第15話 side岩崎智樹 幼少期


今は亡き祖父の代の頃には田園風景が観られた、この近辺。


バブル時代から新興住宅が増え始め、山は削られ新たにニュータウンが出来あがると、昔ながらの民家は徐々に姿を消し、駅を中心に様々な建物が田舎を否定しだした。そして現在、旧家と呼ばれるのは数えれる程度。


そんな希少となった旧家の一つ。

武士の名家を引き継ぐ、岩崎家。


加修改善を繰り返すが昔ながらの趣を残したまま現在に至る。

広い敷地に、大きく歴史ある屋敷。国の重要文化財にでも登録されていても納得出来る。実際にこの家を訪れる者達が写真に収める程。


その広い敷地を黙々と走り続けている一人の青年。


岩崎家次期当主、岩崎智樹。


一人で走るにも理由がある。自分のペースを崩されたくないからだ。それはいかに親友の朝比奈直弥でも。


寒さも厳しくなった早朝、日が昇り始める時には体を慣らす程度に走り込みを終える。その後は多数の大人に交じって、多種多様な訓練具が置いて有る広い道場での鍛錬。ここで毎朝、時間が許す限り体を鍛える。


基礎体力の向上を中心に、警護術を交えながらトレーニングをする。


しかも、朝のみでは無く学校から帰宅後にも体を鍛える。

更には学業にも手を抜かない。学生としての勉学に加え、警護士の知識に法令なども。


何故こんな事をしているか、となるのだが。

岩崎智樹の父が企業や要人向け身辺警護ボディーガードの会社を経営しているからだ。


だがしかし、両親に強制された訳では無い。逆に両親からは危険だからと反対していたぐらいだ。


自分の意思で申し出たのが、小学2年生、7歳時。




 △▼



クリスマスも過ぎ、学校の終業式を終えた。明日から冬休み。

少し気の緩んだ俺達は直弥のお気に入りの喫茶店カフェへと立ち寄り、その後、帰宅。


それからは、何時ものルーティン。

その全てを予定を終わらせ、睡眠を取ろうと床に敷いた布団に寝転がり体を横にする。


電気を消し薄暗くなった部屋。

オレンジ色の豆電球を見上げながらに少し物思いに耽る。


高校生活も、既に半分以上過ぎたかのかと思うと、寂しいくもある。


俺の高校生活の大半は直弥との行動だ。

俺は高校卒業後、直弥の母親である美鈴さんの事務所で雑務をしながら法律を学ぶ事が決まっている。そこで実際の犯罪に触れ、正しき法への対処を学ばなければいけないからだ。だが別に弁護士や司法書士を目指す訳では無い。

だから、大学にもいかない。何故なら成人から父親の下で仕事をするのが決まっているからだ。


だが、直弥は未だに決めてはいないが、進学希望で大学に行く。

沙織も芸大に行く目標がある。

それに、西織美香……間違いなく直弥と同じ大学に行く。それが、どんな大学であろうと、例え海外であったとしても必ず付いて行くと確信出来る。


それ程に西織美香は直弥に依存している。

まぁ俺も人の事は言えないとは自覚もしているが。



そんな直弥との出会いを思い出す。


出会いは幼稚園。


俺の家からすぐの場所の分譲地に新し家が建築された。

その建てられる最中、直弥の両親が挨拶に来た事から俺の両親と仲が良くなった事で、付き合いが始まったらしい。


そして俺は出会った。


どこから見ても女の子にしか見えない、そんな直弥に。


当時の幼い俺は疑い確認する事も無く、直弥を女の子だと思い込んだ。


顔も声も、そして小さな体は白く女の子の様に奇麗な服を着ているし、当時の直弥の両親や俺の両親、挙句は幼稚園の先生も『なおちゃん』と読んでいたからだ。


だから俺もそう呼んでいた。

幼少期の俺は疑問にすら思わなかったのだろう。


この頃の直弥は素直で誰にでも愛想がよく、おしゃべりな子供だった。

だから、そんな直弥と仲良くなるのに時間は掛からなかった。


それから幼稚園を出る2年間、家も近く頻繁に遊んだ。


当時の直弥は活発ではあったが、泣き虫で俺にべったりくっついてきた。

そこに何の違和感も感じず、妹の様に接していた。


それから、小学校へと入学して直ぐに直弥が男の子だと知る。


妹だと思っていたのが、男の子だったのだ。

当然、困惑もするし疑心暗鬼にも捉われる。幼い俺には理解が出来ない、気持ち悪いとさえ思ってしまった。一方的に俺が女だと思い込んでいたのに。


そんな気持ちの俺は、直弥を無視しだした。時には寄ってくるのを突き離した事もある。


それから直弥は一人の時が増えた。

男なのに女の様な顔で、髪の色も目の色も違う。それが冷かしの対象になったからだ。小学生低学年の幼稚な行為ではあるが、幼い子供特有の抑える事が出来無い悪口を面と向かってぶつける。


直弥は何時も目に涙を溜め、堪えていた。


俺はそれすらも理解出来なかった。

物心付いた頃から男について語る父。大和撫子な母。家風は時代錯誤な明治、昭和時代。そんな環境。


そんな親を見て育った俺は小童ながらも、男なら言い返すのがあたり前だと思っていた。だから、当然助ける事も無い。



だが、ある日、口では足りなくなった男の子が手を出した。

一人砂場で遊んでいた直弥を突き飛ばし、数人で砂を投げつけた。当然砂まみれになり、我慢出来なくなった直弥が声を荒げ泣き出す。


遠目でその様子を見ていた俺は男ならやり返せとの感情を巡らせるがながら背を向けようとはしたが、気持ちとは裏腹に体が自然と動いていた。


そして、気付いた時には……突き飛ばした一人に掴みかかり泣かしていた。

その直後、自分自身の感情が……凄く腹が立ち、怒りを抑えきれなかった事に気付いた。


その時からは俺は、直弥との接し方を変えた。

妹が弟に変わっただけだ。別に男だろうが女だろうが関係無い。兄が弟を守るのは当然だからだ。


それからは、以前の様に仲良く接する事が出来た。


だが、月日が流れるにつれ幼いながらの俺でも、直弥と他の男の子との違いがわかってくる。


2年生に上がると、直弥は更に可愛さを増した。太陽に光る銀色の髪に青く透き通る目で微笑む女の子の様な顔。それに加え愛らしい仕草。同世代の女の子は勿論の事に男の子まで照れさせ、更には保護欲を誘うのか保護者や先生までも虜にした。


その頃には悪口を言う者なんて既に存在しない。逆に直弥の側に寄って来る。先生ですら、あからさまに特別扱いしているとわかるぐらいだ。


だが、それは良いかと聞かれれば、否である。


直弥はその頃にはネットに晒されていた。それを知ったテレビ局が取材にまで来たぐらいだ。取材許可は下りず諦めて帰り、その後は美鈴さんが抗議の電話をすると、それ以降は来なかったが。


しかし、一度話題に挙がると人の興味は尽きない。

完全に学校関係者とは無関係な者達が接しようと近づいてくる。殆どは好奇によるものだろうが凄く危険な状態だ。


学校の先生達、直弥の両親、そして俺の両親までも心配しだした。

直弥には、知らない大人には絶対に付いていかないのは当然伝え、一人にならない事を念を押し、俺には出来るだけ一緒に行動する様にお願いされた。


その時に俺は芽生えた。兄が弟を守るという使命感に。

だから、すぐに親父にお願いして体を鍛え始めたのかも知れない。



そして2年が過ぎ、俺達が小学4年生の時、俺と直弥と行動を共にはしていたが、2つ年下の女の子が執拗な程に直弥に執着しだした。


小学生で直弥と同じ髪色に染め、直弥と同じ物を持ち出し、毎朝直弥の家の前で待っている。帰りも常に俺達の後ろを付いてくる。その言動は我が強く感情的。そんな女の子を直弥は怖がった。そして質が悪いのがその母親が娘の行動に一切疑問を持っていない事だろう。今の俺が思い出しても異常な程だ。


直弥を実の兄だと言わんばかりに妹としての我儘を強要するかの様な口調。しかし、俺が怖いのか睨みつけると、すぐに黙るか離れる。次の日になればまた同じ、その繰り返し。


別段危害を加えてくる訳でも無く、意識が芽生え始める小学2年生のすることなので先生や美鈴さんも強くは言えない。一度だけその女の子の母親に柔らかく伝えたらしいが、ヒステリックに返されたらしい。


その状況で半年が過ぎた。


そして突然に、その女の子の家庭の事情により引っ越しする事が告げられた。俺はホっと胸を撫で下ろしていた。だが、その翌月。




――事件が起る。




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