目が覚めたら魔王陛下の嫁になっていました
青空はぱちりと目を開けた。
あけたら深紅の瞳と目が合った。それも至近距離で。
「え……」
青空の頭の中が真っ白になる。そういえば同じように思考を停止させたことが少し前にもあった気がする。
(なんだっけ。ええと、そうそうハディル様がたしか……)
俺の嫁にするとかなんとか。誰を。ええと、確か……。
(青空とか言っていた……)
だらだらだら。
青空は嫌な汗をかき始める。
「起きたか、青空」
ハディルは青空の黒い髪の毛に手を伸ばし、後ろへ撫でる。口元が緩んでいて、青空は不覚にも呼吸を止めてしまった。心底安心した、というような温かな光を、彼の瞳に見つけてしまったからだ。
青空は慌てて身じろぐが、うんともすんとも言わない。
当たり前だ。青空はハディルにしっかりと抱きしめられて横になっていた。
「え、ええぇぇっ?」
この間から素っ頓狂な声しか出していない気がする。
「置きた途端に元気だな。青空」
ハディルが腕をほどいたため青空は起き上がる。すると、ふらりと体が
「大丈夫か?」
ハディルはすぐさま青空の背中に腕を回す。そのまま彼の胸に体を押し付けられ、青空はそれを受け入れる羽目になる。力が入らなかったからだ。
「三日も眠っていた。起きないから心配した。平気か?」
耳元をハディルの低い声がかすめ、青空の背筋がぞわりとする。
「ど、どうしてわたしはハディル様と一緒に……?」
どうして一緒のベッドで仲良く(?)眠っていたのか青空は尋ねた。下を向いて確認すると、青空はいつも着ている夜着を身にまとっている。誰が着替えさせたのだろう、と思考を巡らせて顔を青くさせる。まさか、目の前の男では……と考えて頭を左右に振る。
(いやいや。まさか……。きっとヒーラーさんだよね。うん、きっとそう。絶対にそうだから)
青空は自分に言い聞かせた。
「俺と青空は夫婦になったからだ」
「それ! 本気だったんですか?」
青空は反射的に返した。あのとき、彼は一方的に青空を伴侶にすると宣言をした。
ハディルは頷いた。
「当たり前だ。青空、おまえはもう俺の伴侶だ。誓いもした」
「誓い……?」
青空はあのときの状況を思い出そうとする。確かにハディルは一方的に青空に向かって嫁宣言をした。そうして、彼は青空の鎖骨の下に唇を押し付けた。
「い、いやぁぁぁぁ」
とても破廉恥な行為を思い出した青空は見悶えた。両手で顔を塞ぎ、ベッドの上で足をばたつかせる。
「お、お嫁にいけない……」
「行けないもなにも、おまえはもう俺の嫁だ」
すぐ近くからとんでもない台詞が降ってきた。そういう言葉が聞きたいのではない。
「わ、わたしは何も承諾していませんが……」
それでも一応反論を試みる。
「俺は青空の中に自分の魔力を分け与えた。魔族の古い婚姻の習慣だ」
「え……?」
「青空の中には俺の魔力が宿っている。魔族は婚姻関係を結ぶとき、己の魔力を互いに分け与える。とりあえず実践してみた」
(と、とりあえずでこの人、とんでもないものわたしに押し付けた! ええぇぇっ! なんてことを!)
青空は両手を顔から外す。
青空の想像を超えることが起こったことだけは確かだった。異世界に連れてこられて、魔族の女たちに命を狙われたら、今度は魔王陛下の妻にされてしまいました。今ここ。それは一体どんな状況だろう。
二十年間彼氏だっていなかったのに、一足飛びで夫が出来ました。
笑えない冗談だ。いや、冗談ではない。目の前で起きているこれは現実だ。
「それで……わたし……。ハディル様と一緒に眠っていたんですか」
「ああ。俺の隣が一番安全だ。それに、夫婦になったからには同じ寝台で眠るものだとディーターが言っていた。夫婦だからこそすることがあると」
「なっ……」
もう一度青空の思考が停止する。
夫婦になったと彼は言った。それは今しがた説明を受けた。問題はそのあと。夫婦になってすることがある、と。
それってまさか……、と青空は経験はないが知識だけは知っているいわゆる男女の営みについてまじまじと想像してしまう。
(まさか! そんな!)
眠っている間に青空は初めての経験をしたということなのだろうか。
相変わらず青空はハディルと密着をしていて、急に彼の体温を意識する。一見すると細身だけれど、意外としっかりと筋肉がついていることとか、どうでもいいことを思い出す。
この人に、魔王陛下に抱かれた? まさかとは思うが、彼は言っていたではないか。青空は三日ほど眠っていたと。その間に初夜を迎えてしまったのだろうか。ここは日本ではないのだ。青空の常識が通用しないことはこの数日で十分にわかった。
「青空。まだ体が辛いのか? 確かに慣れないことをした自覚はある」
ハディルはあくまでも、人間の中に魔族の持つ魔力を入れたということについて話しているのだけれど、青空は彼が青空の初めてを貰ったことについて気遣っているのだと考えた。
「……」
「痛むのか?」
青空の瞳に涙が盛り上がる。自分でもよくわからなかった。羞恥やらなんやらがお腹の奥からせりあがってきて、そして体が熱くなる。ハディルの声が先ほどよりも艶めいて聞こえるのはどうしてだろう。どうせなら覚えていたかったとか、一応青空にだって理想の初めて、というものはあるわけで。例えばデートして、それから星空の下で唇を重ねて。初めてだから、優しくしてね、とかお決まりの台詞を恋人に伝えて―。
(ってどうして、ハディル様で脳内再生されるのよぉぉぉ)
もう訳が分からない。心臓がばくばくする。
それから体内で大きな何かがうねりをあげている。
「青空? 青空、駄目だ」
珍しい。ハディルの焦った声がすぐ隣から聞こえた。しかし青空はそれどころではなかった。体の中で大きな力がうごめいている。処理しきれないことが起こりすぎて青空は頭の中をショートさせた。
爆発してしまいそうだ。そう考えたとき、部屋の中が灯りに包まれる。
そして。文字通り、魔王の居室がどかんという爆発音に包まれた。
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