第25話 田中とゆうなの初詣




元旦、新年を祝う様な、快晴な昼時。


初詣に訪れる正月の神社。

正月三が日は特に人混みも多く混雑する。それは此処の神社も同じ。

正参道と面する公道は自動車で渋滞、隣接する駐車場は常に満車。太陽が真上と昇るこの時間になると更に交通量が増え始めた。


やっとの思いで車から降りる事が出来たとしても、正参道なると続く長く急な階段は、神社への正面入り口となる為にガヤガヤと人混みでごった返し、人が溢れんばかりの混雑模様。



しかし、その混雑した一部だけが、異常なまでの状態となっていた。

その一角だけに顔を向け、ざわざわとした声や黄色い声援などが飛び交っている。更にはカメラやスマホを向け撮影するしている様子までもが伺える。まるで何かのパレードでも行われているかとも思えるぐらいだ。


その原因となり注目を浴びている男女数名。それを守る様に取り囲む黒服スーツに身を包んだ屈強な男達が10名程度。その黒服達全員が耳にイヤホンを取り付け、注目を浴びている男女を護衛しているのが一目瞭然である。




それを遠目から眺めるカップルと思われし男女。

仲良く腕を組み、川の流れのように進む群衆に混ざっているが、騒がし事に気付いた女性が後ろを振り返る。





▲▽



「たーくん。あれなーにぃ?」


「んー、なんだろ?」


「うちが聞いてるのにぃ」


「ゆうなにわからないのに、俺がわかる訳ないじゃん」


「……そ、っかぁ」


『たーくん』と呼ばれる男性には、もちろんわかる訳も無く、答えになってないあやふやな返答。理不尽な問とも思わずに、彼氏であろう男性の言葉に少し不満気な女性。


一人称を”うち”と言っている女性は、ゆうな。


小柄で細身、二重瞼の垂れ目がチャームポイント。ブラウンカラーに染めた長めの髪はウェーブパーマ。ふわふわフード付きダウンコートの中は肩出しトップスとミニスカート。甘えた口調が男心を擽る。ついでに巨乳。


そして、この男性、以前に美香からボロカスと言われた事のある、たーくんこと田中先輩。ロックミュージシャンでも意識しているのかと思える黒の上下に、鼻や耳にピアス付き。


仲睦まじく見えるが、実際は付き合いすらしていない。二人共通しているのが、多数いる遊び友達の一人。


ゆうなからして見れば、モデルでイケメンってだけの男友達。逆に田中先輩からすれば優先順位上位のセフレ。


そんな関係で初詣にきているのは、昨日の夜から今日の朝まで一緒にいて、暇つぶしに来たから。まぁお互いに理解していることなので、何も問題はない。


股の管理が緩いゆうなではあるが、誰でもって訳じゃない。

イケメンと金持ちの男が好きなだけで、他はノーサンキュー。


男の価値なんて、顔と金だと本気で思っている。


そんな、ゆうなではあるが、高校3年生にして、現役モデル。

田中先輩の微妙な読者モデルでは無く、事務所と契約済みのモデル。売れっ子モデルまではいかないまでも高校生のアルバイトよりは稼げている。但し、肌の露出度が高い仕事が多いのではあるが。


実際、本人からしても遊び感覚でやっているし、チヤホヤされイケメンや金持ちが寄ってくるので満更でもない。


そんな、ゆうなのイケメンセンサーが反応し、後ろが気になって仕方がない。


「ねぇねぇ。ちょっと見にいこぉー」


「えー。折角ここまできたのに戻らないといけないじゃん」


チッ


前しか向いていない田中先輩。舌打ちが聞こえたようで振り向くが、ゆうなは笑顔のままで別段に変化は見られない。気のせいかと思い前を向き直すが、胸を押し付けられた腕を引かれ阻止される。


「おねがぃ。だってぇ、気になるじゃん?」


甘えた口調でお願いされると男は弱い。


「……仕方ねぇな」


強く拒否も出来ず渋々と承諾するが、非常にめんどくさそうである。


あからさまに俺様仕様だが、気にしなてない様子の、ゆうな。

そして、その田中先輩を人避けの壁にしながらに来た道を少し戻る。

押すなよっと言われながらも、グイグイ押すゆうな。内心ではイラついているかも。


そんな様子で少し来た道を戻ると、騒がしかった原因が見えてきた。


人混みの先に見えるのは、着物姿の人達。それを守る様に黒スーツの人達が見える。

ゆうなは少し視力が悪い為にはっきりと顔は見えないが、田中先輩はそれが誰なのか気付いたみたいだ。


「げッ……。あいつらは……」


「たーくん、知ってるのぉ?」


ゆうなが目を細めて見るも、この距離ではハッキリした顔まではわからない。


「あ、あぁ……同じ学校の2年のやつらだ」


「へぇー。なんであんなに人が集まってるんだろーねぇ」


「まぁ……見た目がちょっといいからな。男は俺程じゃないけど」


「ふぅん」


やはり自身のイケメンセンサーは間違いなかったと確信し、更に興味を示す。


「もういいだろ? 早く初詣終わらせて帰ろうぜ」


「えぇー、みたいよぉー」


ここまで来てもう良いとか、馬鹿なの?とでも言い出しそうである。


「あいつ等に顔を見られたく無いんだよ……」


「ふぅん? どーして?」


「前に一度、女の方を誘ったら断られたんだよ」


「ぷっ、たーくんが断られるってぇ、珍しいねぇー」


顔だけは良いのは認めているし、実際にゆうなの友達と合コンすると狙った獲物を必ずお持ち帰りしているので本気で驚いた様子。


「俺も断られるとは思ってなかったわ……。しかも、ボロカス言いやがって。まじでムカついたしっ」


どれだけ自意識過剰なのか、ここまで来ると、ある意味凄い。


「そんなにムカついてるならぁ、仕返しとかしないのぉ?」


まぁそれは当然考える。

仮にも先輩ともなるし、一応はプライドもある。


「……ま、まぁ、あいつ等の1人が、かなりヤバくてな……」


「へぇー、どんな感じに、やばいのぉ?」


「俺が2年の時に先輩があそこにいる女2人に誘いを断られ、腹いせにヤバイ人達と組んで誘い出そうとしたみたいでさ、だけど、そこにそのヤバイやつが1人で来て、逆に先輩達はボコボコにされて……その先輩は3年なのに自主退学するし、ヤバイ人達もすぐに違う件で警察に捕まってとかで、もう最悪だったらしい」


このヤバイやつは智樹の事なのだが、物理的な排除は可能だが退学に追いやったり、警察に捕まえらされるまでは一人では出来ない。この背景には【心強い協力者達】が動いた結果でもある。


「ほへぇ……何それぇ。映画みたい。でもぉ、そんなの知っててよく口説きにいったんだねぇ」


それでも行くのが田中先輩、性欲の塊でもある。猿並の知能に本能。まさにチン、パンジー。頭だけじゃなく下半身もお花畑。


「いや、まぁ……どうせ卒業間近だし、ヤリ逃げ出来るかなって思ってさ。丁度俺の友達に誘われたし、いいかなって思った訳よ。しかも、先に行った友達がヤバイやつが口出しもしなかったから大丈夫って言うからさ。結果はその女にボロカス言われたけどな」


美香に貶された事は言う癖に、智樹に腕掴まれてひぃひぃ言ってたのは隠したいらしい。


「ふぅん。だっ……」


「ん?」


危うく『ださっ』と言いかけた、ゆうな。


「んんっ……それなら余計にたーくんにぃ、そんなひどいこと言った人の顔が見てみたぁいからさぁ。もっと近くにいこーよぉ」


足が止まってしまい、まだゆうなには、はっきりとは見えない。

これでもかと語尾を伸ばし、あざとさ全開放で強請る。


「いや……だから話聞いてた? 顔合わせたくないんだよ」


だが、それでも田中先輩はこれ以上は行きたくない。


「おねぇがぃ」


最後の手段とばかりの必殺上目使いからの、絡ました腕に胸を押し付けてのお願い攻撃。


「……わかったよ。でも見えたら離れるからな」


やはり意思の弱い、田中先輩。



承諾を得たとばかりに、その団体の方へ向け、肉壁田中先輩を押し込んで進むと、はっきりと見えてくる。


「うわっ、ガチムキとイケオジと……ふんっ、美女だらけかよ」


油断して素が出た独り言をボソっと口走り、それを聞いてしまった田中先輩がギョっとした顔でゆうなを見ている。


「お、おい。口調おかしくね?」


「えっ? 何の事かなぁ? 気のせいだよぉ」


すぐに切り替え平常心に戻る。


「そ、そうか」


流石に女好きなだけあって、ある程度はゆうながキャラ作りしているのは知っているが、不意打ちで素を出されると少し引いてしまう。


「ってかさぁ、キャーキャー凄いねぇ。アオゾラくんって叫んでるけど、うち等と同じ業界の人がいるのかなぁ?」


「かもな。あの手振ってる可愛い女の子がそうじゃないのか?」


冷静に答えている田中先輩は抱けないロリには興味が無い。頭の中は性欲に支配されているので範囲外はどうでもいい。


「なるほど。確かに可愛いねぇ。まだ売り出し前のアイドルかもねぇ。だけど、くん付けってキャラ作りなのかなぁ?」


「だろうな。そんな事しなくても後数年もすれば売れるだろ。あれだけの顔持ってたら有名処のアイドルグループのセンターでもなれそうだしな」


「そうかもぉ。で、たーくんが言ってた男の人は何処なのぉ?」


「ああ、真ん中でガタイが凄いのいるじゃん? 真ん中の黒のスーツ着て、下向いたヤツ守る様にしてる男だよ」


「……あれかぁ。見た目良いって言ってたけど、全然たーくんのが圧勝じゃん」


期待してたのに、ガチムキには興味は無く、かなりテンションが下がった。


「ああ、あれは違う。その後ろで下向いてるヤツが、ちょっとカッコ良いんだよ」


「見えなぁい。顔上げてくんないかなぁ。あっ、見え――――」


願いが届き、丁度母親に話掛けられ顔を上げた直弥をゆうなの目が捉え、言葉を詰まらせる。


「ん?」


「ま、ま、まじッ…………やばばばばばばッ! ちょーイケメンじゃん! ちょーあれマジやばいってッ!」


興奮しすぎてキャラを忘れ、素で驚愕した。


「急に興奮するなよ。吃驚するだろ。だがまぁ、男の方は結構いけてるだろ? 俺には劣るけど、まぁまぁだよな」


「…………。ソダネ」


この男は、どれだけ自意識過剰なのか。

方やゆうなは、そんな戯言を完全に聞き流し目は直弥に釘付け中。


「なぁ、もういいだろ? 早く行こうぜ」


「んんー、そうだね、でもぉ、一応このまま後ろについていこ?」


「……わかったよ」



その後、少し後方から追いかけ様子をみているが、兎に角にその一帯だけが注目度が凄い。


まだ興奮は冷めないが、それ以降、直弥は顔を上げないので冷静にはなってきた事もあり周りの状況がゆうなの目に入る。


ファンに神対応している蒼空が一番目立つ。他にはイケオジが必死にカメラを撮ってる姿や我が道を行く素振りの女性陣。常に直弥を外野から隠そうとする智樹。近付いてくる者達を止める黒服達。


それらが異常な程に注目を浴びる要因でもある。


「ねーねぇ。あのたーくんと同じ学校の細い男の子さ、凄く守られてる感があるんだけどぉ、いつもあんな感じなのぉ?」


冷静に見ればわかるが、護衛に守られてるイケメンと美女、更にその中心で全てに守られてる直弥をゆうなは気になって仕方が無い。


「ああ、朝比奈か。まぁ有名だな。あの一緒にいる女のどっちかと婚約してるって噂があってな、そのヤバイやつと婚約者が誰もあいつに近付けさせないらしい」


「あさひなくんって言うんだ。って……婚約者?、高校生で? 護衛の人達までいるし、セレブのお坊っちゃんなのかなぁ」


イケメンで金持ちとか最高だとでも思っているのだろう。獲物を見つけた野獣の様に目を光らせた。


「いや、女の方が凄い金持ちらしい。婚約は小学校から決まってるらしいぞ。で、更に、朝比奈が人嫌いで、特に女嫌いって噂があるな。まあ、それでも学校の顔見知りぐらいには簡単な会話ぐらいはするらしいけど」


「えっ、ホモ? だけど婚約者がいるしぃ……両方いけるってことぉ?」


「さぁ? そこまでは知らん」


「えぇー」


「まぁ、噂だから本当かわからんし、でも常に4人で一緒にはいるらしいし、学校では有名だな」


「でもぉ、実際はわからないよねぇ」


「まぁな。だから俺も女の方に目を付けてたし、いい機会だったから口説きに行ったんだよ。どっちかでも落とせたらラッキーだったしな」


完膚なき迄に撃沈されたが。


「ぷっ、それで相手にもされなかったのかぁ。かわいそーな、たーくん」


「ふん。ゆうなだって人の事いえるのかよ。狙った男を片っ端に誘う癖に、どうせ朝比奈に目付けたんだろ」


「えへへっ、内緒」


「まぁ行くのは勝手だが、もう俺はあいつ等とは関わりたく無いからな」


「りょーかいっ!」




それから、この二人は簡単に初詣を終え、仲良く腕を組みながら来た道を引き返していった。



テンションの上がったゆうなと、下がった田中先輩。

その後の事何をしていたのかは、二人にしかわからない。



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