第30話 カオス
アイドル並みの謎の女子が、美女の美香を押しのけ俺の目の前に。
その後ろでは何時も余り感情を表に出さない智樹が般若の如く形相で女子を睨みつけ
ている。
「離れてッ!」「離れろッ!」
美香と智樹とのコラボでの離れろコール。しかも触れないところが流石は紳士に淑女。それを無視するが如く女子が俺の顔をガン見。耐えきれずチラッと視線を逸らすついでに目線を動かすと、少し離れたところに野次馬多数。その中にはこれでもかって程の満面な笑みで眺めている、沙織。
ふむ。これって……。
――カオスじゃね?
モブを巻き込まないでほしい。おこぼれ無かったら逃走事案だよね。
さて、智樹の為にもこの女子の為にも、何より己の為にもここからはモブ魂を見せつけるとしますか。
しかしいざ意識しちゃうと緊張するな……。
うわぁ……しかしそんなに見つめなくてもいいとは思うんだけど。
あっ、その前屈みのポーズは本と同じ……おっと、いかん、いかん。
邪念よ消え去れ。いざ――。
「ぽ、ぽくににゃんの話が……」
あっ。
「ぷっ、何それぇ。あさひなくぅん、おもしろー」
「「……」」
のおおおおおおおおおッ!
噛むに留まらず、
智樹と美香……少しぐらい笑ってやって。逆に辛いから。
俺のコミュ力の無さがやべぇ。このポンコツ度に血涙が流れそうだ。
おまけだとわかっていたら普通に話し出来る。だが、自分に真っ向から来てると意識しちゃうとテンパるどころの話じゃない。
近接戦苦手なんだよ。遠距離職なんだよっ!
しかも1on1ってこれほどまでの破壊力なのかよ。やっぱ俺はチーム戦だな。
どうする?どうするよ……このままだとボロでまくりだろうが。
こまった。ひじょぉぉぉぉに、こまった。
ここまで触れられる程に近付いての女子との対面なんて美香と沙織以外に記憶がない。しかも今までは3人が常に間に入ってたから気にしてなかったけど、こんなに直接的に名指しで来ると、どう対処していいかわからんぞ。
こんな場面は父さんと一緒にいる時ぐらいしか経験無いんだけど。
しかも父さんは余裕で受け流してたよな……。
はっ!?
そうか。父さんの真似すればいいかも。
父さんはロシア語で意味わからんから映画とか見てきたセリフを思い出すんだ。こんな場面があったはず。憧れのマッチョ俳優がキザなセリフいってたのを思い出すんだ。
ふう。とりあえず冷静になろう。冷静に冷静に。
がんばれ、俺!
――いける!
「You look so beautiful that you make me forget my pick up line」
よし、よしっ!
噛まずに言えたぞ。セリフは丸パクリだが発音完璧。ってか、ブサメンがキザなセリフ言うって――。
ぷぷぷっ、マジうけるー。
今の俺はキメ顔。
冷静になるとやばいな。頬が引き攣ってきた。
自分で言って自分でウケるって、ないわー。
逆にこの女子にも面白い人って印象を持って貰えたかも。
いっその事、笑ってくれていいんだよ?
さっきと違う意味での『あさひなくんおもしろー』をよろしく!
「…………ふぇ?」
……おや?
そんなにきょとんとしないでも……。
も、もしかして、キ、キモすぎたのか……?
やばい、やばい、やばいぞ。どうしよう。
笑いもしてなければ、呆気に取られてるだけじゃん。
キモいならそれなりに反応あるし、違うなら何が悪かったんだ?
もしかして、発音か? いやいや、完璧なはず。
英語じゃ伝わらなかったのかな。
父さんはロシア語でも、あんなに円満に空気を和ませていたのに、やはり俺じゃ無理があったのかも。
日本語でもう一度いくか。いや、いくしかない。
2回目となると緊張も解れたし、今ならいける!
こうなったらもう開き直って、今度は堂々とキザにいってやる。
さっきは中途半端だから笑いすら無かったはずだし。
よし、無かったことにして、も、もう一度だ……。
とりあえずわざとらしく、ごほんっと一息つけ、姿勢を直し相手の目を見るふりして少しずらしながらに――。
「君が美人すぎて、つい口説き文句を忘れてしまうよっと言いたかったのさ。少し照れ隠しで英語になちゃったけどね」
おまけとばかりに眼鏡をさり気無く外して、キザ風にキモメンでのキメ顔。今度こそ笑いを取るには完璧な仕草で言い放つ。
「―――――ッ!?」
ふふふっ、どうよっ!
……ん? あれれ?
一瞬驚いた表情となった彼女はその後すぐに下を向く。
何か言い返してよ。うぐぐっ、これが笑い堪えてくれてるならうれしいけど違うだろうな……。
恐る恐る周りの人達の反応を見るが……誰も笑ってない。
や、やばい。
背中に流れる嫌な汗を感じるから間違いない。ここは早く認めた方が心のダメージが少ないだろう……。
うん。完全にスベった。それどころかドン引きじゃねーか。
この頃思うが、こっち系のネタをぶち込むと何時も笑い取れずに引かれるんだけど、そろそろお笑い芸人のネタでも練習してみようかな……。
しかし、おかしいな……テレビとかで貧弱そうな顔の人達がキザなセリフ言ってたら俺なら絶対に大爆笑なのに。もしかして笑いのツボが皆とは違うのか?
それよりも……間違い無く膨大にやらかしたよねぇ!
ねぇねぇ今どんな気持ち? そんな幻聴が聞こえる気がする。
……穴があったら入りたいとはこの事を言うのか。初めて知ったかも。
っと、現実逃避はいいとして。
はずかしいいいいいいいいい。
めちゃくちゃはずかしいいいいいいいい。
この俺のひきつった笑顔どうするよ……変えたら負けな気がするから表情すら変えれん。
やべぇ、これは今……絶対に俺の顔は茹で蛸じゃん……。
はずかしいいいいいいい。
どうすんよ、これ。
誰か助けてよ……。
この女子なんて顔すら上げてくれないし、きついわー。
空気読めない俺、きついわー。
智樹か美香、助けて……。
って思いながらに目線を送ると、真っ先に美香が俺に向かってくる。助かるのか……? だけど『さむ』とか言われたらどうしよ。
凄い勢いで来てくれたのはいいけど、時が止まったかの様に下を向いた女子を押しのけ俺の前にズイっと顔を寄せる美香さんや、嬉しいけど……ち、ちかい。
「な、なおやくん……」
「……」
名前呼んだ後の間はなんなの? 悲しいじゃん。返事に困るじゃん。
「いやぁ、今日もカフェにでも寄っていこうかなぁ。熱々の飲み物が凄く欲しい気分だよ。さむかっただけに。ハハハ……」
寒すぎて目がきょどりまくってるし。更に墓穴掘ってどうする……バカっ、俺のバカッ!
「……も」
「も?」
もって何? 美香も言葉は変だし、目がガン開きで少し怖いんだけど。
「も、もう一度……今のやってッ! 私に!!」
「へ?」
何言ってんだ?
「さっきのを私に向かってやってほしいのッ!」
は? 意味わからん。スベったのにもう一度やれってどんな拷問だよ。
「えぇ……無理。もう二度としないし」
する訳ないじゃんか。もう封印ネタでいいや。あ、やっとこの女子顔を上げた。
「ちょ、ちょっと――「黙っててッ!」」
「ぁう……」
うわぁ。美香の迫力に負けてるじゃん。確かに今の美香に何か言い返そうとは思わないよな。でもそんな顔もかわいい。
「ねっ? お願い。本当にお願いッ!」
まじで何なの? なぜそんなに必死なのか。いみふーなんですけど。
「やだよー。誰も笑ってくれないし」
「えっ……笑い? あぁ、なるほど」
どこに納得できる要素があったのか。ってか智樹は何してんだよ。腕組んで後ろで眺めてる場合じゃねーだろ。智樹が原因でこうなってるのに高見の見物とかモブしか許されないんだから。
と思ったら沙織が外野から内野にまできたか。
「ぷぷぷっ、直弥最高だよっ! ちょーうけるんですけどー」
腹抱えて笑わなくても……ん、いやウケたならいい、か?
「アハハハハハ、ソウダネ、スゴクオモシロイヨー」
え、まじ? 美香も面白かったのか。ああ、あれか、高度なネタ過ぎて時間差で思い出し笑いが起こる現象か? しかし、カタコトだし、目が笑ってないのだけど気のせいだよな?
「直弥、美香にもう一度やってあげてよ。でないと、この場が収まらないよ?」
「うんうんっ! だからお願い。一回だけ、一回だけでいいから、お願い。してくれたら……わ、私、どんな事でもしてあげるからッ!」
ふわい? どんな事でもって、まじかよ……。
簡単にそんな事言ったらエッチな事お願いしちゃうぞ。
まぁ流石にそれは智樹に殺される。
そもそも、そんな根性ないし。
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