ディーテフローネの事情

「ああもう。嫌になっちゃうわね。やっぱり予想通りだったわ」

 ディーテフローネはぷんすかと怒っていた。

「あらら。リュデンシュベル帝国の第一王子殿はやはり契約を反故したかい?」

「ええその通りよ」

 アレルトルードの問いかけにディーテフローネは吐き捨てた。


「あ、あの」

 青空は二人の会話に割って入った。

 でないと事態を把握できない。まったく分からない状況が続いているのだ。


「やあ、青空」

 アレルトルードが片手を上げた。まったくのマイペースさに青空は脱力をした。

「とにかく、説明お願いします」


 この世界では自分から主張しないと欲しいこたえは手に入らない。

 連れてこられた場所はどこかの屋敷の中。先ほどまで居た宮殿よりは簡素な内装をしている。というかあの宮殿は壁の装飾から天井画、それからソファセットに至るまできらきらし過ぎていたのだが。


「それに、その蝶。わたし何度か見たことがあります。レギン城で。もしかして、わたしのこと早くから知っていたんですか?」

 青空の強い口調に二人は揃って肩をすくめた。


「さあ、食事でもとりましょう。まずはお腹を満たさないとね」

「もう。はぐらかさないでください」

「はぐらかしてはいないわ。あなた、お腹空いているでしょう。積もる話なのだから、食事をしながら、ね」


 ね、と言われた青空は自分のお腹がきゅるきゅると空腹を主張するのを感じた。たしかに青空は目覚めてから何も食べていない。

 青空が頷くと二人は青空を食堂へと連れて行った。

 三人が席に着くとふわふわのパンをはじめとした朝食が運ばれてきた。


「うわ。ふわっふわだ。このパン。やっぱり酵母とかあるんですか?」


 つい聞いてしまう青空は根っからの料理好きなのだろう。場違いな質問に気が付いて慌てて黙り込む。白いパンの中には木の実が混ぜ込まれている。それから卵料理にびっくりした。なにしろちゃんと卵の色をしているのだ。黄身が黄色のゆで卵が出てきて感動した。


「うわ。卵がちゃんと卵の色している。やっぱり魔族の飼っている卵だからあんないろんな色をしているのかな」

「ああそれはあちらの鳥たちの食べている餌のせいじゃないかな」

「三つ目鳥の卵の話かしら。それとも七色鳥のことかしら」

「知っているんですか?」

「うん。人間の領域にもいるよ、三つ目鳥。火を吐くんだよ。凶暴でね、目が合うといつままでも追いかけてくるから目隠しをして小屋にいれていたりするんだよ」

「あなた、昔興味本位で目を合わせて大変な目に遭ったものね」

 なぜだかアレルトルードの思い出話が始まった。


「って、そういう話じゃありませんっ」

 自分から卵の話をしたのを棚に上げて青空は話を元に戻した。いや、卵談義ももっとしたいけれど。今はそれよりももっと大事な話がある。


「そうだったわね」

 ほほほ、とディーテフローネが微笑んだ。

「そもそも、ディーテフローネさんはあの王子様たちの味方なんですか? 違うんですか?」


「まずは、どこから話そうかしら」

 ディーテフローネはうーんと宙を見つめてから口を開いた。


 黄金族は代々原初の光の神が残した力の欠片である〈光の蝶〉を受け継ぎ守ってきた。黄金族は光の神が生み出した種族で、人間よりも寿命は長い。一族は固まって生活をし、人間とは相いれない。そのため人間からも距離を置かれている。国というものを持たない黄金族は人と魔族の境界のはざまの森でひっそりと暮らしている。

 そして、彼らは代々〈光の蝶〉を守ってきた。


「混沌の力を受け継いだものが魔王と呼ばれるのと同じね。光の力を受け継いだものや人を聖なる遺産と呼ぶの」


 その聖なる遺産の一つである〈光の蝶〉を黄金族から奪ったのがリュデンシュベル帝国だった。彼らは光の神の盟主を自負し、勢力を強めている。その一環として聖なる遺産を奪った。


「ちょっと油断をしてしまったの。それで本体を奪われてしまって」


 黄金族が代々受け継ぐ〈光の蝶〉の守り手として育てられ、現在の宿主だというディーテフローネは眉を下げた。

 ディーテフローネは片手を上げる。するとふわりと蝶々が現れた。


「これが〈光の蝶〉よ。いまはわたくしが守り手だから、わたくしの夢の中に棲んでいるの。けれど定期的に本体にも宿らないといけなくてね。本体だけ持っていても、資格のない人間には扱えないのよ。秘伝の力ってわけ。あの人たちもそれが分かったでしょうに」

「その子、わたし知ってます」

 青空は七色に光る羽をもつ蝶を指さす。

「ええそうね。ずっとあなたのことを観察していたもの」


 ディーテフローネはにこりと微笑んだ。蝶々はディーテフローネの頭の上をふわふわと飛んでいる。


 彼女は〈光の蝶〉の本体を取り戻すべくリュデンシュベル帝国と接触をした。彼らは困り果てていた。異世界から召喚した聖女を魔王に奪われたからだ。調べると聖女は魔王の住まうレギン城に囚われていた。殺されてしまうかもしれない(その後聖女が魔王の妻にされて人間たちはさらに驚愕した)。しかし正面切って魔王ハディルに出撃できる大義名分が無いことを彼らは熟知していた。二百三十年前に人と魔族との間には不戦協定が結ばれたからだ。そして魔王の一人であるハディルは大人しい人物で人間側に戦を仕掛けてくることもない。平和が続いていた。魔王を倒し、我が帝国こそが光の神の最高指導者であると目論む王子アレキクリスにディーテフローネは取引を持ち掛けた。


「それで、〈光の蝶〉を返してもらう代わりにわたしを王子の元に連れていくって約束をしたんですね」

「そういうこと、ね」

「親切にしてくれたのは……わたしに近づくためだったんですね」

 青空の恨めしい視線をディーテフローネは正面から受け止める。


「それにしてもよくハディル様の元からわたしを攫うことが出来ましたね」

「そりゃあ、わたくしこれでも〈光の蝶〉の使い手だもの。街で再会して、別れ際にね。あなたに蝶の力の一部を預けたのよ。ふふ、魔王ハディルを出し抜いたって、これかなりすごいことだと思わない?」

 その割にはリュデンシュベル帝国には宝物の本体を取られてしまったではないか、という青空の視線に気が付いたのか。ディーテフローネは視線を泳がせた。


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