お嬢様魔族、ヘルミネの登場1

 翌日もよい天気だった。

 うーんと背伸びをした青空は朝ご飯を食べてヒーラーたちにしっかりと肌のお手入れをしてもらってから着替えて外へと出る。


(なんだか、これはこれでダメ人間になっている気がする……)


 日本では庶民だったはずなのに、最近人にお世話されるのに慣れつつある。肌のお手入れやら着替えやら。自分でやろうとするとにっこり笑顔でこれらはわたくしたちのお仕事です、と言われてしまう。仕事だと言われると引き下がるしかない。

 しかし、いつか日本に帰ったとき(帰れるかどうかいまだに不明だけれど)傅かれることに慣れきってしまったままだと非常にまずい。自分でできることは自分でしないと、と思うのにそもそも青空は魔法が使えないのでこの国では非常に無力だ。


 やっぱりお菓子作りしか能がないなあ、とため息交じりに本日も届けられた粉をかたっぱしから試していく。

 そうすると午後になり、ルシンとヒルデガルトがお菓子を食べにやってくる。

 ここ最近のルーティーンになりつつある光景だ。


 可愛らしい二人がおデブになるのも困るので青空は二人を研究室ではなく、庭へと連れ出すことにした。甘いものを食べたのならカロリーを消費しなければならない。


 ヒルデガルトは面倒だと駄々をこねるが、青空の「じゃあお菓子を控えなきゃ」という言葉には逆らえない。ぶつぶつと文句を言いつつも素直についてきた。


「僕も、魔法の研究があるのに」

 と言いつつルシンも青空の後に続く。彼もまたすっかりお菓子の虜なのだ。


「ふたりとも、わたしにお城を案内してほしいな」

「そういうことなら仕方がないのじゃ」

「そうだね」


 青空が下手に出ると二人はまんざらでもなさそうに返事をした。

 外回廊を歩いているとディーターとばったり出会った。

 その隣にはハディルの姿もある。


「二人ともお仕事ですか?」

「ええ。六家の方々が面会にやって来られましたので」


 六家とはなんだろう。新しい単語に青空は小さく首をかしげたが、魔王への面会ということはそれなりの地位の名称なのかもしれない。


「青空は何をしている?」

「わたしはこれからルシンとヒルデと一緒にお城を散歩しようかと。お菓子を食べたのなら運動しないと、です」


 そういえばハディルともずいぶん普通に話せるようになったなぁと青空は改めて感じる。彼が青空のお菓子をよく食べお代わりを所望し、褒めてくれるためだ。ハディルと会話をするうちに、彼の表情が乏しいのも生来のものだと掴んできた。ちょっとそっけない態度としゃべり方だけれど慣れれば彼はそこまで怖くもない。


「昨日はよく眠れたか?」

「……ええ、まあ」

 唐突に話題が変わったが青空は素直に答えた。質の良いベッドとヒーラーたちの献身のお陰で青空は寝不足とは無縁の生活を送っている。


「そうか」

 青空の返事に、ハディルが口の端を持ち上げたような気がして青空は思わず彼を注視した。しかし一瞬のことですぐに彼の顔は元の無表情に戻ってしまう。


(気のせいだったのかな)

 もしかしたら見間違いだったのかもしれない。


「青空、行こうぞ」

 ヒルデガルトがさっさと通り過ぎようとしたため青空も彼女を追おうとすると、ハディルに腕を掴まれた。


「俺も行く」

「え、陛下? これから面会ですよ」

「それはお前ひとりで行け」

 突然の宣言にディーターが目を白黒させる。


「陛下!」

 ハディルは青空の腕を引いてディーターとは逆向きに、ようするに青空たちが最初向かおうとしていた方向へと歩いていく。


「俺は魔王だ。六家だろうとも俺への指図は受けない」


 顔だけディーターに向けてハディルは不遜に言い放った。こういう口調はさすがは魔王だと青空は改めて感心した。レイにも一度有無を言わせぬ声色を放っていたことを思い出す。

 そういえば最近レイの姿を見ていない、ときょときょととあたりを見渡すと、柱の陰に銀髪がちらりと見えたため慌てて視線を逸らした。


「そんな。陛下ぁぁぁぁ」

 そんなディーターの断末魔に後ろ髪を引かれつつもハディルに腕を掴まれているため青空は立ち止まることが出来ずに彼から遠ざかる。


「あーあ。知らないよ、僕」

 ルシンが無責任な声を出す。

「おまえの考えることではない」

「まあいいけど」

「とにかく歩くのじゃ。歩いてお腹を空かせて、また青空の菓子を食べるのじゃ」


 青空以外の三人がまったく気にしていないため青空は心の中でディーターに同情しつつ、レギン城の庭園を散策することにした。

 毎日ほぼ厨房に籠っているためお城の中をちゃんと見て回るのは初めてのことだった。


「結構広いんだね」

「そうだね。大きなお城だと思うよ。庭も広いし。黒竜も飼われているくらいだし」

「黒竜?」

 青空はルシンの言った単語を繰り返す。


「そう、黒竜。見たことない?」

「わたしのいた世界に竜は存在していなかったから」

「そうなんだ。珍しいね」


 ルシンは目を丸くする。彼の中の常識では竜は当たり前に存在をしているものなのだ。


「見たいなら見せてあげるよ」

 ルシンが得意そうに宣言する。

「おまえの持ち物ではないだろう」

 ハディルが口をはさんだ。ルシンはおもしろくなさそうに口をへの字に曲げた。


「青空が見たいのなら連れて行く」

「ええと……噛みますか?」

「炎なら吐く」

 とんでもない答えが返ってきた。


「それは……今日はちょっと、やめておこうかな……」


 炎を吐く竜。これは絶対に恐い生き物だ。目が合ったら食われるかもしれない。青空は消極的な返事をする。


「青空が乗りたいのなら一緒に乗ってやる」

 それなのにハディルはなぜか乗り気だ。

「魔王ではなく我と一緒に乗ってみるか?」

 今度はヒルデガルトがハディルに張り合う。しかし青空としてはやはり遠慮しておきたい。


「いえ。わたし、黒竜に乗るのはちょっと……」

「遠慮するな」

「遠慮するでない」

 魔王とヒルデガルトが同時に口を開いた。


(こういうときだけ呼吸合わせるのやめて)


 と、そのときだ。何か眩しい光が青空たちを目指して飛んできた。


 ハディルが青空を腕の中に抱え込む。

 突然のことに青空は反応ができなかった。一方のハディルら魔族組の反応は素早かった。

 三人が揃って結界を張る。閃光が瞬いたのと大きな音が鳴ったのが同時のことだった。

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