魔王陛下の嫁取り2
「おーほっほっほっほ。ここに居たわね、メス豚。わたくしよりも先にレギン城秘伝の極上スパタイムを満喫しているなんて、なんて腹立たしい! ってそうではなくて、今日こそ年貢の納め時よ。さあ、観念さない!」
レギン城の奥深く。一部の魔族のみが知る先代魔王が囲っていた女のために作らせたという入浴施設は東屋のようなつくりで三方の壁が取り払われている。
青空は慌てて身を起こした。
金髪縦ロールをたなびかせ空から降ってきたのは先日ハディルが追い払った自称ハディルの婚約者ヘルミネだった。しかも今日は連れがいる。ヘルミネと一緒にいるのは彼女と見た目年齢が同じくらいで黒髪だったり銀髪だったり、茶髪だったりさまざまだ。みんな自身に満ち溢れた顔をし、また化粧が濃い。
「皆さま。彼女は魔王様の大切なお客人。どうぞ礼儀をわきまえてくださいまし」
侍女たちは闖入者たちから青空を隠すように前に躍り出る。
青空は素っ裸のため取りあえず両手で胸を隠した。
「おだまり。女官風情が。それに、あなたったら。隠すほどのお胸があったのかしら?」
ヘルミネは侍女に冷たく言い放ち、そして青空に向かって嘲笑した。
(う……)
巨乳オバケと言っても過言ではないほどにゆっさゆっさと揺れる胸に比べると青空の胸はささやかだろう。
「まーぁ、貧相な乳だこと」
「まだまだお子様じゃない。子豚ちゃんってところですわ」
「顔だって大したことないじゃない」
しかも言われ放題。
「わたくしたちはその女の毒牙から陛下をお守りするためにやってきたのですわ」
「異世界から女を召喚するとは陛下も困ったお方だこと。しかも、こんな貧相な小娘! こんな女が陛下を喜ばせることができるの? まーぁ無理よねっ!」
「陛下の嫁の座は渡しませんわ!」
女たちの言葉から彼女たちがヘルミネと同じくハディルの嫁の座を狙っていることだけは伝わってきた。
この国は肉食女子だらけのようだ。
「さあ、今日こそは死んでいただきますわっ!」
ヘルミナが唇をゆっくりと持ち上げた次の瞬間。
炎の球が青空に向かって飛んできた。
「青空様はわたしが守りますわよ」
銀色の髪が青空の視界を遮る。ヒーラーだ。
彼女は金属でできた巨大なへらのようなものを持っていた。
「そぉれ!」
ヒーラーは掛け声とともに巨大な銀色のへらを上から下に振り下ろした。
すると突風が起こり炎の玉がぶわんとヘルミネたちの方へ返っていく。
「え、ちょっと! 一角族の怪力女ですわね!」
という声ののち盛大な爆発音が轟いた。
「さあ、青空様。今のうちに!」
ヒーラーに手を差し出されて、青空は彼女と一緒に逃げ出した。
服を着ている暇は無いとせかされ、大きな一枚布を体に巻き付けて走り出す。
「青空様のお部屋へ! あちらは陛下自らが結界を張ってくださっておりますわ。あちらなら安全ですわ」
ヒーラーは銀の巨大へらを手に持ったまま青空を先導して走り出す。
一角族は力持ちの一族だと聞かされていたが、その実力を目の当たりにした青空は感心しながら彼女と一緒に走っていく。
レギン城は存外に広い。青空はここまでの道のりを頭に描く。自分の持久力がどこまでもつのか分からないが、やれるだけのことがやってみよう。
「……って、いうか……空飛んでも……いいんですね……」
息を切らしながら青空は疑問をヒーラーにぶつける。
後ろからは「待ちなさぁぁぁい!」という声が早くも聞こえてきた。
炎の玉くらいではヘルミネたちを追い払うことはできなかったらしい。
「ヘルミネ様は六家の姫君。そして、他の方たちも六家直系ではないにしろ、それに準じるお嬢様方。要するに、地位が高い方たちなのでお城で空を飛んでも処罰されないのです」
「せ、世知辛い……」
後ろから炎の玉がいくつか飛んできた。
侍女の内の一人が結界を張る。結界に弾かれた炎が四方へ飛び散る。
青空は立ち止まった瞬間に大きく肩を上下させて新鮮な空気を体に吸い込む。
「青空様、大丈夫ですか」
「え、は、はい……」
全然大丈夫ではない。全力疾走など普段特にしないから。運動不足な体にはこのリアルサバイバルは堪える。
「逃げ足の速いメス豚ちゃんだこと。けれど、ここまでよ」
ヘルミネがいつの間にか青空のすぐ近くまで飛んできていた。
唇を愉快そうに持ち上げ、青空を睥睨し両腕を持ち上げる。
「さあ。死になさい。そしてわたくしがハディル様の嫁になるのよ」
ヘルミネはそのあと「おーほっほっほっほ」と続けた。
そこに異を唱えたのはヘルミネに続いて飛んできた女たち。
「ちょっと待ちなさいよ。陛下の嫁の座がいつからあなたの物になったのよ」
「そうよ、そうよ」
「ヘルミネ。いいところ取りは許さなくてよ」
「うるさいわね! ハディル様をメス豚の魔の手から救って差し上げるわたくしこそが、嫁の座に相応しいのよ!」
いつの間にか誰がハディルの嫁になるかで喧嘩が始まった。みんなハディルの嫁になりたいのだから徒党を組んでも一時的。すぐに仲間割れを起こすくらいの間柄。普段は当人たちが一人の男を狙って活動しているのだから当たり前だ。
「青空様、今のうちに」
青空があっけに取られているとヒーラーがそっと声を掛けてきた。青空は頷いた。呼吸もだいぶ落ち着いてきた。
青空とヒーラーがゆっくり後ずさる。
「あ、ちょっと逃げる気ですわよ!」
「とにかく。あの女を殺した者が今宵ハディル様の夜伽のお相手ってことでよろしくて?」
「異議なし! ですわ」
なんだかすごい言葉が聞こえた。
(へえ……ハディル様って夜伽とか呼んじゃうんだ……。ふーん……)
「あ、青空様。なにか変な勘違いされていますわね? そんなことないですよ。陛下は硬派ですから! あんな趣味の悪い女たちなんて過去に一度だって相手にしていませんからね!」
どさくさに紛れてヒーラーは追ってくる女たちをこき下ろした。
「とにかく、一度死になさぁぁぁいっ!」
死んだら一度も二度も無い、という突っ込みを多分に含んだ決め台詞のあと、あたりに青白い光が生まれた。
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