姿の女性2人……こちらも家族だとはわかる、わかるのだが、二人共に背が高く美しい。

うん。モデルの仕事をしてるんだな。そうに違いない。


開いた口が塞がらないとはこの事かと思うほどに見惚れていると、先輩が近付いてきた。


「おつかれっ! なぁ、どうだ? やばいだろ?」


「せ、先輩、知ってたんすね……」


「そりゃ勿論。俺も去年は、そんな顔したからな」


「はぁ……これ、やばいってレベルじゃないっすよね? 本番より疲れるやつじゃないっすか……。特別手当が出る意味がわかったっすよ」


「だろ? まぁ始まるともっとやばいから、な? 覚悟しとけよ」


「マジっすか……」




こんなメンバーを今から護衛するかと思うとゾっともするが……。


うん、でも、楽しみだ。






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