魔王陛下の嫁取り3

「一度死ぬのはおまえのほうだ」


 抑揚のない、低い声と共に青白い光が霧散する。


「青空様!」

「貴様たち。陛下の住まうレギン城で私闘とはいい度胸だな」


 ハディルの声の後ろに続いたのはディーターとレイ。

 ハディルとディーターは宙から現れた。空を飛んできたのだ。レイは屋根伝いに移動してきたのか、ハディルたちから数拍遅れたあと、地面に降り立った。


「皆さん。青空様を傷つけることは許しません」

「これはこれは、ハディル様の側近のお二方。わたくしはハディル様を、そこの薄汚い人間の女から守ろうとしていただけですわ」

 ふんっ、とヘルミネは胸を反らして開き直る。


「青空様は陛下の大事なお客人ですよ」

「ふんっ! フォルト家の若増が生意気に」

 ヘルミネが吐き捨てた。


「とにかく。わたくしたちは陛下のためを思ってこうして行動をしているのですわ」

「それもこれもハディル様がわたくしたちの中から妃を選んでくれないからですわ」

「そうですわ。わたくし、寛容な女ですもの。愛人の一人くらいでケチ臭いことは言いませんわ。そこのヘルミネは癇癪持ちのケチんぼですから人間の女を殺そうと躍起になっていますけど」


 赤毛の女がヘルミネを指さすと彼女は縦ロールを逆立てる勢いで「きぃぃぃぃ! どさくさに紛れて抜け駆けなんて許せませんわよ! さっきまで、人間の女なんてすぐにでも殺してやるぅぅぅ! とか言っていたではありませんの!」と喚いた。


「陛下。ヘルミネが怖いですわ~」

「今日こそ、誰を妃にするのか選んでくださいまし」

「わたくしに決まっていますわ」

「いいえ、わたしですわ」

「まぁ、わたしでしょう。ねえ、陛下」

「うるさいですわね! ハディル様にはこのわたくし、ヘルミネ・ツェル・ザイフェルトが一番に相応しいに決まっていますでしょう! 六家ザイフェルト家の直系の姫ですのよ!」


 ハディルが口数少ないことをいいことに、いつの間にか魔王の妃選びと場は化していた。女たちはそれぞれにハディルに自分こそが一番だと迫る。

 女という字が三つ揃って姦しいとはよく言ったものだ。たしかに、頭上がずいぶんとうるさい。


 地上にいるレイはハディルを守ろうと「おまえたちいい加減にしろ」と叫んでいるが、誰も言うことを聞こうとしない。


「青空様、無事ですか」


 女たちの目的が青空からハディルに変わったため、ディーターがゆっくりと地面に降り立った。

 ちょうど外回廊の柱の陰に隠れていた青空を庇うようにヒーラーが立ちふさがる。

 大きな布を体に巻き付けたなんとも心もとない格好だったのを今の今まで忘れていた青空だ。


 青空は顔を赤くしてヒーラーの行為に甘えることにした。

 とはいえ、頭上の嫁入り合戦も気になるところで。青空はヒーラーの後ろからひょこっと顔だけ出して疑問に思ったことをディーターに尋ねてみることにした。


「ハディル様って独身のままで問題ないんですか? 結婚して跡取りをつくったほうがいいから、ああして皆さん自分を売り込むんでしょうか?」

「いえ。魔王というのは世襲ではありませんから、陛下の跡取りは何百年か後、そのときの魔王候補者の中から選ばれます」

「へえ……そうなんですか」


 意外な事実を知った青空だ。てっきり魔王は代々その子供に引き継がれていくものだと思っていた。


「世襲ではないですが、現在この世界に魔王と呼ばれる存在は三人のみ。先日ヒルデガルトも言っていましたが、その妻ともなれば皆から敬われます。左団扇です。お城で贅沢三昧ですからね。女たちの憧れなのですよ」

「……」


 そういえばそんな身も蓋も無い理由をヘルミネも叫んでいた気がした。

 相変わらず頭上ではハディルの嫁選び、いや嫁取らされが実行されている。


「ハディル様。わたくしが一番ですわよね?」

「いいえ。わたくしですわ」

「いいえ。わたくしこそ魔王の妃に相応しいですわよ」

「いいえ。わたくしです」


 一人が言えば後に続けとばかりに女たちの大合唱。


「あれのどれも絶対に俺はごめんだ」


 レイが吐き捨てる声が聞こえた。この場にいるレギン城勤めの魔族全員の心の声だった。


「わかった」

 ハディルが言った。

(え……)

 下で見守っていた青空は目を瞬いた。


(ハディル様、あの人たちの中からお嫁さん決めちゃうの?)


 胸が大きく鼓動する。どうしてだかわからないけれど呼吸をするのが難しくなる。

 次の瞬間。彼はくるりと反転をして急転直下、青空の元へ飛んできた。

 ヒーラーが慌てて青空の前から移動する。魔王の行く先を遮ってはいけない、という思いからの行動だった。


「え……」

 この間の夜と同じだった。気が付くと青空はハディルの腕の中。横抱きに、ようするにお姫様抱っこをされた状態。


「ハディル様、一体なんなのですの?」


 魔族の女たちの元へと浮かび合ったハディルに、ヘルミネが彼女たちを代表するかのように声を出す。

 青空も、ハディルの意図を計りかねている。


「いま嫁を決めろと言ったな。では決める。俺は、青空を嫁にする」


 ヘルミネたちが固まった。

 青空も、ハディルに抱かれたまま思考が真っ白になった。


(え、いま……なんか嫁とか聞こえた気がするけど……。えっ……えぇぇ?)


 宙に浮く女たちも突然のハディルの奇行についていけないのか硬直したままだ。

 ハディルは彼女たちの様子など意に介さず続ける。


「我、ハディル・バッハ・フォルト・ヘルツォーゲンは古からのしきたりに従い、この娘、菜花青空を正式な伴侶とすべく、誓いを施す」

 詠唱したハディルはそのまま青空の鎖骨の下に口づけをした。


「あぁっ―……」


 その刹那。

 体中の血液が逆流したような、雷に打たれたような、強い衝撃が青空を襲った。

 ハディルが口づけした場所から、何かが入り込むような衝撃を感じる。びりりと体中を何かが駆け巡る。


「んんっ! やぁぁっ」


 青空はたまらず叫んで、それからかくりと、首を後ろへ傾けた。

 強い衝動に体がもたなかった。

 青空はハディルの腕の中で意識を失った。

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