レギン城の夜

「まあ。青空様本当に頂いてよろしいのですか?」


 夜、ヒーラーに残しておいたメレンゲクッキーの入った包みを渡すと、彼女は戸惑いつつも嬉しそうに受け取ってくれた。

 なんでも青空の作った異世界料理はレギン城で今一番の旬の食べ物とのこと。なにしろ、あの魔王陛下がいたく気に入ったという事実が瞬く間に城内を駆け巡ったからだ。


「もちろんです。いつもお世話をしていただいているお礼です」


 メレンゲクッキーは多めに作っておいて、ヒーラーたちに渡す分はハディルたちの前に出したそれとは別にとっておいた。隠しておいたともいう。見つかると完食されるからだ。


「皆さんで食べてください」

「ありがとうございます。甘い食べ物に、わたしたちも興味津々だったんです」

 背景に花を飛ばす勢いで喜ばれると青空としても嬉しい。


「ああもう。さっそくつまみ食いしたいくらいですわ。けれど……なにやら視線が……」


 ヒーラーは顔を左右に向けた。青空の寝室でベッドを温めてくれていた侍女がこちらを熱心に見つめていた。彼女の視線をヒーラーは感じ取ったらしい。ばつが悪そうに微笑んだヒーラーは大事そうにメレンゲクッキーの入った袋を抱え込む。


「さあ、青空様。就寝前に髪の毛を梳かしましょうか」

「ありがとうございます」


 お菓子を別の場所に置いてきたヒーラーが青空の寝支度を手伝ってくれる。

 ゆっくりと丁寧に髪の毛を梳いてくれる。夜こうしてヒーラーから優しくされると穏やかな気持ちになる。日本とはまるで違う国へと召喚されてしまって戸惑うことも多いけれど青空の周りには親切な人が多い。ヒーラーたちが甲斐甲斐しく世話をしてくれ、ディーターも青空の周囲を気にかけてくれている。おかげでそこまで寂しさを感じない。


(まあハディル様もよく分からないお人ではあるけれど……なんだかんだとお菓子食べてくれるし。美味しいって言ってくれるし)


 青空は心の中で呟いた。意味不明な魔王様だが、彼もおそらく青空のことを気にかけてくれているのだと思う。


「灯りは小さいものをともしたままにしておきますわね」

「ありがとうございます」


 魔法の明かりは青空には操ることはできないため就寝前になるとヒーラーが部屋の中の明かりを調整してくれる。真っ暗だとちょっと怖いため、いつも寝るときは小さなものをベッドから少し離れた燭台にともしてもらっている。

 椅子から立ち上がりベッドに向かおうとするとヒーラーが窓の外の様子を気にしていた。


「どうしました?」

「いえ。魔王陛下の気配を感じましたので」


 今しがたそのハディルのことを思い浮かべていた青空はどきりとした。

 ヒーラーがガラス窓から外の暗闇を眺めているため青空も窓辺に近づいて夜空を見上げたが外には漆黒が広がるばかり。日本の繁華街よりも明かりが少ない分細かなダイヤモンドを散りばめたように星が瞬いていて青空は驚いた。


 と、そのとき暗い影がよぎったように思えた。


「陛下はときおり空を飛ばれるのです」

「魔王様って空を飛べるんですね」


 さすがは魔法使いもとい魔族。魔法使いの乗り物といえば箒だと思っていた青空はちょっと意外に思った。


「ええ。けれども長距離を飛ぶのはいささか疲れますのであまり長いこと飛ばないです。それに、レギン城内では飛行は禁止されているのです。もっとも、身分の高い方々は許されていますけれど」

「色々な決まりがあるんですね」

「魔王陛下のおわすお城ですもの。それに、オランシュ=ティーエのまつりごともこの城で行われておりますし」


 要するに一番偉い人の家と行政機関がセットになっているということか。

 青空は異邦人という自覚があるため、オランシュ=ティーエの内情についての質問は控えるようにしていた。魔王であるハディルは比較的、いやかなり適当に行動しているから内心、この人魔王としてのお仕事どうしているのかな、とは思っているけれど。魔王のお仕事と聞いて思い浮かべるのは世界征服というこれまたデフォルトなものなのだが。ついでにハディルから、これから世界征服をしてくると宣言されても青空は反応に困るだろう。


「さあ。もう寝る時間です。夜更かしは美容の大敵ですわ」


 青空が早く眠ればヒーラーたちも早く休むことができる。青空は大人しくベッドの中に入った。


「明日も陛下のことをよろしくお願いしますわ。ディーター様もおっしゃっておりました。青空様がちゃんと運動もしないと、と進言したおかげで陛下は本日外に出てしっかり歩いた、と」

「……あはは」

 かなり偉そうにハディルに接した自覚のある青空は乾いた笑いしか出てこない。


(あれ、怒っていないといいけれど……)


「それでは、おやすみなさいですわ。青空様」

「うん。おやすみなさい、ヒーラー」


 明日こそはいい小麦粉に出会えるといいなぁと思いつつ青空は眠りについた。


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