ディーテフローネの事情2

「だって。ちょっと油断してしまったのよ。反省しています。ええ、ものすごく」


 青空は朝食と一緒に出されたジュースを飲んだ。オレンジジュースのようにさっぱりとしていて美味しい。けれどもオレンジよりも甘みが強い。美味しくてこくこくと一気に飲み干した。するとディーテフローネが「ほかのジュースもあるわよ」と別の色のジュースを用意してくれた。今度のはイチゴのようにちょっと酸っぱいものだったがこちらも美味しかった。食べ物で釣られているようで少し悔しい。


「あの、わたしはこのあとどうなるんですか?」

「それはリュデンシュベルの王子の出方次第かしら。わたくしの目的は〈光の蝶〉の本体を取り戻すことだもの」

 もう一度彼が取引をするつもりがあるのなら、あなたの身柄はリュデンシュベルに戻ることになるわね、と彼女は言った。シビアな答えだった。


「わたしは……ハディル様のところに戻りたいです」

「ずいぶんと懐いているね。彼、魔王だよ。混沌の力を受け継ぐ特別な魔族だ。怖くはないのかい?」


 ハディルの元に戻りたがる青空に、アレルトルードは興味を抱く。

 そんな彼をディーテフローネは小声で「あなたってば悪趣味よ」と小突いた。


「わたし、ハディル様の魔王としての姿も見ました。たしかにびっくりしたし、ハディル様ではないみたいで……怖かったです。そのことで……彼を傷つけて。ハディル様は逃げて。わたし、自分のいた世界ではとてもぬくぬくとした平和な生活をしていたから。だから……」


 青空は下を向き、ぎゅっとスカートを握りしめる。

 青空は知った。ハディルは孤独だった。静かな目をしているのは、彼が一人きりだから。ハディルは魔王の力を背負ったときから孤高の存在になったのだ。青空はハディルの側にいたいと思った。彼が笑ってくれるのなら、青空はそれがとても嬉しいと思う。


「もっと、ハディル様の側で、彼のことを知りたいって。だから聖女になんてなれません」

「あなたは魔王ハディルのことが大好きなのね」


 ディーテフローネはまるで青空の姉のように慈しみのある笑みを灯した。

 青空は彼女の言葉に何かを言おうとした。けれども離れてみて分かったのはどうしようもなく彼の側に帰りたいということで。青空はディーテフローネの言葉に頷いた。


◇◆◇



 長い話をしてしまったから少し休みなさいと言われた青空は別室へと案内された。

 ここはどこかと問うと、リュデンシュベル国内だという。けれども王都ではなく別の街でディーテフローネが目くらましの術を使っていると彼女は説明をした。

 可愛らしい色で整えられた部屋だったが、試しに扉と窓を中から開けようとしたがうんともすんともいわなかった。


 彼女たちは青空の知りたいことを教えてはくれたけれど青空の味方ではない。

 ディーテフローネの目的は盗られてしまった〈光の蝶〉を取り戻すこと。

 リュデンシュベルの第一王子は聖女を取り戻したい。取引は一度は決裂をしたけれど、交渉中なのだ。


 青空はため息を吐いた。

 青空はようやくハディルが青空に対して何を隠していたのか理解した。


 ハディルは人間の魔王討伐の気配を感じ取って異世界召喚に横やりを入れた。聖女として召喚されるはずだった青空を人間たちから横取りをした。この召喚劇は自分の暇つぶしのためだと嘘をついて。


 青空は今更ながらに魔王付きのレイがあれほど青空に対して警戒していた理由を理解した。それはそうだろう。魔王を倒す予定の聖女が魔王の隣にいれば誰だって良くは思わない。ということはディーターやルシン、あの最初の場にいたみんなは青空が聖女だと知っていたということだ。


(どうしてハディル様はわたしのこと閉じ込めなかったんだろう。聖女なんて邪魔なだけなんだから、最初から牢屋にでも入れておけばよかったのに)


 意味が分からないことだらけだ。あくまで暇つぶしだと主張をして、青空の自由にさせてくれた。


(ううん。ハディル様は、本当は優しい人……。わかりにくいだけで。ぶっきらぼうでとっつきにくくて無表情だから怖く感じるけど)


 けれども彼は彼なりに最初から青空に丁重に接してくれていた。最初はかなりわかりにくかったけれど。

 青空は窓の外を、空を見上げる。

 この空のずっと先にハディルはいる。青空はハディルの静かな顔を思い浮かべる。


「聖女って……、絶対に魔王を倒さないといけないの?」


 青空はぎくりとする。

 リュアーナの花畑の中でピクニックをしたあの日。彼は青空に自身の持つ魔王の証を見せてくれた。


「何かあったら殺せって……」


 彼はどうしてあのときあんなことを言ったのか。その先のことを考えたくなくて青空はぎゅっと手のひらを握った。

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