第35話

2次会の場所はさほど離れておらず、近くのカラオケ店の前に、参加者は介していた。携帯端末のルーレットで既に部屋割が決められており、俺はさゆ先輩と西東さんという、交際前だったら両手に花状態の部屋となった。意外にも2人は人気があるため、男性陣には不快な眼光を当てられ続けたが、持ち前の忍耐力でなんとか踏ん張れた。





「よぅーし、後輩くんにいい歌聞かせるために、さゆちゃんがんばるゾォ!」




いつもキリッとしているさゆ先輩が、壊れていた。酒ってこんなにも人をおかしくしてしまうのか… 実花さんだとベタベタに甘えてくるから、いつものギャップに萌えるんだよな。




部屋に入り、マイクではなくコップを握り歌い始める。今の今まで気付かなかったけど、聞いたことある歌だと思ったら、我らが母校の東陽高校の校歌を熱唱していた。あんなに高低差激しい歌を、酔いながらも完璧に歌えるなんて、大した歌唱力だと思う。





ただ、残念ながらカラオケ端末には特定の校歌など入っていないため、採点出来ないのがたまにキズだと思う。




「島松先輩! マイクはこっちですよ…!」




「え? えぇ? 何言ってるの後輩ちゃん。マイクはこっちだよぉ~」





もうダメだ。俺の手には負えない。完全に酔い潰れてしまっているさゆ先輩を、放置することに決めた。






『さて、何を歌うか、なんだが…あまり歌うのは得意じゃないんだよな…』




「…あら、奇遇ね。私も歌うのはちょっと遠慮したかったところなの」





じゃあ何でカラオケ来たんだ…という無粋なツッコミは心の中で入れとくとして。このままじゃ間がもたない。せっかく来たんだから、実花さんと行くときのために男らしく惚れ惚れする曲を歌ってみよう。





一昔前に流行ったとされる、女性シンガーの切ないラブソングをチョイス。元々声質が女性寄りで高めな俺としては、音域がちょうど良いため歌いやすいのである。だが、ほぼ初対面である女性と2人きりの状態で披露するには、とてもじゃないが耐えられないことに気付いたのは、2番が始まる前の伴奏の時であり、時既に遅いでやんすよ。





それでも彼女は、合いの手を入れたり伴奏中に「成本くんって歌上手いんだね」と男を手玉にとるように煽てて気分を良くしてくれたのである。おかげで場が沈黙することなく、スムーズに回ったのだ。





『ふぅ、次…西東さん歌いなよ』




「まぁ、順番で言うと私になるのよね…歌うわ」





さゆ先輩は歌の途中途中、一緒に歌ってくれていたのだが、曲が終わると同時に机に突っ伏してしまい、スヤスヤと寝息を立てて寝てしまったので、カウンターに薄い毛布を頼んで掛けてあげたのである。






西東さんが選んだのは、今流行りの女性アイドルグループの元気になる曲だった。寡黙そうな彼女の見立てでこのような曲を歌うとは、ギャップでやられてしまいそうになるが、残念です、俺には既に実花さんがいる。入り出しからフルエンジンで美声を聴かせる。どっかのアイドルグループに所属していても、違和感の無い声は聞くものを魅了した。ホワホワとした気分のまま、最後のフレーズを歌いきり、点数が表示された。どうやら、先程の言葉は謙遜だったようだ。







『西東さん! すごいじゃん! 全国4位で97点なんて早々取れるもんじゃないよ!』





まさか、自分の周りでこれほどの得点を叩き出す猛者が居るとはオドロキだ。自分でも最高得点はギリギリ90点に乗るか乗らないかなので、正直羨ましい。





「…やっぱり、最後の方になると疲れが出ちゃうからあそこをもっと……」





聞こえてなかったのか、ブツブツと自己分析をしており耳に届いていないようだった。もう一度称賛の言葉を送ると、喜びを顔に出しつつも自制するように、私はまだまだ…と控えめな態度を取った。





「私、ちょっと…行ってくるね」




おもむろに立ち上がるさゆ先輩。足並みはまだフラフラとしており介助がないと、歩けなさそうだ。




『先輩! どこに行くんですか?』





言い終わった後にはもう遅く、自分が失言したことに気付いた。手にはコップなど持っていないため、飲み物を取りに行くのではなく…用はひとつしか考えられない。意気投合していた西東さんに、侮蔑の眼差しを向けられ、せっかく仲良くなったと思ったら、些細な出来事で距離が遠くなってしまった。





「成本くん…女性に行き先を聞くなんて……作法が成ってないんじゃないかしら…?」





千鳥足のさゆ先輩を支えながら、部屋を出る2人を見送り、言動を反省しようと1人反省会を余儀なくされた。

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