第36話

「…ただいま、ちゃんと反省できた?」






オリコウサンの姿勢を示し、首を縦に振る動作をすると、ニヤリと妖しく嗤い、隣に座る。密室で女性と2人きり(正確には3人だが先輩は潰れている)になるなんて、背中の冷や汗が川のように流れる始末。





「悪いけど、飲み物取ってきてくれないかしら…?」


『…烏龍茶で良いか?』


「えぇ…ありがとう」





こんのっ、お嬢様は自分で歩かず、人に飲み物を取ってこさせるとは良い度胸じゃねーか! いくら、女心が分かってないってだけでここまでされると、温厚な俺でも心にクるものがある。しかし、頻繁に開催されているテニサーの飲み会の会費は、ほとんどこの女のフトコロから出ているみたいで、オレたちは頭が上がらないのは事実。この女の機嫌を損ねれば、サークル内で反感を買うことになる。慎重に行動しよう。





素早く立ち上がり、コップを手に部屋を出る。さゆ先輩にも水を持っていってやろう。部屋に戻ると西東さんは、何をしていたかは定かではないが、慌てた様子でマイクを手に取る。




「…あ、あら、意外と速かったのね。次、私入れるわね」


『お前…なんか、怪しいな。飲み物に毒でも混ぜたんじゃあるまいな?』


「な、何よ…まだ何もしてないわよ…変なこと言わないで…」



嘘を言っている訳ではなさそうだが、一体何を焦っていたのかは不問にしてやろう。寛大な心で許す。それが男の力量ってヤツを彼女に見せつけるいい機会になるだろうから。





さゆ先輩は相変わらず机に突っ伏し、西東さんは最初の謙虚な姿勢は嘘のようで、高得点を連続して取り続け、それに負けじと俺も一歩及ばずな点を獲得し続けるのだった。






ーーー点数の取り合いで、未だ勝利が見えないが、俺の身体には異常が現れつつあった。異変に気付いたのは、心臓の鼓動が徐々に速くなったこと、身体のある一部分に熱を産生し始めたこと、西東留美という女が性的魅力対象者に見え始めたこと、などを始めとしたものが起き始めていた。





『な…なぁ……この部屋暑くないか…?』


「そうね、少し暑いかもね…設定温度を下げましょうか…」




西東さんはリモコンを手に取り、エアーコンダクターの温度を下げると後ろ髪をかき上げ、うなじについた汗をエアコンの風にさらす。色香のついた匂いが、人工発生させた風を通じて、俺に届く。





…我慢しろ。相手は実花さんじゃない。一介の女子大学生であり、2つの高校を取りまとめる理事長の娘だ。そんな御方に手を出しては、この先波乱が待ち受けているのは、当然目に見えている。





「…ふぅ、涼しい…」




白いワイシャツのボタンをふたつ開けて、パタパタと胸元を扇ぐ仕草をする。実花さんほどではないが、大まかな輪郭が分かるくらいの慎ましさを誇っている。何でこんなにも仕草ひとつでドキドキするんだろう…





「…はぁ、ふぅ…ふぅ…涼しいわねー」






サイドを耳にかけ、上気した頬がとても心をザワつかせる。胸元は慎ましながらも、空色のフリルのついたブラをのぞかせており、谷間と呼べる代物が薄く出来上がっていた。何故この女は、見せつけるようにピンポイントで性欲を刺激するのだろう。新手の嫌がらせか? コッチは試験中一切の禁欲をして、明日実花さんとイチャラブどっちゃり大作戦を決行しようというのに。実花さんに劣る誘惑を振り切り、マイクを手に取り立ち上がった。





『十八番、歌いまーす!』





悪い流れを変えようと、唐突に歌い出す。その唐突さが味方し、窮地を救ってくれた。下半身のほとぼりは冷めないが、上半身で熱を作り出し、エアコンの風を浴びながら、邪な気持ちが解けていくのを感じる。横目で見るが、いそいそと乱れた服装を戻し平常に至っている。他のテニサー男子なら、ふたりきりの状況で手を出さないわけがないかもしれないな。




脳内で危険人物認定の判を押し、ふたりきりカラオケは部屋時間の制限が迫っていたため、出ることにした。他の女子先輩にさゆ先輩を預け、帰路につく。その間も、持続していた半身にはホトホト疲れてしまうよ。








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意外と帰ってくるのが早くて、少量しか混ぜれなかったけど、アレは強力。一定量飲むとたちまち目の色を変えて、どんなに草食系でも、ソレに興味が無くても、目の前に異性がいれば、理性を抑えることができずに本能に従う荒れ狂う獣にワタシは貪られる……ハズだったのに、あの男は耐えた。ユウワクフェーズを迎えさせたのは、アイツに次いで2人目。屈辱だわ…ワタシに恥をかかせるなんて…!





男は基本的に、性欲に抗うことが出来ない生き物とされている。対して女はどの行動においても感情に支配される生き物で、それに性欲が付き従うものらしい。






薬を飲ませ、本能を刺激し獣のような行為を男に求め続けた彼女は、今回の自分の失態に憤りを感じていた。ましてや経験もなさそうに見えた彼は、コロッと雰囲気に呑まれ、手中に収まる予定だったのに。あんなに舐めるようにうなじや胸を見ていたのに。あの態度はあんまりだと…憤怒を覚えてしまった。





それがきっかけで彼の心は、幾ばくかのエネルギーを生み出し、彼自身の成長…いや、進化を手伝ってしまったということは何者も知る由はない。












              Episode.1 END

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